アメリアたちは、地下墓地に突如現れた魔物と対峙していた。
セドリックは、アメリアの「位相収束装置」によって生まれた一瞬の隙を逃さず、強力な攻撃魔法を放った。しかし、魔力そのものが歪められている影響で、その魔法は完全に威力を発揮することができず、急所の核はおろか、魔物の腕にわずかなひびを入れるに留まった。
「くそっ、これじゃあ埒が明かない!このままでは、時間稼ぎにしかならないぞ……アメリア殿、この位相収束装置は、どれくらい持つんだ?」
「この出力じゃ、せいぜいあと数分が限界よ。そして、同じように位相を収束させてしまうと、位相の揺らぎが大きくなって、装置自体が破壊されてしまうわ」
アメリアは冷静に告げた。この装置はあくまで、魔力の歪みを一時的に抑えるためのもの。セドリックの言う通り根本的な解決にはならない。
アメリアは、ふっと息を吐くと、ルナのほうを振り返った。
「ルナさん。さっき見て思ったんだけど、あなたの魔法は、この歪んだ空間の影響を受けていないわ」
「えっ……?どうして?」
「セドリック探偵の魔力は、高威力で安定している。その魔力エネルギーが高いからこそ、空間の歪みという大きな位相差に干渉されてしまい共振を起こしてしまう……」
そしてアメリアは、ルナの琥珀色の瞳をじっと見つめ言葉を続ける。
「例えるなら、強風の中で張られたピンとした糸と、弱い風の中でゆらゆらと不安定に揺れる糸の違いね。セドリック探偵の魔法は、強風の中で真っ直ぐに張られた糸と同じ。だからこそ、空間の歪みという力に真正面から影響を受けてしまう。でも、あなたの魔法は、弱い風の中でゆらゆらと揺れる糸。だからこそ、この歪んだ空間をすり抜けて、魔物に干渉できる可能性があるわ」
ルナは、その言葉に希望を見出したかのように、アメリアをじっと見つめた。
「私に……できることがあるんでしょうか?」
「ええ。位相収束装置の出力と電磁波バリアもあとわずか。私が装置を最大出力で稼働させている間に、あなたの魔力で、魔物の核を狙ってほしい。核は、魔物の中枢であり、そこを破壊すれば魔物は消滅するはずよ。もちろん、さっきの威力ではダメ。全力で魔力を込める必要があるし、成功するかは分からない」
アメリアは、ルナのほうに手を差し出した。
「でも可能性はそれしかない。ルナさん、あなたの勇気が必要よ。この街のために」
ルナは、アメリアの手を握りしめた。彼女の震えは、もう恐怖だけによるものではなかった。それは、新たな一歩を踏み出す勇気からくる震えだった。
「はい!やります!」
ルナの決意に満ちた声が、地下墓地に響き渡った。アメリアは微笑み、ルナの手を離すとセドリックの方を向いた。
「セドリック探偵、私たちは核を狙うわ。それまで、なんとか時間を稼いで!」
「承知した!」
セドリックは、アメリアの言葉に力強く頷くと、再び防御魔法を展開し、魔物の攻撃を防ぐ。
しかしアメリアは、電磁波バリアの出力が限界を迎えつつあることを肌で感じていた。セドリックの防御魔法も、魔力の歪みの影響で、その強度を保つのが難しくなっている。魔物の腕がバリアに叩きつけられるたびに、火花が散り、甲高い音が響き渡る。ルナの魔法が完成するまでの、ほんのわずかな時間が、アメリアには永遠のように感じられた。
(データは足りていない。この魔物の構成、魔力の位相パターン……正直、ルナさんの魔法が的確に核を貫くかどうかの確証が持てない……!)
