あたしの名前は夢邦、たった今方丈縁和とか言う畜生の胸に愛する姉が飛び込んでいったのを目撃してしまった女である。
「あっ、むーちゃんちょうど良かった。誰か呼んできてくれる?この人たちを適当な場所に………あれ?むーちゃん??」
なにあれ?なんで縁和がお姉ちゃんを助けるような真似をしたの?チキン野郎はチキンらしくブルブル細い足を震わせていればよかったのにどうして………??
「あの~~むーちゃん……むーちゃん??」
「聞いてるわよ龍虎……そこの馬鹿二匹をこっちに持ってきてくれるかしら?そこの壁にもたれかけさせて」
「え?二匹……う……うん」
しかもあれお姉ちゃんあたしに気づいてないわよね……なんで縁和の胸に飛び込んだまま抱き着いているの?縁和の野郎もなんでそんなお姉ちゃんを愛おしそうな目で見ているの?
「イラつく」
龍虎が持ってきた二匹が壁にもたれかかったのを見たあたしは床板を一枚ひっくり返して隠されていたボタンを押した。どんでん返しの仕掛けが動き、壁の向こう側へと二匹が去っていく。
「うおっ!こんな仕掛けあるの?」
「忍者屋敷だからね……このくらいあるわよ。もっとも知っているのはジージとバーバを除けばあたしだけだけど」
「………むーちゃん、えっと……さっきから二人のこと見すぎだよ」
「探偵の基本は観察と分析よ」
「心ここにあらずだよね」
「平気よ……少しばっかり想定外の光景が眼前に広がっているだけだから」
どうせ遅かれ早かれ縁和は愛想つかされると高をくくっていたのかもしれないわね。あたしはお姉ちゃんが心から愛する人が出来たら応援しようとは誓っている……でも………まだ小学生よ、いくらなんでも早すぎないかしら………
「むーちゃん………なんというか……気を確かに持って、さっきこっちゃんが誘拐されかけたんだよ。今はそっちの方に「黙りなさい」はいっ!!」
龍虎が背筋をピンと伸ばして敬礼までしてきた。ちょっと今のあたしは普通じゃないのかもしれないわね……ふふふ、そうでしょう。分かるわ、自分の状況くらい理解出来てるわ。
ああ、イライラする。最近ずっとこうじゃない………これまではイチゴオレとお姉ちゃんで癒されてきた……でも、今はそれだけじゃ足りない、あたしの心は苛立ちを続けるだけ……
「ちょっと我慢しないでおこうかしら」
あたしは未だにボケ猿の胸にいるお姉ちゃんを無理やり引き離した後にお姉ちゃんの被っていた麦わら帽子をさらに目深にさせる。
「お姉ちゃん、ちょっと来てちょうだい」
「えっ?え??夢邦??いつの間に?あのね……そのね………」
「良いから、分かっているから………だからこっち来なさい」
あたしは茫然としている縁和の顔を真っすぐに睨みつけた。改めて見てもどこまでも平凡で特筆すべき点が見つからない単なるガキ少年にしか見えない…
「全部ね」
縁和はあからさまに顔をひきつらせた。しかし数瞬の後あたしの目を真っすぐに見つめてくる。
「夢邦、後で話がある」
「あっそ」
あたしはお姉ちゃんの背中を押しながら後ろにいる龍虎に声を投げた。
「龍虎、あたしはちょっと抜けるから縁和のこと頼んだわよ」
「うんっ。任せて」
嵐のような苛立ちと憤りが脳内で暴れているのが分かる。だがあたしの脳みその一点は静謐極まりなかった。そこで静かに、だが猛烈な勢いであたしはこの先の展開をシミュレートしていく。
さぁてと……課外学習もいよいよ終盤よ。たっぷりと楽しむとしましょう。
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覚悟は決めた………
「ちょっといいか闇堂」
「なに?」
闇堂龍虎、こいつはその辺の女の子よりずっと可愛らしい顔だけど車をひっくり返せるくらいの筋肉を持っている。そして何より夢邦が最も信頼している幼馴染。
『方丈くん、転校してきたばっかりで分からないことだらけだと思うけど、いつでも僕を使っていいからね』
…そして何より、めっちゃくちゃいい奴だ。
「俺は、夢邦の動向を探るためのスパイだ」
「………え??」
闇堂は大きな瞳をさらに大きく見開いた。
「………驚いた」
「そうだよな…驚くよな…後で夢邦にも話をするが……お前にも話がしたいと思っていたんだ」
「そう………むーちゃんの動向を探っていた…………そっかそっか」
闇堂は少しの間何かを迷うかのように目を閉じた……俺に対する罰を考えているのか僅かに恐怖するがそんな考えをすぐに消す。
「何で告白してくれる気になったの?」
「琴流に嘘をつきたくなくなったんだ……本当の俺を隠したままあいつとこれ以上接するのは………めっちゃくちゃ嫌なんだ」
「………そっか………うん、分かったよ。言ってくれてありがと。
それで次はむーちゃんにもお話をするんだね」
「ああ……正直めっちゃくちゃ怖いけれどこれ以上黙っているのは無理だからな」
それに……厚かましいけれど頼まなきゃいけないこともある。
「スパイだって告白したらむーちゃんに何をされるか分かってないわけじゃないよね」
夢邦の悍ましい笑みが俺の思考を侵略した。細胞レベルで恐怖心がやってくる。
「分かってる………でも、それでも言わなきゃならねーだろ」
「ふふふ、随分むーちゃんを怖がっているみたいだけどそんなに怖がらなくてもいいよ。むーちゃんはスパイくらいで怒る女の子じゃないから」
「んなもん分かるかよ」
「分かるよ。だって僕、むーちゃんのことぶっ殺そうとしたことあるもん」
「はぁ!!!??」
ぶっ殺そうとした……??
「あはは、まぁ見事に返り討ちにあったんだけどね。とは言え、自分の命を狙った男と仲良くしてくれてるんだよ、スパイくらい平気だってば。後はむーちゃんといっぱい話してほしいけれど…僕から一言だけ言わせて」
驚く俺を気にすることなく優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「は?なんでだ?」
「信頼してくれてるって分かったら嬉しいじゃん」
………はは。力抜けるぜ。