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第5色 過去からのシミ

「ハルト、今日はちょいと、昔話をしようじゃないか」

商店街裏にある、花バァなじみの屋台。

夜風が気持ちよく吹いている。

花バァとハルトは、おでん鍋の湯気に目を細めていた。

早速、例によってハルトはスマホで撮影しようとしたが、花バァの目を見てそっとしまった。


「昔ね、うちは駄菓子屋じゃなくて金物屋だったのさ。じいさんと2人でやってたんだ。」


「えっそうなの?金物って、金の指輪とか、金の腕輪みたいな奴??」


「馬鹿たれ、それは“金製品”だよ。工具屋だよ工具、ノコギリとかトンカチの事さね」


「あぁー…最初から言ってよ。」


「だから最初から言ってるじゃないか!スカタン。」

いつもなら、ガラケーが飛んでくるが、今日の花バァは苦笑いしながら、懐から新聞の切り抜きを取り出した。


“偽物キラキラ石出回る!商店街に激震”──その端っこに小さく「山田金物店・花子さん事情聴取」の文字。


「これ、二十年前。ウチの倉庫から偽物の石が出てきてね。そりゃもう、大騒ぎ」


「えっ、ババァ、偽物売ってたの!?って、いや違うよね! そんなことしないよね!? たぶん!」


「“たぶん”て何さ」


「いやいや、“絶対”です、はい!つい口が……」


花バァは笑いながら、おでんの大根を箸で切り分ける。


「結局ね、別の業者がこっそり忍び込ませてたって分かって、潔白にはなった。でも信用ってのは、一度ヒビ入るとね、直すのにほんと苦労するのよ。町の人の目が、冷たかったなぁ……」


「でも、そのあと駄菓子屋になったんでしょ? マジでギャップやば、工具からうまい棒!」


「落差が激しいけど、じいさんと相談して決めたんだ。形は変えても、町の人とつながっていたくてね」


ちょうどそのとき、花バァのガラケーが「ぴろん♪」と鳴った。ナナからのメッセージだった。


《今日、またお客さん来ました。“量産できますか”って……でも、私……もう限界です》


花バァはしばらく画面を見つめ、やがてぽつりとつぶやいた。


「ナナちゃん……あの子のオーラ、前はピンクだったのに、今は黒いシミが広がってる。昔の私みたいに」


「えっ、石の話じゃなくて、オーラの話!? ああでも、黒ってあれでしょ?あれ?なんだったっけ?」


「…話を続けるよ。」


花バァはあきれつつ、真剣な顔になる。


「ナナちゃんが、封筒から落とした紙に“出資契約書”があった。ちらっと見えたんだ。ナナちゃん、偽石アクセの売り上げを“保証”する形で、大石の出資を受けてたのよ。つまり…売れなかったら借金。保証人になってたの」


「えっ……てことは……大石が“かねもち詐欺おじさん”?」


「言い方ァ!」


「ごめんごめん。でもマジでそれ、悪質じゃん。売るしかなくなるって、もう罠じゃん!」


「そのとおり。逃げ道が“売ること”だけになっちまうと、人はどんどん黒くなっていく。」


花バァは取り皿から、大根をひとつ、ハルトの皿に落とした。


「だからまず、話を聞いてあげな。『味方だよ』って、ちゃんと伝えてあげるんだよ。黒いオーラは、1人でいると広がっちまうからね。」


ハルトは大根をパクッと食べてから、拳をぐっと握った。


「よっしゃ、明日ナナちゃんに話す!俺、こう見えて“人の話を聞く才能”あるかもだし!」


「うん、うん。お前はしゃべる才能のほうが強いけどね」


「……そっちはまっっじでプロだから!」

調子に乗るなとガラケーで叩かれるが、今日は優しく感じた。


─そして夜更け。


花バァは一人、ナナのメッセージ履歴を見つめていた。

言葉は短くなり、送信時間は深夜に偏り、絵文字は減っていた。


(ナナちゃん……ひとりで抱え込まないで。今度は、ちゃんと手ぇ伸ばすからね)


朝日が、夜の闇を溶かして、地平線からゆっくり顔を出す。花バァとハルトはナナちゃんの心を照らす事が出来るのか?






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