アメリアは思考を巡らせる。彼女の頭脳は、刻一刻と変化する魔力の位相、魔物の動き、そして電磁波バリアの耐久値を瞬時に計算し最適な解を導き出そうと躍起になっていた。
「くそっ、アメリア殿、バリアはまだ持つのか!?」
セドリックの焦りの声が、アメリアの耳に届く。彼は、すでに満身創痍だった。それでも、アメリアとルナを守るために、必死に防御魔法を展開し続けている。この状況を打開するためにはルナの魔法に全てを賭けるしかないことを理解していた。
(信じるしかない……ルナさんの力と、私の理論を……)
アメリアは、ルナに視線を向けた。ルナは、静かに目を閉じ、集中を続けている。彼女の指先に灯る淡い光は、まるで星屑のように儚いものだが、とてつもない可能性を秘めているように見えた。
「ルナさん、あなたならできるわ。だから信じて……あなた自身を!」
アメリアの叫び声がルナの心に届く。ルナは、ゆっくりと目を開けた。その瞳は、もう恐怖に怯える幼い少女のものではなかった。そこには、強い意志と、自分自身の力を信じる光が宿っていた。
「はい……アメリア様!」
ルナは、はっきりと答えた。その言葉に、アメリアは小さく頷き位相収束装置の出力を最大にした。一瞬だけ、その輝きを強める。
「今よ、ルナさん!」
アメリアの合図と共に、ルナの指先から、淡い光の矢が放たれた。それは、セドリックの放つ強力な魔法とは異なり、音もなく静かに、しかし、圧倒的な速さで魔物に向かっていく。
魔物の腕は、ルナの魔法を捕らえることができない。位相の歪みも、彼女の繊細な魔力の前に、その意味をなさない。
光の矢は、まるで最初からそこにあったかのように、魔物の肉体、そして、その奥深くに隠された核へと吸い込まれていく。
光の矢が魔物の核に吸い込まれた瞬間、それまで轟音を立てていた巨大な石の腕は、まるで砂でできた城のように崩れ去った。闇をまとう目のようなものも、静かに光を失い、霧散していく。時間歪曲の影響で激しく乱れていた魔力の波も、徐々に穏やかさを取り戻し、地下墓地に再び静寂が戻ってきた。
魔物が完全に消滅したのを確認すると、セドリックは安堵の息を吐く。満身創痍の彼の顔には、疲労と達成感がにじんでいた。
「やった……のか……?」
セドリックの呟きに、ルナはこくりと頷く。その手はまだ震えていたが、彼女の表情は、恐怖ではなくやり遂げたことへの充実感に満ちていた。「自分でも役に立てた」「アメリアの力になれた」――その思いが、彼女の心を温かく満たしていく。
「ルナさん。あなたの力がこの状況を打開してくれた。本当にありがとう」
アメリアの言葉に、ルナはもう一度、こみ上げる涙をこらえきれずに嗚咽を漏らした。それは、自分の弱さを悔やむ涙ではなく、アメリアに認められたことへの喜びの涙だった。
そんな二人を、セドリックは微笑ましく見つめていた。彼の表情は一瞬だけ、兄のような優しい眼差しになっていた。
「とりあえず、街の被害状況を確認しなければならないな」
「ええ、そうね。ガウス警部に連絡を……」
セドリックは通信機を手に取り、ガウス警部に事態の収束を報告する。安堵の声を聞きながらも、アメリアの心は、すでに次の謎へと向かっていた。
「今回の件は、偶然ではないわ。あの金属片と魔物……両方とも、時間を歪める力と共鳴していた。これは、明らかに繋がりがある。そして、この魔物が出現した原因も、この地下墓地そのものにあるのかもしれないし……」
アメリアの瞳には、再び、探究心に燃える科学者の光が宿っていた。ルナは、そんなアメリアの横顔を見つめ、決意を新たにする。今度は、もう怖がってばかりはいられない。アメリアの好奇心と探求心が、どれほど危険なものであったとしても、彼女の隣に立ち、その研究を支えたい。
今回の件の原因を究明し、二度と街がこのような事態に陥らないようにする――それは、自分のような「落ちこぼれ」でもできることではないかと、ルナは強く思った。
「アメリア様……私も、今回の事件の原因を究明するお手伝いをさせてください」
ルナの真剣な眼差しに、アメリアは微笑み優しく頷いた。
「ええ、もちろんよ。ルナさん、あなたの力が必要になるわ。さあ、まずは工房に戻りましょう。解析の続きがあるもの」
そうして、二人は再び工房へと向かう。地下墓地に再び静寂が戻り、街には夜明けの光が差し込み始めていた。