あたしはおばあちゃんのことが別に嫌いではなかった。あたし達におかしや洋服をよくくれていて、普通に遊んでくれるおばあちゃんだったから。
劇的な恋愛結婚をしたという爺さんと共に花染家を盛り立てて今のような権威主義に凝り固まった花染家を作り上げた一因であるのにどうにも嫌いにはなれなかったのだ。
『夢邦、貴女は好きに生きてね。才能を活かしてもいい、活かさなくてもいいから縛られずにいきてちょうだい。
愛しているわ』
おばあちゃんが残した最後のメッセージを受けてその想いは確固たるものになった。
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僕は花染家の為に産まれ、花染家の為に死ぬ……僕を愛情たっぷりに育ててくれた母さんの意志を継ぎ、親父の意志を受け取り、才能がないなりに綺麗なことも汚いこともたっぷりとやって花染家を大きくする。
「君のような子が産まれてくれて本当に嬉しいよ」
決めたわけではない、雨が降れば虹がかかるように、日が傾けば月が現れるように、そうあるのが当然であるだけ。だから努力しているだけだ。
「それは花染家にとって有益だから………かしら?」
「もちろんだよ」
僕は夢邦ちゃんからUSBメモリを受け取り懐に入れた。この中には花染家にとって有害なものの不祥事が必ず隠されているはず……母さんを殺すような低能で心汚く、花染家にとって不利益な人間が。そいつを排し、僕の力をより強固にすることが出来るはずだ。
「本当に……あたしは自分の馬鹿さ加減を呪うわ」
「えっ?」
「ねぇ……伯父さんはおばあちゃんの意志を継いでいるのよね……で、そのUSBメモリの中におばあちゃんを殺した者の情報が入っていると思っている」
「そうだけど………今更それがどうしたって言うんだ?」
「…………ねぇ、なんであたしがそのUSBメモリを……事件の真相をここまで公にしていないと思う?」
「は?そんなの親父の、花染家当主の指示に従っているからだろう」
「馬鹿、あたしがあたし以外に従うのはお姉ちゃんだけだって伯父さんだって分かっているはずでしょう」
…あっ…そうだ………他の人間ならともかく夢邦ちゃんは親父に従わない………
まて、じゃあ………それってつまり。
「今まで公にしなかったのは君自身の判断?どうして?どうしてそんなことを!!??」
「それがママやお姉ちゃん、そして伯父さんの為だと思ったからよ」
「………はっ?」
何を言っているのか分からない………
「家族を殺した相手だぞ、なんでそれを隠すのが僕たちの為になるんだよ!!!」
「……伯父さんは、おばあちゃんが死ぬ前に何か貰わなかったかしら?」
「は?そんなの………ネクタイは……もらったけど………」
ネクタイ………??
なんだ……何かが繋がる気がする………何だ?この感覚は……なんだ?
「あたしやお姉ちゃんも直前におばあちゃんから服をもらったわ、アップリケのついた可愛い奴をね」
「なんだ?君は何を言いたいんだ?」
「あたしがお祖母ちゃんの事件の真相を解けたのは、毒物の入手ルートを探れたからでも、お祖母ちゃんの背景をつぶさに解き明かしたからでもない………たった一つのことに気づいたからなのよ」
なんだこれ……何かとんでもないものが僕の近くで佇んでいるような………黒くて重くて……気持ちが悪い。
「もらった洋服を形見として見つめていたら………ね。アップリケの縫い方が妙だって気づいたの」
……………まさか……………
夢邦ちゃんがつけてこいと言っていたネクタイが目に入った。直感に任せて僕はネクタイを首から外してそれをよく見つめる。
「これ……縫い目が一定の間隔になってない……まさかこれ、モールス信号………?」
「気づいたみたいね」
必死に記憶をほじくり返してモールス信号を読み解く。
『お祖母ちゃんから貰ったネクタイも同じように読んで』
読んだ瞬間、弾けるようにタンスに飛んだ。そして母さんから貰って以来一度も使っていないネクタイをじっと見つめる。
そして同じように隠されていたモールス信号を読んだ。
『幸充 自分の命を絶つ母親をどうか許してください。ただ、もう疲れたんです。終わることのない花染家の拡大に。貴方のことは愛しています、だから最後に一つだけ。自分の人生をしっかりと自分で決めて楽しく生きていきなさい』
なっ………母さん……??
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!?????????」
なんだよ……これ………これって……これって……
「なんだよこれは!!!まるで………まるで……遺書じゃないか!!??」
頭の中がグルグルする………黒くて重くて気持ちの悪いものがあっちこっちに飛び回り僕を侵食している………
「こんなの……こんなの………こんなのぉぉぉぉ!!!!!!」
「そう、お祖母ちゃんは自殺したのよ…それも花染家を呪ってね…………そんなの知らない方が幸せ………そう思ったからあたしは隠していたの」
「認めない、僕は認めない……認めない認めない認めない!!!!!!」
タンスを思いっきり殴る。壁を殴る。とにかく近くにあるものを手当たり次第に殴っていった。
少したって痛みが身体を襲ったあたりで……僕は動きを止めた。
「…なんなんだよぉぉぉぉ!!!!」
涙が視界を滲ませていた……僕は…僕は……母さんも花染家を愛していると……最後の最期まで愛していたと…
「ちくしょぉ……」
しばらく力なく膝から崩れ落ちていた………やがて夢邦ちゃんの声が鼓膜を揺らす。
「今はしっかりと頭を冷やし、しっかりと考えなさい………そして今一度改めて自分の人生を自分自身でしっかり決め直すことね………それがお祖母ちゃんの意志なんだから」
そこまで言った後、彼女は静かに退席していった。僕と、解けることのないとびっきりの謎を……生き方の再考を残して………
「ちくしょう……」
僕は…僕は……
「楽しく生きるか……どうすりゃいいんだよ………母さん」
窓から見える空は、曇天が広がっていた。