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第13話 キスの意味

 ガキであるあたしはまだ結婚式に参列したことはない……まぁパパとママが結婚式をしたときにはもうママのお腹の中にいたらしいからある意味当人として出席したことはあるんだけど。


「僕は健やかなるときも病めるときも乃々を愛することを誓うよ」


「私もローちゃんをどんな時でも愛します」


 とは言え、神の前でキスをして誓いをすることくらいは知っている……もっとも今見ているのは神様どころか性格の悪いクソガキが一匹だけだけど………


 キス……かぁ


~~~~~~~~~~~


 あたしがイチゴオレを飲みにリビングに降りた時のこと、パパとママがキスをしていた。お互いに身体を抱きしめながら、唇と唇をしっかりと重ねていたわ。あれはあたしやお姉ちゃんの両親じゃなくて単なるオスとメスだとなんとなく思ったものよ。


 ただあんまり興味がひかれなかったのであたしは冷蔵庫を開けて嬌声や舌と舌を混じらわせているであろう音をBGMにイチゴオレを飲んでいた。一杯飲み終わった後に改めて二人を見ているとまだキスをしていたのよね。未だ楽しく響く舌と舌がまぐわう音を聞きながら浅く溜息を吐いたのよ。


「はぁ…」


「!!???」


「!!!????」


 そんなあたしのため息でようやく実の娘がいることに気づいたみたい。色ボケ夫婦は慌てて口を離した。


「む……夢邦、お前いつからいたんだ!!??」


「二分くらい前から、随分長くお楽しみだったわね」


「あららら、私としたことが気づかない間に娘に性教育をしちゃってたの?」


「安心なさいママ、あたしは何にも興味が湧かなかったから…そもそもキスの良さが分からないのよね。長々してる二人の気持ちが分からないわ」


「ったく、夢邦お前って奴は冷めてるなぁ…だがキスの素晴らしさを知らないのは仕方ない。なにせお前はパパ以外の男性とキスをしたことないんだからな」


 そういえばチビだったころあたしの意思を無視してよくキスしてきてたわね。まぁパパだからいいけれど。


「でもキスってのはとっても大事な意味を持ってるとパパは思うんだよ」


 するとパパは自分の口を指さして笑った。


「ほら、こうして俺とお前がコミュニケーションを取るのに使っているのは言葉、つまりは口だ。もっと言えば人と人とは口で繋がっているといっても過言じゃない。

 そんな大切な口と口とを重ねる……そして言葉を発する舌と舌を絡める……これは心を重ねる儀式としてうってつけの物だと思わないか?」


「それに単純に好きな人とするのはとっても気持ちいいのよ。ねぇパパ」


「ああママ」


 するとまたキスをし始めた。途方もなく幸せな顔で唇を重ねまくる二人を見てあたしは大きく溜息を吐きながら、イチゴオレを冷蔵庫に戻した。


「お姉ちゃんの前じゃしないでよ。教育に悪いから」


 ~~~~~~~~~~~


 キスは人と人の心を重ねる儀式……か。


「ローちゃん、キスしよ」


「ああ」


 脳みそ恋愛お花畑のパパが繰りだしたロマンチックな詭弁だ…そんなこと理解している。でも、あたしはこの二人のキスを見過ごしていいのかしら?


 もうすでに龍虎たちはこの周りに待機して、今潜入を進めているはず……あたしは彼らを待てばいい…少なくとも今行動を移す必要はない。それは無用なリスクを負うだけ…理解している。


 でも………


「私、幸せ」


 顔立ちも体格も違う乃々の姿が、お姉ちゃんに重なってしまった…もし、お姉ちゃんが悪党に惚れこみ、キスをしようとしていたら………あたしは……あたしは……


 ああ、ガキねぇあたしも。


 懐からクナイを取り出し、二人の間に投げ込んだ。二人の動きが止まり、目を真ん丸にしてあたしを睨みつけるように見てくる。


「なんだ!!??」


「悪いわね。悪い虫のせいなのよ……昔っから言ってみたかった言葉があるの」


 お姉ちゃんについた悪い虫はあたしが殲滅するはずだものね。


「その結婚、待ったぁぁ!!!!」


 私の叫びが鼓膜を叩くのと同時だったろう、ローちゃんは乃々を庇うように前に出てあたしをギラリと睨みつけた。


 そんな騎士気取りのロリコンに舌をペロリと放り出して性格の悪さを存分に見せつけてやる。


「なーんちゃって」


 ~~~~~~~~~~~


「縁和くん?縁和くんどこ行ったの?」


 りゅーくんの後をおって廃工場か倉庫かよく分からないところまで来たんだけど……不味いよ。縁和くんともはぐれちゃった。


「ああどうしよう…怖い」


 縁和くんと一緒にいた時は感じなかった恐怖が足元から湧き出てきた。夢邦からは『お姉ちゃんは可愛いから知らない場所で単独行動はダメ、誘拐されちゃうわ』とか言われていたし…ああ、なんでこんなところで一人ぼっちなんだろ。


 目の前を何かが横切った。「ヒッ!」と鋭い悲鳴を上げてよく見ると三毛猫だった。ほっと胸をなでおろす。


「ふぅ…良かった」


 その時、ガタンっと扉が開く音が聞こえた。咄嗟に音がした方に目を向けるとジャージを着た三色カラーの髪の男の人がいた。


「あんっ?誰だこのガキ?」


「ひっ…」


 あっ……この人……悪い人だ……きっとそうだ。私の勘はよく当たるんだ。


「ひゃぁぁぁ!!!!助けて!!!」


「あっ、おいコラ待て!!!」


 私は無我夢中で逃げ出した。


「誰か助けて!!!!!」

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