朝──。
星光石フェスの本番が幕を開けた。
彩海港埠頭は、初のにぎわいを見せていた。
露店の焼き鳥が香ばしい煙を上げ、キラキラしたアクセサリーが所狭しと並べられている。浴衣姿の子どもたちが走り回り、写真を撮る観光客がSNS用のポーズを決める。まるで、何事もなかったかのような光景。
けれどナナちゃんには、それが妙にうすら寒く感じられた。
昨夜聞いた大石の声が、耳の奥にこびりついて離れない。
(「燃えた話題は観光資源になる」……って、こんなの、町の未来を売ってるだけじゃん)
彼女は、背中のリュックをぎゅっと抱きしめた。その中には──昨夜の証拠、そして“最後の切り札”が入っている。
「よし、始めるよ」
花バァが現れた。例のサングラスに、大胆な赤いスカーフを巻いている。ハルトは犬パーカーのフードを被り、もう諦めたのか開き直った顔。
「作戦、最終フェーズに入りまーす」ハルトが気合を入れなおす。
「OK、ハルト隊長。じゃあ私は人混みの中に紛れて、例の“装置”を起動するね」
小さく拳をぎゅっと握るナナちゃん。
「ナナちゃんは、ステージ前のポジション確保。俺、SNS中継用意。ババァは……もちろん、声の出番だね」
ハルト隊長の的確な指示。
「任せな。こちとら、腹から声出す年季が違うよのさ」
サングラスを掛けなおしハルトを見やる。ハルトの見違えるような背中に笑みがこぼれた。
(あのバカガキが、町を守る為だとこうなるのかい…人は面白いねぇ)
それぞれの役割を確認した三人は、群衆の中へと溶け込んでいった。
やがて──正午。
会場中央のステージに、大石が姿を現した。白いスーツに金のブローチ。派手な演出で登場する彼に、観客たちは拍手を送る。
「みなさーん! 彩海星光石フェスへようこそー! 今日は好きなように“あなたの星光石”を輝かせてくださいねー!」
その瞬間だった。
「その星光石、ほんとに“あなただけの”ものですかねぇ?」
広場のスピーカーに、花バァの低く響く声が割り込んだ。
どよめく観客。
「な、なんだ今の?」
「誰かの演出……? ドッキリか?」
続けざまに、大型ビジョンに映し出されたのは──昨夜の録音映像だった。
大石の声が、はっきりと広場中に響く。
「偽物は“持ち帰り自由”で処理する。SNSでバズれば勝ちだよ」
「あの子の件は“勘違い”ってことにしとけ」
「勝手に鑑定とかやる連中が出てくると面倒だからさ」
商店街の連中がざわついた。露店の店主たち、観光客、出品者たちが一斉に顔を上げる。
「──おい、これ……どういうことだ?」
「大石……あんた、俺たちを利用してたのか!?」
「娘のアクセサリーも“バズれば勝ち”の道具だったってのかよ!」
罵声、混乱、叫び声。
そして──誰かが大石に詰め寄る。
「映像止めろ!!」
大石が叫んだ。
だが、止まらない。画面は次に、ナナが昨夜倉庫街で拾った“黒タグの袋”と“細工された検査器”の映像へと切り替わった。ハルトの手で丁寧に撮影された映像だ。
「みなさん!観光協会はこんな機材を使って、“本物っぽく見せかける”詐欺をやってたわけです。これが、証拠です!」
ナナちゃんの声が、ステージ下から響く。
彼女は震える声でマイクを握っていた。でも、目は真っ直ぐだった。
「私は、一度本物から逃げた……けど、やっぱりそれは、光ってるように見えても、心がこもってなきゃ、偽物なんだって、わかりました」
ナナのピンクのオーラが、静かに、しかし強く広がっていく。
もちろん、それは“観客には”見えない。ただ、彼女の目の強さに、言葉の真っすぐさに、誰もが息を飲んだ。
ハルトのキラキラした青いオーラも、小さく震えながら彼女の背中を押していた。
「この町のキラキラは、歴史は、誰かが作ったウソなんかじゃない! 自分で作って、自分で輝かせるものです!」
花バァがガラケーを掲げ、広場の中心に立った。
「今ここにいる、あんたたち一人一人が、もう一度本物を見定めないと、この町はダメになっちまうよ!」
商店街が、静まり返った。
数秒の沈黙の後──どこからか拍手が起こった。それは、広がって、やがて大きな波になった。
大石は、蒼白の顔でその場に立ち尽くす。
誰も、彼に手を差し伸べなかった。
その日の午後、SNSは大炎上した。
だが、燃えたのは町の信用ではなかった。
燃えたのは、「何が本物か」という問いだった。
そして、それに立ち向かった、ナナちゃん達の勇気だった。
彩海商店街、いや彩海市は、確かに「燃えて」いた。けれどそれは──気合と、希望によるものだった。