あたしが今回の事件を真理子から聞いた時、いくつか気になる点があった。
まず真っ先に思ったのは、小学生のガキが数日いなくなっているのに警察に届けを出さない親のことだ。率直に言ってあり得ない、普通の親なら夜帰ってこなかっただけで不安で仕方ないはず……もしやと思い雫に調べさせてみたのだ。
「乃々ちゃんの親なんだけど端的に言うと愛のない毒親ね」
「やっぱり」
「シンママなんだけど父親が誰かも分からない、そして産んだはいいけれど決してあんたみたいに愛情に育まれたわけじゃない。むしろ邪魔扱いされていたみたいね。近所の人からも心配されていたみたいですぐに調べがついたわ。
で、母親の方はお水の仕事をしてるんだけど、今はホストに入れこんでいるみたい。で、ネグレクトが起こっている。清々しいほど典型的ね」
「胸糞悪い話ね…」
きっと乃々は親からの愛を受けずに育った、存在しない父親はもちろん悪影響しか与えない母親からも。
だから自分の前に現れたローちゃんに希望を抱いたのだろう…自分を受け止めてくれ、未来をともに歩んでくれそうな立派な男に。
それがまやかしかもしれないとは考えることもできず……優しさに溺れていったのだろう。
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ローちゃんの運転する車で15分ほど経った後に灰色の倉庫についた。麻薬の取引にでも使われそうな人気がなく、古びた場所……とてもじゃないけどレディーとのデート場所に相応しいとは言えないわね。
「ここなに?」
「安心して、とっても良いところだから。あっそうだ、君はなんていうの?」
たっぷりと間をためて…口が開こうとして開かない感じを醸し出す……そして一言、呟くように。
「個人情報だから…」
こんな感じの弱い女が好みなんでしょう。御しやすそうで。
「あはは、面白い子だね…ほら、降りて」
エスコートできますよとでも言いたいのかあたしが車を降りようとするとき手を差し伸べてきた。生理的に触りたくなかったのでその手には目もくれず普通に降りる。
「ここに泊まるの?」
「うんっ、ちょっと待ってね」
ローちゃんは重そうな扉を開いた。閂で止められた鉄扉で、普段使いに適しているとはとても思えないわね。
「どうぞ」
中に入ると瞬時にあたしの肌にカメラの視線が突き刺さった……一体いくつあるのか瞬間的に判断できないわ。隠しカメラが大量に存在しているようね。
「本当はもっとちゃんとしたアパートにしたかったんだけど、こんな場所しか用意できなくてごめんね。でも、パーテーションでしっかり区切っているし、お風呂とトイレだけはしっかり部屋をわけてあるよ。ほらあっち」
風呂とトイレか…多分そこにも隠しカメラが設置されているんでしょうね。家出少女たちの日常のポルノでも売ってんのかしら。反吐が出そう。
「あたしはどこで寝ればいいの?」
「ベッドはあっちだよ。ほら、見えるかな?」
「うん、見えたよ」
シングルサイズのパイプベッドがいくつか並んでいた。ただ使われていた形跡があるのはほんの二つだけだ。
「あれ?君以外にも一人女の子がいるんだけどどこにいるんだろう…?まぁいいや、僕はご飯や飲み物を買ってくるからちょっと待っててね」
「うん……いってらっしゃい」
そして重そうな扉を閉めた。あたしの腕力では押すこともろくにできないであろう。鍵自体はピッキングするのにさほど苦労しないけど時間をかけないと脱出は出来そうにないわね……あたしでそれなんだから普通の女の子じゃまず出ることはできないでしょう。
ま、どうせ出れないと思っているからあたしを置いて買い出しに出たんだろうけど。
にしても少し埃くさいわ、清掃が行き届いていない…それに最低限暮らせるようにはしているようだけど、本当に最低限、電球はLEDじゃなく白熱電球だし、ベッドも布団も安物。ここが新居だって旦那様に言われたらひっぱたきたくなる環境ね。
まぁいいわ、もうあたしに仕掛けられたGPSでこの場所は龍虎たちに把握されているはず……後はあたしの合図一つで突入されるはずだけど……取り合えず乃々を探しましょう。
隠しカメラがついているし、多分盗聴器もついてるでしょうね。どーせ今も新入りのあたしの自然体をねっとりと観察しているんでしょうし……ああもう、思うがままに行動できないのはストレスね。
何気なく好奇心に任せてと言った様子を意識してあたしは倉庫内を調べ始めた。特にめぼしいものはないなと思っていると、あたしの前にあったひときわ派手な扉が開いた。何事かと思っていたら、予想だにしないものが目に飛び込んできたではないか。
「ローちゃん、ここ?明日楽しみだね!!」
「はぁ?」
そう言ったのは乃々である。写真に写っていたそれとほとんど変わらない容姿だ。ただし、服装は大きく違う。
「あれ?貴女だぁれ?まぁいいや、ねえねえ…似合ってるかな?」
ほんのりと顔を赤らめながら乃々は口を動かした。
「えっと、似合ってると思うよ」
「ありがとう!!」
これは……まさか……
乃々が袖を通しているのはウエディングドレスだった。彼女の体躯にフィットした純白の美しいドレスがあどけない少女を包み込み、可愛らしさを引き立てている。
「あのさ、その……ウエディングドレスをなんで着てるの?」
「そんなの決まってるじゃん、私はねローちゃんのお嫁さんになるの。明日、結婚式なの!!」
「…え?」
「お祝いしてくれると嬉しいな!!」
予想外……いえ、予想をはるかに超えてきたわね……乃々がローちゃんに間違った愛情を抱いているくらいは予想していたけれど、まさかここまでとは……
「ええっ、もちろん」
この若者たちの恋愛離れが嘆かれる現代で、若者代表みたいな小学生が30代くらいのおっさん相手に結婚とは…ったく、何考えているんだか。恋に犯されたのかしら?
「全力で応援するわ」
ああもう、ワクワクしちゃうじゃないのよ。
不健全な想いだと分かってはいるけれど、あたしだってまだガキ。想うくらいは勘弁してほしいわね。