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第29話 僕の本当の願い 

 USBメモリを愉しく揺らしていると伯父さんの身体が少しこちらに乗り出した。


「裏をかき合ったり、黒い腹を探りあったり、適当な落としどころを探って長々時間がかかるのはあんまり好きじゃないの。だってあたしはやりたいことが沢山あるガキなのよ。伯父さんとは時間の価値が違うの」


 伯父さんは何も言わずに弛んでいる顔を引き締めた。


「これ欲しいんでしょ。

 大丈夫よ、息子が母親の死の真相を知りたいと思うのは至極当然の発想よ。あたしはそれを汲み取ってあげるだけ……でも姪っ子からもらってばかりだと伯父さんもプライドが許さないでしょうから細やかなおねだりくらいはさせてもらうわ」


「……それって何?」


「方丈縁和、並びにその妹をあたしにちょうだい。それだけでいいわ」


 はぁ……あたしも落ちたもんねぇ……あんな奴の為に動くだなんて………


「どうなの?おねだり聞いてくれる?」


 まだ口を動かさない、逡巡が長すぎる。


「いいでしょう。どうせ最初からそのつもりだったんだろうし」


「!!??」


 イチゴ大福を一口放り込み頬杖をつく。


「あらあら、イチゴ大福が無くなっちゃった。これじゃあお口が寂しいわね……じゃ、伯父さんも口を開いてくれないし勝手に唇を動かすとしましょうか」


 軽く息を吸い込み伯父さんの目を見つめる……爺さんに似た瞳はあたしの癪に障った。


「何故方丈縁和があたしのクラスに転校してきたのか……縁和はあたしの動向を監視し伯父さんに伝えるスパイ活動の為と言っていたわ………でも、それはどうせ本命じゃない。

 少しは鍛えたかもしれないけれど限りなく普通の男の子に近い縁和だもの、あいつが私に取り入り上手に情報を吸い取ることが出来ないのは分かり切っているわよね」


 実際あたしは一日であいつが敵だと言うことに気が付いた。そもそも普通の9歳に探偵の真似事をさせても上手く行くわけがない。もしちょっとの訓練で探偵になれるのならお姉ちゃんだって今頃バリバリ活躍していたはずだ。


「じゃあ本命の役目とは何なのか……縁和本人にさえ聞かされていない役目……縁和が知っていたら果たせないであろう役目。

 それはあたしについているリードを握らせること……でしょ」


「………ははは………本当に君って子は……………」


「誰でも分かることよ、あたしが従うのはあたし本人を除けばお姉ちゃんしかいない。何せ生粋のドシスコンだもの……そしてあたしと違ってお姉ちゃんに取り入るのは至極簡単。博愛の天使だもの、普通のガキならすぐに仲良くなれるわ。まして最初から仲良くなりたいと願って積極的に行動するガキならね」


 ふふふ、困ったものよね。探偵として全てを疑うならともかく全てを愛するんだから……まぁそんなお姉ちゃんだからあたしは大好きなんだけど。


「そうしてまんまとお姉ちゃんに取り入り、親密になり、お姉ちゃんを介してあたしに手綱をかける……それが縁和の目的だったんでしょう。違うかしら伯父さん」


「……ま、そこまで看破されているなら否定はしないよ」


「自分でちゃんと躾けられないじゃじゃ馬だからって子供を介して扱おうとするなんて情けないと思わないかしらね」


 あたしはようやく口を動かしだした伯父さんの顔を………頭の中を見つめた。


~~~~~~~~~~~~


 眼前に座っている夢邦ちゃんは実の姪とは思えないほど恐ろしい……紡がれる言葉一つ一つが銃弾のような質量をもち僕の脳みそに打ち込まれているようだ。


 だけど……そんな彼女でもやっぱり分かっちゃいない。僕の……花染家の「腐葉土たる僕の気持ちは分からない」……


「なっ?」


「で?あってるわよね。伯父さん」


 僕の思考を……「読み取れるわよ。どうせ今そう考えているんだろうなって分析し、予想することくらい朝飯前だわ」えっ……


 ゾクゥッ


「そんな恐ろしいものを見るような目でみないでちょうだい。貴女の可愛い姪っ子なのよ」


 …………なんだ………これ……………


「自称腐葉土……もとい実の伯父の考えだもの……で、そんな腐葉土伯父さんの考えはこうでしょ」


 これまでも彼女に驚嘆し、畏怖し、そしてあり得ないほどの尊敬の念を抱いたことはいくらでもあった……彼女の才能を疑ったことはない………だけどこれは………これはいくら何でも………


「どうせ縁和を送り込んであたしに手綱をつけようと画策しても上手く行く可能性は限りなく低いだろう。何なら全てを看破される可能性が高い。

だったらあたしに……後の花染家を盛り立てるであろうあたしに、疑り深く滅多なことでは人を信じないあたしに、気兼ねなく使える駒として縁和を与えてあげよう。ってね」


 凄すぎるだろう………なんなんだこの子は………


 自分の中の驚きの質とは裏腹になんともチープな感想しか湧いてこなかった。


「…………はは」


 僕の身体に本当に彼女と同じ血が流れているのか……?普通そこまで想像できるか?


「万が一狙いが上手く行ってあたしを御すことが出来ればラッキー、そうじゃなくてもあたしの為になる計画………まったくもってお節介なことね」


 でも………やっぱりそうか………君も、僕の本当の目的には気づかなかったんだね。


 縁和くんを初めて見たとき思ったんだよ……強い意志を宿した瞳に妹の為なら何でもする美しい自己犠牲の精神を持っていた……夢邦ちゃんが好きそうな目だ……


「で、どうするの?」


 夢邦ちゃんはUSBメモリを手のひらに乗せたまま僕に迫る。


「おねだり聞いてくれるかしら?」


「もちろん、君の好きにすればいい」


 僕はね、夢邦ちゃん。縁和君は奴隷でも駒でもなく、君のいい友達になると思っているんだよ。

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