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第19色 ハルト炎上(賞賛的に)

会場は、空気が凍りついていた。


花バァの一喝に、大石は黙り込み、誰もが次の言葉を待っていた。


──でも、静寂を破ったのは、彼女じゃなかった。


「……ねえ、ナナちゃん...今、配信したらどうなると思う?」


その声に、ナナちゃんが振り返った。


ハルトがスマホを片手に、ちょっとだけ笑っていた。


「俺今ここで、ぜんぶ話す。自分の言葉で。ちゃんと、自分の責任でさ」


ナナちゃんは目を丸くしたが、すぐに頷いた。


ハルトはスマホを構えると、ライブ配信を開始した。

《会場の中継とは別?》

《え、ライブ始まった》

《フェスのとこじゃね?》

《さっきのナナちゃんが話してた会場?》


「うぃーす。ハルトです。炎上系じゃないけど…今日のは、燃えていいと思ってる」


声が震えていないことに、自分でも少し驚いた。


「さっき、ナナちゃんが話したこと。俺は、ぜんぶ本当だと思ってる。ていうか、実際に見たし、聞いたから」


《ナナちゃんやっぱすご》

《こいつ誰?》

《なんか真面目な空気》


「最初は俺もさ、バズるネタ欲しくて、動画ばっか撮ってた。だけど、その途中で気づいたんだ。“映え”の裏で、ちゃんと汗かいてる人たちがいるって」


ハルトはスマホを切り替え、録音を再生する。


『……黒タグつけときゃ、それっぽく見えるしな』

『“本物”ってのは、バズらなきゃ意味がねぇんだよ』


「これ、大石さんの声です。星光石フェスを使って、偽物で話題作って、町の名前売ろうとしてた。裏でね」


《うわぁ…》

《証拠あるの強すぎ》

《さすがに言い逃れムリじゃね?》


「俺が言いたいのは、誰が悪いかとか、そういうのだけじゃなくてさ」


カメラを自分に向け直す。


「ナナちゃんみたいに、自分の言葉で、自分の信じてることをちゃんと言える人がいるってこと。そういうの見て、俺も変わりたいって思ったんだよ」


《ナナちゃん推せる》

《こいつも推せる》

《え、ふたり付き合ってんの?》


「最初は、キラキラしてるもの撮ればいいと思ってた。でも本当にキラキラしてるのって──心から信じて、向き合ってる人が作るもんだって気づいた。キラキラして見えるかどうかより、“誰がどう作ったか”が大事なんだって」


観客が、彼の言葉にじっと耳を傾けている。


「……炎上してもいい。バカだと思われてもいい。でも今だけは、ちゃんと伝えたいんだ。この町には、本物があるってこと。そしてそれを守ろうとする人たちがいるってことを」


《泣く》

《これ、録画残してほしい》

《彩海市、応援したくなった》

《お前かっこいいじゃん!》


拍手が、どこからともなく湧いた。


それはさっきの強制的な空気とは違い、ごく自然に広がっていった。


誰かがつぶやく。


「……なんか、響いたな」


「高校生の言葉なのに、まっすぐで刺さった」


「SNSでバズるとかどうでもよくなるな、これ」


花バァが、サングラスなしの顔で小さく頷いた。


(……まっすぐな青。ブレずに、ちゃんと伝えきったねぇ)


ハルトがスマホを下ろした瞬間、ナナちゃんがぽつりと呟いた。


「……ねえ、ハルト君、今ちょっとだけ、カッコよかったかも」


「“だけ”って何!俺、けっこうがんばったんだけど!」


「コメント欄に“ハルト推し”ってあるよ?」


「マジ!? どこどこどこ!?」


笑いが、会場に戻ってくる。


でもその中に、確かにあった。


──誰かを信じる強さ。

──ほんとうのものを見抜く目。

──そして、自分の言葉で何かを変える力。


誰もが、ほんの少しだけ背筋を伸ばしていた。


たった一人の高校生が言葉を発しただけで、町全体が少しだけ動いたような、そんな時間だった。


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