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第10色 コメント欄燃ゆ

翌朝、よく晴れた土曜日──

彩海商店街の上を、小鳥たちが気持ちよさそうに空で遊んでいる。

暇人ハルトは、朝から駄菓子屋でトースト片手にダラダラしている。 


「おいハルト、あんた他にする事ないのかい」

憎まれ口を叩くが、ハルトが来るのが内心嬉しい花バァ。


「あるよ!ババァと喋って、時間を贅沢に消費するっていうプラン!どう?やばくね?天才だと思う!」


「こっちは仕事してんだよバカガキ!」

ヒュッ──花バァのガラケーアタックが、宙を切る。


「そんなに毎回は叩かれないっつーの!」

おどけるハルトにイラっとしながらも、花バァはふっと笑みを浮かべる。


そんな平和な土曜日───


……と、その空気を切り裂くように、

ナナちゃんが、いつもよりずっと早く店に来た。


「あれー!ナナちゃん、今日は早いじゃん」

ハルトが笑って手を振る。


ナナちゃんは小さく頷いた。


「うん……昨日、ありがとうね。ちゃんと眠れた」

ほんの少しだけ、目元に力が戻っていた。


花バァは、そんなナナちゃんを見て湯呑を手に取り、

「目が生き返ってるじゃないか。そいつはいい兆しだよ」と、穏やかに笑った。


ピロン、ピロン、ピロン───

急に鳴り出す通知音。ナナちゃんのスマホが震える。


画面には、止まらないタグ付け通知。


──@jewel-nanaがタグ付けされました。

《やっぱり、星光石偽物じゃん》

《この人?偽物作ってた人って》

《自分で作ったって言ってるしw》

《商店街ごとグルじゃん!》


そこには、ハルトが配信したあの日のアーカイブの切り抜きが使われていた。

──「粉末状の鉱石で、“星光石”みたいなもの」「わたしも、使ってた一部の商品にこれが混ざってた」


コメント欄を流す指が震え、冷や汗がとまらない。

不安と緊張──紫のオーラがナナの周囲に広がってゆく。


「な…なんで…」


花バァが画面を覗き込み、静かに言う。

「これは、本物の声が伝わらないねぇ」


ハルトも冷静に分析しながら眉をしかめる。

「これ絶対おかしいって。拡散のスピードが早すぎる。

 投稿時間、タグ、引用──狙ってやってる感、凄すぎるって」


「いやだ……どうしよう……」

ナナはスマホを胸元に抱え込むように、うずくまる。

大学での炎上がフラッシュバックする。

やっと向き合うって決めたのに。やっとまた頑張ろうって思えたのに。


負の感情がナナを包み込み、オーラはどす黒い紫に濁ってゆく。


────その時。


トン。

背中に、優しい花バァの手の感触。


「ナナちゃんや、そこにあるのは、全部悪口だけなのかい?」


「…え?」


ナナはゆっくり顔を上げ、もう一度スマホを開く。

コメント欄をスクロールする指が、少しだけしっかりしてきた。


そこに──確かにあった。


《偽物って決めつけるの、まだ早くない?》

《ナナさん、ちゃんと説明しようとしてたじゃん》

《全部が悪いわけじゃない。応援してる人も、ここにいるよ》


その一文が目に入った瞬間、ナナの中で何かがじんわり溶けた。


「……ある。あるよ、おばぁちゃん。ちゃんと見てくれてる人、いる……」


ナナの目に、光が戻る。

紫に濁っていたオーラがゆっくり薄くなる。


花バァはにっこり笑い、湯呑を差し出した。

「悪口ってのは大声で飛んでくるけどね。優しさってのは、聞こうとしないと届かないもんなんだよ」


ハルトが腕を組みながらうなずく。


「……これ、完全に仕掛けられてる。じゃあ、やり返すしかないよな」


ナナが顔を上げる。

「……やり返す?」


「そう。“本物”を出して、まっすぐ見せてやる。

 ナナちゃんが作ってきたもん。オレがライブで紹介する!」


「……本物の、わたしを……?」


「そうだよ。“星光石”じゃなくて、“ナナ光石”ってくらいの勢いでな!」


「……ぷっ」

ナナが小さく吹き出す。


花バァがニヤリと笑う。

「よし、やっと顔色が戻ってきた」


オーラは淡く、あたたかく、"決意と再生"淡緑色に染まり始めていた──


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