「ハルト、今日はちょいと、昔話をしようじゃないか」
商店街裏にある、花バァなじみの屋台。
夜風が気持ちよく吹いている。
花バァとハルトは、おでん鍋の湯気に目を細めていた。
早速、例によってハルトはスマホで撮影しようとしたが、花バァの目を見てそっとしまった。
「昔ね、うちは駄菓子屋じゃなくて金物屋だったのさ。じいさんと2人でやってたんだ。」
「えっそうなの?金物って、金の指輪とか、金の腕輪みたいな奴??」
「馬鹿たれ、それは“金製品”だよ。工具屋だよ工具、ノコギリとかトンカチの事さね」
「あぁー…最初から言ってよ。」
「だから最初から言ってるじゃないか!スカタン。」
いつもなら、ガラケーが飛んでくるが、今日の花バァは苦笑いしながら、懐から新聞の切り抜きを取り出した。
“偽物キラキラ石出回る!商店街に激震”──その端っこに小さく「山田金物店・花子さん事情聴取」の文字。
「これ、二十年前。ウチの倉庫から偽物の石が出てきてね。そりゃもう、大騒ぎ」
「えっ、ババァ、偽物売ってたの!?って、いや違うよね! そんなことしないよね!? たぶん!」
「“たぶん”て何さ」
「いやいや、“絶対”です、はい!つい口が……」
花バァは笑いながら、おでんの大根を箸で切り分ける。
「結局ね、別の業者がこっそり忍び込ませてたって分かって、潔白にはなった。でも信用ってのは、一度ヒビ入るとね、直すのにほんと苦労するのよ。町の人の目が、冷たかったなぁ……」
「でも、そのあと駄菓子屋になったんでしょ? マジでギャップやば、工具からうまい棒!」
「落差が激しいけど、じいさんと相談して決めたんだ。形は変えても、町の人とつながっていたくてね」
ちょうどそのとき、花バァのガラケーが「ぴろん♪」と鳴った。ナナからのメッセージだった。
《今日、またお客さん来ました。“量産できますか”って……でも、私……もう限界です》
花バァはしばらく画面を見つめ、やがてぽつりとつぶやいた。
「ナナちゃん……あの子のオーラ、前はピンクだったのに、今は黒いシミが広がってる。昔の私みたいに」
「えっ、石の話じゃなくて、オーラの話!? ああでも、黒ってあれでしょ?あれ?なんだったっけ?」
「…話を続けるよ。」
花バァはあきれつつ、真剣な顔になる。
「ナナちゃんが、封筒から落とした紙に“出資契約書”があった。ちらっと見えたんだ。ナナちゃん、偽石アクセの売り上げを“保証”する形で、大石の出資を受けてたのよ。つまり…売れなかったら借金。保証人になってたの」
「えっ……てことは……大石が“かねもち詐欺おじさん”?」
「言い方ァ!」
「ごめんごめん。でもマジでそれ、悪質じゃん。売るしかなくなるって、もう罠じゃん!」
「そのとおり。逃げ道が“売ること”だけになっちまうと、人はどんどん黒くなっていく。」
花バァは取り皿から、大根をひとつ、ハルトの皿に落とした。
「だからまず、話を聞いてあげな。『味方だよ』って、ちゃんと伝えてあげるんだよ。黒いオーラは、1人でいると広がっちまうからね。」
ハルトは大根をパクッと食べてから、拳をぐっと握った。
「よっしゃ、明日ナナちゃんに話す!俺、こう見えて“人の話を聞く才能”あるかもだし!」
「うん、うん。お前はしゃべる才能のほうが強いけどね」
「……そっちはまっっじでプロだから!」
調子に乗るなとガラケーで叩かれるが、今日は優しく感じた。
─そして夜更け。
花バァは一人、ナナのメッセージ履歴を見つめていた。
言葉は短くなり、送信時間は深夜に偏り、絵文字は減っていた。
(ナナちゃん……ひとりで抱え込まないで。今度は、ちゃんと手ぇ伸ばすからね)
朝日が、夜の闇を溶かして、地平線からゆっくり顔を出す。花バァとハルトはナナちゃんの心を照らす事が出来るのか?