フェス前日。
彩海商店街の空気は、梅雨明け直前の空のように、重く、じっとりと湿っていた。
昼下がり、広場にはすでに仮設テントやブースがずらりと並び、設営の音があちこちで鳴っている。
屋台の照明が仮点灯され、ギラギラと星光石アクセサリーが吊り下げられていた。
ナナちゃんはその中央で、手にしたパンフレットをじっと見つめていた。
「さあ、“あなたの星光石”を輝かせよう! キラキラは人それぞれ!」
──彩海星光石フェス実行委員会
(うまい言い方だけど……結局、本物でも偽物でもいいって言ってるんだよね)
ナナちゃんは小さく息を吐いた。
花バァが背後から近づいてくる。大きな帽子を目深にかぶり、サングラスをかけていても、その歩き方でナナちゃんにはわかる。
「ふーん……赤に灰色に紫に緑…こりゃまた、すごい色だねぇ。
どいつもこいつも、目がしぱしぱするよ。こういうのは、カオスだっけ?かぼすだっけ?」
彼女の視線の先には、素材配布ブースで受け取ったらしい“協会提供”の袋を掲げてはしゃぐ若者たちがいた。
「あの袋、私も申し込みのときに渡されそうになった。でも断ったの。“自分の手で作りたい”って」
「正解さ。あれが後で“原因”になるかもしれないってのに、みんな嬉しそうに受け取ってる」
ナナちゃんはふと顔を上げ、広場の上部に掲げられた巨大な横断幕を見上げる。
「“本物かどうかは、あなた次第!”……とか書いてあるけど、あれって……」
「ただの言い逃れさ。受け取る側に責任を押しつけて、売る側は安全地帯にいる」
花バァが鼻で笑った。
そのときだった。
広場の端、焼き鳥屋の屋台前で言い合う声が聞こえてきた。
「おいおい、“偽物かもしれない”って噂になってるんだろ? なんで今年はそんなもんで盛り上げてんだよ!」
「うちの娘が一生懸命作った作品に、偽物だの本物だのケチつけるのかい? そんなの、夢がねえよ!」
「夢とかじゃなくて、町の信用の話だろ? 星光石ってのは、本来もっと神聖な──」
「神聖!? 今どきそんな言葉、誰も気にしねえよ! 観光客が増えりゃそれで十分だろ!」
「ふざけんなよ、あんた大石の言いなりか!?」
ナナと花バァが振り向くと、周囲にはどんどん人が集まり、口論の輪が広がっていた。
商店街の人たちだ。祭りの参加メンバーたちが、今や正面から衝突している。
「うちの店なんて、フェス仕様に改装したのに、今さら“ニセモノ問題”とか言われたら台無しだ!」
「それ、もともと大石が“ニセモノでもキラキラ”って言い出したから広がったんでしょ!?」
「……結局、誰が悪いんだよ……」
疲れた顔の魚屋の親父がぽつりと呟くと、周囲の誰もが黙った。
静寂が訪れたのは、ほんの数秒。
「──誰が、どうして、こんな空気にしたんだろうねぇ」
花バァの呟きが、かすかに響いた。
やがて、ハルトが焼きそばの屋台の影から顔を出した。サングラスにマスク、完全装備だが、犬のパーカーでバレる。爪が甘い。
「なーなー、港のほう見てきたけど、さっき軽トラが動いてた。まだ裏で何か動かしてるっぽいわ」
「今夜が勝負だね……」
ナナちゃんの声に、花バァがうなずく。
「このままじゃ、“何が本物で何が偽物か”さえ、誰も気にしなくなる。混乱させてる側は、それが狙いなんだろうさ──
だから……夜のうちに仕掛ける。トレーラーだね」
花バァは、ガラケーをそっとポケットにしまいながら言った。
ナナのピンクのオーラが、迷いながらも力を取り戻していた。ハルトのギラギラ青も、本気の光を放っている。
広場の喧騒は続いていた。
派手な装飾の中、誰がどの立場で、どこに正義があるのか──
誰にも、はっきりと見えないまま。
「この夜を越えたら、町の色はきっと変わる。いい方向に変えられるかどうかは──あたしら次第さ」
その夜、三人は再び動き出した。
港、倉庫街、そして“トレーラー”へ──。
星光石の真実と、彩海商店街の未来をかけた“本番前夜”が、静かに幕を開けていた。