翌朝、よく晴れた土曜日──
彩海商店街の上を、小鳥たちが気持ちよさそうに空で遊んでいる。
暇人ハルトは、朝から駄菓子屋でトースト片手にダラダラしている。
「おいハルト、あんた他にする事ないのかい」
憎まれ口を叩くが、ハルトが来るのが内心嬉しい花バァ。
「あるよ!ババァと喋って、時間を贅沢に消費するっていうプラン!どう?やばくね?天才だと思う!」
「こっちは仕事してんだよバカガキ!」
ヒュッ──花バァのガラケーアタックが、宙を切る。
「そんなに毎回は叩かれないっつーの!」
おどけるハルトにイラっとしながらも、花バァはふっと笑みを浮かべる。
そんな平和な土曜日───
……と、その空気を切り裂くように、
ナナちゃんが、いつもよりずっと早く店に来た。
「あれー!ナナちゃん、今日は早いじゃん」
ハルトが笑って手を振る。
ナナちゃんは小さく頷いた。
「うん……昨日、ありがとうね。ちゃんと眠れた」
ほんの少しだけ、目元に力が戻っていた。
花バァは、そんなナナちゃんを見て湯呑を手に取り、
「目が生き返ってるじゃないか。そいつはいい兆しだよ」と、穏やかに笑った。
ピロン、ピロン、ピロン───
急に鳴り出す通知音。ナナちゃんのスマホが震える。
画面には、止まらないタグ付け通知。
──@jewel-nanaがタグ付けされました。
《やっぱり、星光石偽物じゃん》
《この人?偽物作ってた人って》
《自分で作ったって言ってるしw》
《商店街ごとグルじゃん!》
そこには、ハルトが配信したあの日のアーカイブの切り抜きが使われていた。
──「粉末状の鉱石で、“星光石”みたいなもの」「わたしも、使ってた一部の商品にこれが混ざってた」
コメント欄を流す指が震え、冷や汗がとまらない。
不安と緊張──紫のオーラがナナの周囲に広がってゆく。
「な…なんで…」
花バァが画面を覗き込み、静かに言う。
「これは、本物の声が伝わらないねぇ」
ハルトも冷静に分析しながら眉をしかめる。
「これ絶対おかしいって。拡散のスピードが早すぎる。
投稿時間、タグ、引用──狙ってやってる感、凄すぎるって」
「いやだ……どうしよう……」
ナナはスマホを胸元に抱え込むように、うずくまる。
大学での炎上がフラッシュバックする。
やっと向き合うって決めたのに。やっとまた頑張ろうって思えたのに。
負の感情がナナを包み込み、オーラはどす黒い紫に濁ってゆく。
────その時。
トン。
背中に、優しい花バァの手の感触。
「ナナちゃんや、そこにあるのは、全部悪口だけなのかい?」
「…え?」
ナナはゆっくり顔を上げ、もう一度スマホを開く。
コメント欄をスクロールする指が、少しだけしっかりしてきた。
そこに──確かにあった。
《偽物って決めつけるの、まだ早くない?》
《ナナさん、ちゃんと説明しようとしてたじゃん》
《全部が悪いわけじゃない。応援してる人も、ここにいるよ》
その一文が目に入った瞬間、ナナの中で何かがじんわり溶けた。
「……ある。あるよ、おばぁちゃん。ちゃんと見てくれてる人、いる……」
ナナの目に、光が戻る。
紫に濁っていたオーラがゆっくり薄くなる。
花バァはにっこり笑い、湯呑を差し出した。
「悪口ってのは大声で飛んでくるけどね。優しさってのは、聞こうとしないと届かないもんなんだよ」
ハルトが腕を組みながらうなずく。
「……これ、完全に仕掛けられてる。じゃあ、やり返すしかないよな」
ナナが顔を上げる。
「……やり返す?」
「そう。“本物”を出して、まっすぐ見せてやる。
ナナちゃんが作ってきたもん。オレがライブで紹介する!」
「……本物の、わたしを……?」
「そうだよ。“星光石”じゃなくて、“ナナ光石”ってくらいの勢いでな!」
「……ぷっ」
ナナが小さく吹き出す。
花バァがニヤリと笑う。
「よし、やっと顔色が戻ってきた」
オーラは淡く、あたたかく、"決意と再生"淡緑色に染まり始めていた──