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第18色 花バァ!怒りのサングラス割り!

観光協会トレーラーの向こう側、煙が上がった。


白いテントのひとつが倒れ、火花のような光が散った。


「おい! 爆発か!?」

「子どもたち、離れて!」


会場の空気が一変する。

歓声と拍手は消え、ざわつきが怒号に変わっていく。


ナナちゃんが頭を覆っていた手を下ろし、ゆっくりと顔を上げた。


──これは、まだ終わってないどころか、次の“波”が来てる。


「フェス続行だ!」

ステージ上の大石が叫ぶ。


「爆発だろうがなんだろうが、予定は予定通りやる! これは“町の未来”をかけたイベントなんだよ!」


誰もが彼を見た。

けれど、その目に信頼はなかった。


「……町の未来?」


誰かがぽつりとつぶやいた。


「そのために、俺たちの想いを、客の純粋さを、全部踏みにじったのか?」


その一言で、大石のスーツがただの衣装に見えた。

ギラギラした青は、むしろ目に痛いくらいに濁っていた。


そのとき──。


ガツン。


何かがアスファルトに叩きつけられた音が響いた。


人混みの向こうから、花バァが竹箒を肩にかついで現れた。


「……おっと、失礼するよ。掃除道具の出番かと思ってね」


言いながら、花バァは竹箒の先で、落ちた黒タグ石をぐいっと脇に掃き寄せた。


「ゴミは、ちゃんと片付けないとね」


静寂が広がる。

その言葉は、誰か一人に向けたものではなかった。

けれど誰もが、その“誰か”を知っていた。


花バァは歩き出す。

竹箒を杖のように突きながら、一歩一歩、ステージへと近づいていく。


「来るな!やめろ!関係者以外立ち入り禁止だ!」大石が狼狽する。


協会のスタッフが止めに入ろうとするが、花バァは止まらない。


「“関係者”……だって? じゃあ聞くけどよ」


花バァは箒の柄を地面にドンと突いた。


「この町で生まれて、この町で育って、この町の商店街でずっと暮らしてきたあたしが、“関係者じゃない”ってのかい?」


スタッフが口ごもる。


「おい大石!──あんたにひとつ聞くよ」


花バァが、ついにステージ下へと辿りついた。


「この町の“本物”ってのはさ、最初っから、売り物にできるようなもんだったのかい?」


沈黙が落ちる。


「なあ、あたしらが守ってきたのはな。あんたが考える“キラキラ”とは、ちょっと違うんだよ」


大石が口を開こうとした瞬間──


「──黙ってな!」


花バァが、静かに、しかし鋭く言い放った。

竹箒の柄が、ピシリと地面を打つ。


「人の想いを“利用価値”で測るんじゃないよ。この町の価値を、ただの“数字”で測るんじゃないよ」


ナナちゃんがステージの脇で、はっと息を飲む。


花バァは、ゆっくりと、サングラスに手をかけた。


そして──


「……これは、あたしの“けじめ”さ」


手の中で、サングラスがきらりと光ったかと思うと──


パキィィン!


会場中に響く音とともに、それは真っ二つに割れた。


ざわつきが広がる。

それは怒号ではなかった。もはや、畏れに近い静けさだった。


「もうあたしには、こんなフィルターはいらない。まっすぐ見えるからさ。あんたのギラギラした青も、ぜんぶね」


割れたサングラスを地面に捨てると、花バァは大石を見上げた。


「この町はな、炎上なんかじゃ燃え尽きないよ。想いがあれば、何度でも立ち上がる。あたしたちは、そうやって“続けてきた”んだ」


──しんと静まり返る会場。


観客の誰かが、ポケットから何かを取り出した。

それは、黒タグ付きの星光石。


「俺、返すわ。なんか違った気がしてきた」


その一言が、伝染した。


「私も……」

「娘に偽物あげて喜ばせようなんてな…」


ひとつ、またひとつと、偽物の石が、足元に置かれていく。

その様子を見て、大石の顔がぐしゃりと歪んだ。


「ふざけるな……お前たち、分かってないんだ! 本物なんて、売れないもんは意味がないんだよ! 利益がなきゃ町は死ぬ! キレイ事で飯は食えないんだッ!」


「本物は、金じゃなくて、“信頼”を生むんだよ」


花バァのその言葉に、誰かが静かに拍手した。

それは、ゆっくりと、しかし確かに広がっていった。


まるで、町がようやく“目を覚ました”ように。


ナナちゃんの目には、涙がにじんでいた。

ハルトはそっと鼻をすすりながら、それを見ていた。


そして──


花バァの割ったサングラスの破片が、みんなの思いの欠片のように光っていた。


彼女の竹箒が、光の中で静かに地面を掃いていた。

まるで、もう一度この町をきれいにするようだった。

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