「さて……と」
公園のベンチに座ったあたしは、あたしを追ってきていたお間抜け三人組…もとい探偵部に所属している真理子先輩に向かって手を振った。
「もう尾行ごっこはいいでしょう。出てきてくださいよ」
少し間があったが、観念したのか素直に姿を現した。
「よく私の尾行に気づいたわね」
「ま、敏感なので」
電柱に隠れるようなバカな行為をしてたらあたしじゃなくても気づくわよ。
「で?何の用ですか?入部の件ならお断りしたはずですけど」
「私はまだ諦めてないの」
「あたしと活動なんかしてもつまらないだけですよ」
「そんなの分からないじゃない」
「………」
熱い視線ね。はぁ……まぁ良いわ。
「さっきの暗号、誰が作ったか知らないけれどなかなかよく出来ていました」
「うふふ、そうでしょう。今からでも解いてみたら?きっと楽しい「いえ、もう解けてます」は?」
ランドセルからイチゴオレを取り出して一口飲む。甘い液体が脳みそに行き渡る。
「ああ、そっか。あの一瞬で解いたのね…まぁ一問目はそのくらいのスピードで解いてもらわないと困るわ。でも二問目は「ああ、そっちも解いてます」!!!???」
あからさまに驚きの表情を見せた。なかなか滑稽だけど、まだまだ面白味が足りないわね。
「嘘つかないで」
「嘘をつく必要性がありません……そんなに言うなら解説してあげましょうか?」
「…ぜひお願い」
「まずとっかかりは貴方達のセリフでした」
「どういうこと?」
あたしは少しだけ目をつむって先ほどの会話を反芻した。そして口に出してみる。
「『ふんっ、高飛車なやつだ。僕たちの誘いに乗らなかったことを後悔しても知らないんだぞ』『成金になれるかもしれないグッドな情報があるんだけどなぁ』『後手に回っちゃ何も手に入らないわよ』『モップの下にある暗号を見つければ次に駒を進められるぞ』……だったかしら?」
真理子の目が見開かれた。
「記憶力めっちゃいいじゃない」
当然、あたしはお姉ちゃんの一挙手一投足を脳に焼き付けるために常日頃から脳トレしてるんだもの。映像の必要のない記憶くらいちゃんと覚えられるわよ。
「お姉ちゃんが試練を受けると言ってから、突然妙な言い回しが増えたと思ったんですよね……それで、この会話の中にある言葉…いや、ヒントは『高飛車』『成金』『後手に回る』『駒を進める』どれも将棋がルーツの言葉ですよね」
「………気づいたの?」
「自分たちからヒントをだしたくせに、気づいてほしくなかったんですか?まぁいいです。
そして次に暗号文…『五年生の教室にある。ロッカーの中で眠っている、モップをひっくり返してみて。組は、この暗号の中の丸の数が、示しているから分かったらいく』の方に注目します。これも日本語が少し妙なところありますよね、特に最後の分かったらいく、とか。それに最後の文にだけ句点がついていないの不可解です」
不親切よね…将棋のことを知らない人じゃ解けない暗号だもの……それに出来だって飛び切りいいってわけじゃない。
「さて、ここで思い出すは先ほどの将棋のヒント、将棋と言えば色々特徴はありますが、今回使うのは、9×9マスを舞台にしたゲームであることです。
さっきの暗号、全部ひらがなに直すと81文字になるんですよね」
あたしは適当なノートを取り出して、全部ひらがなで書いてやる。
ごねんせいのきょうしつにある。ろっか―のなかでねむっている、もっぷをひっくりかえしてみて。くみは、このあんごうのなかのまるのかずが、しめしているからわかったらいく
「ほら、数えてみたら分かるでしょう句読点含めて81文字。
さて、次は9×9に直してみましょうか」
ごねんせいのきょう
しつにある。ろっか
―のなかでねむって
いる、もっぷをひっ
くりかえしてみて。
くみは、このあんご
うのなかのまるのか
ずが、しめしている
からわかったらいく
「ここまで来たら、あと一息」
「いや、でもここまでやってもまだ分からないはずでしょ!!」
(だって、夢邦ちゃんは槍のヒントを知らないはずだもの)
「まぁ確かに、絶対的な確信はないです。勘ですもん。でもこうして9×9に直してみると、きっと将棋のどこかの盤面を示しているのは何となく分かります。
盤の状態を表しているとしたら詰んでいる状態か、はたまた平手の状態か……まぁ詰みの状態なんて星の数ほどあって全部を想定するのはスパコンでもないと無理でしょうし、多分平手の状態かなって思いました。
で、またまたさっきの会話を思い出すんですけれど、会話の最後あたり、具体的に言えば最後の試練とやらの説明を始めた時も思ったんですよ。やりごたえのあるだの、やりがつく言葉をやたら言ってるってね。
おまけにさっきのカード、あれって犬と槍がモチーフになったキャラですよね。将棋でやりと言えば駒が行く手を塞いでいなければどこまでも真っすぐに進める駒、香車を指します」
心の中でため息をつく。なんで驚いてるのよ……あんたたちがヒントだしたんでしょう。気づかれていないとでも思っていたのかしら?
「で、平手の状態で香車がある位置、つまりは四隅にある文字を順に読むと」
あたしは四隅にある文字に指をさした。
「ほら、『ご』『う』『か』『く』になるでしょう。合格、試練を突破したものが行きつく言葉としてとっても相応しい単語だと思いませんか?」
(………嘘でしょ……本来は槍使い…槍は香車の別名……そこから香車の初期位置である、四隅の文字を読むってことに気づいてようやく分かるはずだったのに)
「その反応……あってたみたいですね。ああ、ホッとしました」
イチゴオレを飲みほしたあたしはゴミ箱に投げ入れ立ち上がった。
「でも、あたしはこんな暗号に一喜一憂できるほど感受性豊かじゃないんです。勧誘するなら他の人にしてください」
~~~~~~~~~~~
戦慄した。私たちが一生懸命知恵を出し合って作った暗号をいともたやすく解いた彼女に……それも普通に解いたのではなく、ただの余興に過ぎなかった会話でのヒントから全てを読み解き、強引に真実にたどり着いた手腕に……
「じゃあ、そういうことで」
私は夢邦ちゃんの腕を強く掴んだ。私よりも細くてか弱いが、不思議と安心できる腕だった。
「それでもいい!!」
「はぁ?」
「本当は……部活に入って欲しかったわけじゃないの……いや、入ってほしいのも本当なんだけど……それ以上にして欲しいことがあるの!!私たちの想定以上に賢い貴女に頼みたいことがあるの!!」
「何かしら?」
面倒くさそうな夢邦ちゃんの顔…だけどそんなの関係ない。
「友達を……私の親友を助けて欲しいの!!!」