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第13色 オーラ暴走警報

フェス前日。


彩海商店街の空気は、梅雨明け直前の空のように、重く、じっとりと湿っていた。


昼下がり、広場にはすでに仮設テントやブースがずらりと並び、設営の音があちこちで鳴っている。

屋台の照明が仮点灯され、ギラギラと星光石アクセサリーが吊り下げられていた。

ナナちゃんはその中央で、手にしたパンフレットをじっと見つめていた。


「さあ、“あなたの星光石”を輝かせよう! キラキラは人それぞれ!」

──彩海星光石フェス実行委員会

(うまい言い方だけど……結局、本物でも偽物でもいいって言ってるんだよね)

ナナちゃんは小さく息を吐いた。


花バァが背後から近づいてくる。大きな帽子を目深にかぶり、サングラスをかけていても、その歩き方でナナちゃんにはわかる。


「ふーん……赤に灰色に紫に緑…こりゃまた、すごい色だねぇ。

どいつもこいつも、目がしぱしぱするよ。こういうのは、カオスだっけ?かぼすだっけ?」


彼女の視線の先には、素材配布ブースで受け取ったらしい“協会提供”の袋を掲げてはしゃぐ若者たちがいた。


「あの袋、私も申し込みのときに渡されそうになった。でも断ったの。“自分の手で作りたい”って」


「正解さ。あれが後で“原因”になるかもしれないってのに、みんな嬉しそうに受け取ってる」


ナナちゃんはふと顔を上げ、広場の上部に掲げられた巨大な横断幕を見上げる。

「“本物かどうかは、あなた次第!”……とか書いてあるけど、あれって……」


「ただの言い逃れさ。受け取る側に責任を押しつけて、売る側は安全地帯にいる」

花バァが鼻で笑った。


そのときだった。

広場の端、焼き鳥屋の屋台前で言い合う声が聞こえてきた。

「おいおい、“偽物かもしれない”って噂になってるんだろ? なんで今年はそんなもんで盛り上げてんだよ!」


「うちの娘が一生懸命作った作品に、偽物だの本物だのケチつけるのかい? そんなの、夢がねえよ!」


「夢とかじゃなくて、町の信用の話だろ? 星光石ってのは、本来もっと神聖な──」


「神聖!? 今どきそんな言葉、誰も気にしねえよ! 観光客が増えりゃそれで十分だろ!」


「ふざけんなよ、あんた大石の言いなりか!?」

ナナと花バァが振り向くと、周囲にはどんどん人が集まり、口論の輪が広がっていた。

商店街の人たちだ。祭りの参加メンバーたちが、今や正面から衝突している。


「うちの店なんて、フェス仕様に改装したのに、今さら“ニセモノ問題”とか言われたら台無しだ!」


「それ、もともと大石が“ニセモノでもキラキラ”って言い出したから広がったんでしょ!?」


「……結局、誰が悪いんだよ……」

疲れた顔の魚屋の親父がぽつりと呟くと、周囲の誰もが黙った。

静寂が訪れたのは、ほんの数秒。


「──誰が、どうして、こんな空気にしたんだろうねぇ」

花バァの呟きが、かすかに響いた。


やがて、ハルトが焼きそばの屋台の影から顔を出した。サングラスにマスク、完全装備だが、犬のパーカーでバレる。爪が甘い。


「なーなー、港のほう見てきたけど、さっき軽トラが動いてた。まだ裏で何か動かしてるっぽいわ」


「今夜が勝負だね……」

ナナちゃんの声に、花バァがうなずく。


「このままじゃ、“何が本物で何が偽物か”さえ、誰も気にしなくなる。混乱させてる側は、それが狙いなんだろうさ──

だから……夜のうちに仕掛ける。トレーラーだね」

花バァは、ガラケーをそっとポケットにしまいながら言った。


ナナのピンクのオーラが、迷いながらも力を取り戻していた。ハルトのギラギラ青も、本気の光を放っている。


広場の喧騒は続いていた。

派手な装飾の中、誰がどの立場で、どこに正義があるのか──

誰にも、はっきりと見えないまま。


「この夜を越えたら、町の色はきっと変わる。いい方向に変えられるかどうかは──あたしら次第さ」

その夜、三人は再び動き出した。

港、倉庫街、そして“トレーラー”へ──。

星光石の真実と、彩海商店街の未来をかけた“本番前夜”が、静かに幕を開けていた。

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