会場を包む拍手は、なかなか鳴りやまなかった。
ナナちゃんはステージの下に立ち、静かに一礼した。
その姿を、広場を埋める観客たちが見つめていた。
「……ありがとう」
その小さなつぶやきは、マイクには乗らなかった。けれど、彼女のまわりには、確かに何かが──やさしく、力強く、輝いていた。
後方から見つめる花バァが、ゆっくりと頷く。
(……綺麗なピンクが出てるねぇ。あったかくて、まっすぐで、もう迷いがない。完全復活だよ、ナナちゃん)
オーラなんて見えない観客たちでさえ、ナナの言葉と表情に“ほんとうのもの”を感じ取っていた。
それは論理ではなく、胸の奥をじんわりと照らすような、そんな確信だった。
けれど、その静けさを切り裂くように、怒声が飛んだ。
「ふざけるなよッ!!」
声の主は、大石だった。
ステージの上、マイクもなしに叫んだその声は、拍手に混じっていたはずの空気を一瞬で凍らせるほどの怒気を帯びていた。
「こんなやり方、明らかにフェスの妨害だ! 営業妨害だぞこれは! たかがガキの思いつきで町の一大イベントを潰すつもりか!?」
観客の視線が一斉にステージに集まる。
「でも……ナナちゃんの話、ちゃんと映ってたよ!」
「録音もあった! 証拠でしょ、あれ!」
ざわめきが湧く中、大石の目は逆に、さらに鋭くギラついていく。
「フェスはな、この町の“生命線”なんだよッ! 失敗だの不正だのって騒いで、全部ぶち壊すつもりか!? お前らが騙されてるんだよ! 録音なんて、編集すればいくらでも──!」
「……まだ言うのかよ……」
誰かが、小さく呟いた。
だが大石は止まらない。一歩前に出て、声を張る。
「俺は“この町を守る”ためにやってるんだ! きれいごとの正義より、現実的な成果のほうが…」
そこで、彼は一瞬、言葉を詰まらせた。
沈黙。
その目の奥には、怒りと焦り、そして奇妙な“自信”のようなものが宿っていた。
花バァは、サングラスを外してその色を見る。
(……あぁ、出てきたねぇ。嫌な色だよ……こりゃ、酷く濁ってるわ。焦げついて、暴れ出す寸前だね……)
ナナちゃんは、ステージの上に立つ大石をじっと見つめていた。
心の奥に、冷たいものがゆっくりと染みてくる。
──あれが、あの人の“本当の姿”なんだ。
けれど、ナナちゃんの優しさのピンクは揺るがない。
痛みを知ったその色は、むしろ芯から静かに燃えていた。
そのとき、背中にそっと手のひらが触れた。
振り向くと、ハルトがいた。
「……な? ナナちゃんの勝ちだよ」
ナナちゃんは、小さく首を振る。
「まだ……終わってないよ」
そのときだった。
会場の遠く、港のほうから、微かな轟音が響いた。
重たい何かが、ゆっくりと動き出すような音。
花バァが目を細め、空を見上げる。
観光協会の装飾用トレーラーが、ゆっくりと──まるで闇を引きずるように、動き始めていた。
派手な装飾が嘘くさく揺れながら、港の隅で、何かを運び出している。
(……さて。蛇が出るか、邪が出るか。いよいよ厄介なもんが動き出したよ)
ナナちゃんは前を向いた。
目に映るのは、大石。
その後ろには、あの動くトレーラー。
まだ町は、終わっていない。
戦いも、終わっていない。
ナナちゃんのオーラはなおも強く、静かに、しかし確かに輝き続けていた。