観光客もまばらになった、夕方過ぎの彩海商店街。田舎のカラスが空を飛び、ガアガアと人を小馬鹿にしたような鳴き声を響かせる。
こちらは自他共に認める馬鹿、ハルトだ。カウンターの椅子に腰掛け、花バァと雑談をしている。 「ババァってさー、感情が色で見えるって言うじゃん?」天井のシミを見ながら、暇そうに聞く。
「言う、じゃないんだ。実際に"見える"んだよ。お前のは、好奇心の青色だ。」
茶をすすりながら、花バァが答える。
「マジ!?青やべえ。戦隊ヒーローだったら重要ポジじゃん!」
「お前みたいなバカが、ヒーローになったら、地球が終わるね。」
「ババァ、きついってー。」 いつものやりとり、暇を持て余した2人のコミュニケーション。花バァは、それが嫌いじゃない。
「ところでさ、ナナちゃんの色って何色?」 姿勢を直し、向かいの店、海キラリの店先でオロオロしてるナナちゃんを見る。
「あの子の色は、"キラキラのピンク"。優しさの色さ、でもね…この前、客に怒られてたろ?あの時は、ピンクに黒が混ざってた。」 お茶を入れ直し、煎餅をかじる。
「黒?って、どんな感情なの?」 食いつくハルト。 「…秘密か、後悔か、そんなとこだね。あの時は答えてくれなかったけどねぇ…」
「えー!面白そう!秘密めっちゃ気になる!!ナナちゃんに聞いてみようかな!」 思春期の男子は、女の人の秘密が気になるものである。
「やめときな!バカガキ。女には、色々事情があるんだよ。お前のスマホに聞いても、教えてくれないよ。」呆れる花バァ。
(…あの子が自分から、言ってくるまで待つさ。)
ガラッと勢いよく開く店の入り口。 ナナちゃんが、息を切らし駆け込んできた。 「なんだいなんだい、借金取りじゃあるまいし、そんな勢いで来なさんな」
「おばぁちゃん、、あの、これ、見て欲しくて…。」 ナナちゃんが、白い封筒から焦って取り出す。床に書類がヒラヒラ落ちる。中身は印刷された納品伝票と、手描きのメモ地図。 他に2枚あったが、ハッとして慌てて拾い、ポケットにしまう。
「あ、あの、この地図、、星光石の仕入れ先ってことで送られてきたんです。でも、私が頼んだのは、、、違う場所だったはずで…。」
ナナちゃんの声は微かに震えていた。顔色もなんだか冴えない。
「これ、どこか心当たりでもあるかい?」
花バァが、地図を覗き込む。手書きの印に見覚えのある通りの名前があった。
「このあたり…港の外れじゃないかね?空地になっている所に、昔倉庫があったよ。今は…」
「トレーラーハウスが何台かあるって聞きました。配送の拠点になってるって、、、でも、、何の、、?」
ナナちゃんは、言葉を飲み込んだ。口元がきゅっと閉じる。
ハルトがちらりと地図を覗きこむ。 「ババァ、これさぁマジで怪しくね?“星光石”って言いながら、場所が全然違うって…なんかの裏ルートっぽくね?」
「バカガキ、いらん推理をするんじゃないよ!」
花バァは、ナナちゃんに目を向ける。
「……ねぇナナちゃん。この地図、どうしてあたしに見せたのさ?」
ナナちゃんは、一瞬言葉に詰まった。
「…うちの店で扱ってる石のことだから、、自分でちゃんと調べなきゃって思ったんです。でも…なんか、気持ち悪くて、、、それで、おばぁちゃんなら、何か分かるんじゃ無いかなって思って、、それで…。」
(そうさねぇ。分かるのは石だけじゃない。アンタの”気持ち”の色。助けを求める色だよ…)
「いいよ、引き受けた。こりゃあちょいと鼻が利く、ばぁさんの出番だねぇ。」
「…ありがとう。おばぁちゃん…。」
その夜。花バァは、ガラケーを片手に地図とにらめっこをしていた。 港のはずれ、トレーラーハウス、得体のしれない流通経路。 (何かが動いているねぇ。ナナちゃんだけじゃない。他の大きな何かが…。)
「…あの時の”あいつ”が関わってなければいいけどねぇ」
花バァの目が細くなった。 商店街の空には、星が瞬き始めていた。一つ一つが、静かに問いかけるように輝いていた。