花バァ、ハルト、ナナの三人は、昨日のLIVE配信の打ち上げと今後の方針について話すために屋台に来ていた。
―おでん屋『がんもだんも』
花バァの昔なじみの、おやじがやっている小さな屋台。暖簾はすこし擦り切れているが、湯気の立つ大鍋が、町の懐かしさを漂わせていた。
「花ちゃん、今日は若ぇの2人も連れてきたんだな。まぁ、ゆっくりしていけや」
おやじはそう言って、3人の前にサービスのがんもどきをそっと皿にのせる。
ナナちゃんは慣れていない様子で軽くお辞儀し、ハルトは「やべぇ、マジ旨そう」と言いながらスマホでパシャパシャと写真を撮っている。
「ありがとね、おやじ。今日は作戦会議なんだ」
花バァは大根をほぐしながら、静かに目線をあげた。
「へぇ、なんの作戦会議なんだ?」
「最近、町の様子がおかしい気がしてね。このハルトとナナちゃんとで、調べてるんだ」
おやじは少し眉をひそめ、ふと思い出したように顔をあげた。
「様子ねぇ……確か、うちの常連が言ってたな。見慣れない連中が、最近やたら町に増えてるって。あと、港の方でも夜中にうろうろしてるやつらがいるって話も聞いたぞ。その件か?」
「……その件だ。なんやらキナ臭くてねぇ。なんか分かったら教えてくれないかい?」
「花ちゃんの頼みなら断らねぇさ。任せときな」
そう言って、おやじは鍋に向き直り、黙々と仕込みを始めた。
その横で、ハルトが興奮気味に身を乗り出す。
「俺、もう一回配信LIVEやりたい!昨日のやつ、けっこう盛り上がったし!このまま有名インフルエンサーまっしぐらっていうか──」
パンッ!
ハルトの頭に花バァのガラケーが軽くヒットする。
「バカガキ。あんたの“いいね”の数より、この町の笑顔のほうが大事なんだよ」
「キラキラってのはな、目立つことじゃなくて、心に火がつくもんなんだよ」
ハルトはちょっと照れたように頬をかきながら、小声で言う。
「……違うって。俺だけが目立つんじゃなくて“町ごと本物大作戦”としてやりたいんだ」
ナナが驚いたように顔を向ける。
「“町ごと”?」
「うん。偽物で町を飾るんじゃなくてさ、“町そのもの”を本物でキラキラにしてやるって話」
「たとえば、商店街の職人さんとか、手づくりの物とか、そーゆーのをSNSで発信してくの。ナナちゃんのアクセだってそう」
ナナちゃんは少し黙り込む。湯気の向こうで、うっすら表情が陰る。
「私のは……まだちょっと自信ないけど。でも、また作りたいなって思ってる。本物で勝負できる日が来るなら……」
花バァがそっと笑う。
「その日が来るように、うちらで道つくっていくんだよ。バァさんの知恵と、あんたらの若さでさ」
ナナちゃんはうなずいた。でも、胸の奥に抱えた秘密までは、まだ口に出せなかった。
過去のことも、“保証人”のことも──もう少しだけ、自分の中で整理がつくまで。
ナナちゃんのオーラを見る花バァは何か気づいてようだが、何も言わない。
がんもの出汁がじゅんわりとしみる、そんな夜だった。