港の風は、夜になるとぐっと冷たくなる。
その夜、月は雲の切れ間に覗き、倉庫街のトレーラーハウスを鈍く照らしていた。昼間の喧騒が嘘のように、辺りはしんと静まり返っている。
「ここ、昼よりずっと怪しいね……」
ナナちゃんが囁くように言った。緊張で細く震えている。ハルトはサングラスを額に上げ、スマホの画面をちらり。
「人の気配、いまんとこ無し。監視カメラも旧式っぽい。いける、たぶん」
「たぶん、ねぇ……」
花バァは鼻で笑いながら、手にガラケーを握っていた。
録音機能はスタンバイ済み。
3人はフェンスの隙間を抜け、物音を立てないように足を進めていく。トレーラーハウスの裏手──あの録音が記録された場所だ。
「ここだよ、あの音の主。風の音と砂利の感じ、間違いない」
ハルトが指差すと、花バァがしゃがみこみ、ガラケーのライトを頼りに足元を照らした。
「……おや?」
瓦礫の影、地面に落ちていたのは、空っぽの“黒タグ付き”パッケージ。封は雑に破かれ、中身が抜かれている。
「見て。これ、袋だけ偽物用ってことかも。中身は本物にすり替えて売る……ってパターンもあるかもね」
「ある意味で“本物っぽく見せる偽物”……か。ややこしいにもほどがあるね」
ナナちゃんの声が低くなる。怒りか、悔しさか、オーラがふわりと濃くなった。
トレーラーハウスの裏手には、資材が雑多に積まれていた。中には、封もされていない星光石の袋、型取り途中のアクセサリー、そして──
「……うわ、これ!」
ハルトがそっと引き出したのは、小型の機材だ。まるでハンドスキャナーのようなそれは、UVライトを内蔵した“簡易検査器”。
「これ、あれじゃね? ナナちゃんのアクセに反応してたやつと同じじゃん」
「ってことは……この機材で検査して“本物”って言い張って、売ってるってこと?」
「たぶん、“これは反応しないから本物ですよ~”ってやるための演出機器さ」
花バァが低く唸った。
「つまり、“偽物に反応する機械”じゃなく、“本物に反応しないよう細工した機械”ってわけだねぇ。鑑定ショー?かなんかで使うんだろ。こりゃもう詐欺師のレベルだよ」
3人は顔を見合わせた。
やがて、ハルトが手を挙げて口元に人差し指を当てた。音がした──誰かが、近づいてくる。
足音はひとつ。けれど、確実にこちらに向かっていた。
「隠れて!」
3人はトレーラーハウス横の大きな箱の影に身を潜めた。
花バァは録音中のガラケーを懐に滑り込ませる。ナナちゃんの手はハルトの服の袖をぎゅっと掴んでいる。
やがて、姿を見せたのは──
「……大石……!」
ハルトが口の中で呟く。彼はスマホ片手に、誰かと通話していた。
「……いや、明日は予定通り進める。偽物は“持ち帰り自由”ってことで処理するから。SNSでウケれば、真偽なんてどうでもいいんだよ」
3人は、息を呑んだままその会話に耳を澄ませた。
「なに、炎上してもいい。燃えた話題は観光資源になる。バズれば勝ちだよ、バズれば。──ああ、それと、あの子の件は“勘違いだった”ってことにしとけばいい」
ナナの手が震えた。彼女のオーラが一瞬、ざらりと揺れる。
(“あの子”って……私のこと……?)
「とにかく、明日のフェスが終わるまで、余計な動きは避けてくれ。“勝手に鑑定とかやる連中”が出てくると面倒だからさ」
花バァが静かに、ゆっくりと目を閉じる。まるで覚悟を決めるように。
大石は通話を切ると、扉の奥へと消えていった。
沈黙のなか、3人は顔を見合わせた。
「……完全に、確信犯じゃん」
「バズれば勝ち、か……私達とは全然考えが真逆。」
「さぁ証拠は手に入った。今度は、“本当の意味でキラキラしてるもの”を、こっちが見せつけてやる番だよ」
花バァの声に、力がこもっていた。
月はまだ高く、トレーラーハウスは静まりかえっていた。だが、その沈黙の奥には、明日の“戦い”が、音もなく準備されていた。
そして、星光石の真実は、確実に表へと向かって動き出していた──。