観光協会トレーラーの向こう側、煙が上がった。
白いテントのひとつが倒れ、火花のような光が散った。
「おい! 爆発か!?」
「子どもたち、離れて!」
会場の空気が一変する。
歓声と拍手は消え、ざわつきが怒号に変わっていく。
ナナちゃんが頭を覆っていた手を下ろし、ゆっくりと顔を上げた。
──これは、まだ終わってないどころか、次の“波”が来てる。
「フェス続行だ!」
ステージ上の大石が叫ぶ。
「爆発だろうがなんだろうが、予定は予定通りやる! これは“町の未来”をかけたイベントなんだよ!」
誰もが彼を見た。
けれど、その目に信頼はなかった。
「……町の未来?」
誰かがぽつりとつぶやいた。
「そのために、俺たちの想いを、客の純粋さを、全部踏みにじったのか?」
その一言で、大石のスーツがただの衣装に見えた。
ギラギラした青は、むしろ目に痛いくらいに濁っていた。
そのとき──。
ガツン。
何かがアスファルトに叩きつけられた音が響いた。
人混みの向こうから、花バァが竹箒を肩にかついで現れた。
「……おっと、失礼するよ。掃除道具の出番かと思ってね」
言いながら、花バァは竹箒の先で、落ちた黒タグ石をぐいっと脇に掃き寄せた。
「ゴミは、ちゃんと片付けないとね」
静寂が広がる。
その言葉は、誰か一人に向けたものではなかった。
けれど誰もが、その“誰か”を知っていた。
花バァは歩き出す。
竹箒を杖のように突きながら、一歩一歩、ステージへと近づいていく。
「来るな!やめろ!関係者以外立ち入り禁止だ!」大石が狼狽する。
協会のスタッフが止めに入ろうとするが、花バァは止まらない。
「“関係者”……だって? じゃあ聞くけどよ」
花バァは箒の柄を地面にドンと突いた。
「この町で生まれて、この町で育って、この町の商店街でずっと暮らしてきたあたしが、“関係者じゃない”ってのかい?」
スタッフが口ごもる。
「おい大石!──あんたにひとつ聞くよ」
花バァが、ついにステージ下へと辿りついた。
「この町の“本物”ってのはさ、最初っから、売り物にできるようなもんだったのかい?」
沈黙が落ちる。
「なあ、あたしらが守ってきたのはな。あんたが考える“キラキラ”とは、ちょっと違うんだよ」
大石が口を開こうとした瞬間──
「──黙ってな!」
花バァが、静かに、しかし鋭く言い放った。
竹箒の柄が、ピシリと地面を打つ。
「人の想いを“利用価値”で測るんじゃないよ。この町の価値を、ただの“数字”で測るんじゃないよ」
ナナちゃんがステージの脇で、はっと息を飲む。
花バァは、ゆっくりと、サングラスに手をかけた。
そして──
「……これは、あたしの“けじめ”さ」
手の中で、サングラスがきらりと光ったかと思うと──
パキィィン!
会場中に響く音とともに、それは真っ二つに割れた。
ざわつきが広がる。
それは怒号ではなかった。もはや、畏れに近い静けさだった。
「もうあたしには、こんなフィルターはいらない。まっすぐ見えるからさ。あんたのギラギラした青も、ぜんぶね」
割れたサングラスを地面に捨てると、花バァは大石を見上げた。
「この町はな、炎上なんかじゃ燃え尽きないよ。想いがあれば、何度でも立ち上がる。あたしたちは、そうやって“続けてきた”んだ」
──しんと静まり返る会場。
観客の誰かが、ポケットから何かを取り出した。
それは、黒タグ付きの星光石。
「俺、返すわ。なんか違った気がしてきた」
その一言が、伝染した。
「私も……」
「娘に偽物あげて喜ばせようなんてな…」
ひとつ、またひとつと、偽物の石が、足元に置かれていく。
その様子を見て、大石の顔がぐしゃりと歪んだ。
「ふざけるな……お前たち、分かってないんだ! 本物なんて、売れないもんは意味がないんだよ! 利益がなきゃ町は死ぬ! キレイ事で飯は食えないんだッ!」
「本物は、金じゃなくて、“信頼”を生むんだよ」
花バァのその言葉に、誰かが静かに拍手した。
それは、ゆっくりと、しかし確かに広がっていった。
まるで、町がようやく“目を覚ました”ように。
ナナちゃんの目には、涙がにじんでいた。
ハルトはそっと鼻をすすりながら、それを見ていた。
そして──
花バァの割ったサングラスの破片が、みんなの思いの欠片のように光っていた。
彼女の竹箒が、光の中で静かに地面を掃いていた。
まるで、もう一度この町をきれいにするようだった。