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2. 目を覚ますとそこは

 目を覚ますとそこは、見知らぬ粗末な部屋だった。

 そろそろ日が落ち始めているのか、赤みがかった夕日がガラス越しに部屋を照らしている。


「お、閉じ込められたか?」


 ムクリと起き上がる。

 とりあえず乱暴をされた様子はない。


 見回すと、荷物もちゃんと置いてある。

 窓からの風景を見る限り、どうやらここは2階らしい。

 床は琉球畳に似た植物性の柔らかいものだが、どこの様式だろうか。

 壁は土壁だか漆喰だかで、天井は木製。

 あまり気密性の高そうな雰囲気ではない。

 木枠の窓は半開きで、その気になればすぐにでも逃げられそうだ。


 うん、監禁されているという感じでもない。

 どうやら命の危険がある状況ではないようだ。


 そう判断すると、すぐに気分は落ち着いた。

 バックパッカーなんかやってると、死ぬような目に遭うことも多い。

 特に俺はあえて人気のない地域を回ることが多いので、追い剥ぎにあったことも一度や二度ではないし、病気になったり行倒れたりなんてことも慣れっこである。


 ぐぅと腹が鳴る。

 死滅したと思っていた腹の虫が復活したらしい。


「腹減った……おっ?」


 見れば、すぐ横のちゃぶ台に小さな鍋が置いてあるではないか。

 横にはちっちゃくてペラッペラの金属製のレンゲも置いてある。

 レンゲをヒョイと上げると、なにやらメッセージぽいものが書かれている。


「……読めん」


 読めないのはともかく、見たことがない文字ってのはどういうことよ。

 でも、まぁ食えという意味と判断してよさそうだ。

 取り合えずこの状態で据え膳を食わない選択肢はない。

 もし後で「勝手に食ったな!」とか言われたら、「じゃあここで働いて返します」とか言って仕事ゲットできるし、それならそれで構わない。


 鍋の蓋を開けると、なにやらスパイスの風味のシチューが入っている。

 うーん、スパイスとナンプラーと大型動物の肉の香りがする。ベトナムのBò Khoビーフシチューに近いが、豆が入っているあたり、ちょっと違う感じもする。


「うめっ」


 すこしヒリつく辛味はあるが、同時にスッとする清涼感もあり、めっちゃ美味い。

 空腹だからってだけじゃなく、マジで旨い。


「うめ、うめ」


 あっという間に食い切ってしまった。


 さて、これからどうしようか。


 1. 階下に降りて、飯のお礼を言う

 2. 窓から逃げる

 3. このまま待つ

 4. 戦いに備える


 秒で 1 に決定。

 木製のドアを開ける。うむ、やはり閉じ込める気はないようだ。

 ということは、やはりあのオッサンは俺を助けてくれたのだろう。


 階下から賑やかな音が聞こえる。この音には聞き馴染みがある。たぶん飯屋だ。

 プンと美味そうないい香りが漂ってくるところみると、まちがいなさそうだ。

 俺はフンフンと鼻歌を歌いながら階段を降りる。


「誰かいますかー」


 下に降りると、野菜やら肉やら袋詰めの何かやらが積んである。

 ひょいと顔を出すと、うむ、予想通りの風景がそこにあった。


「××××!」

「××! ×××××、×××」

「××? ハハハ、××××! ××?」


 言葉はわからんが、数人の客が何やら楽しげに叫んでいる。

 男も女もいるが、だいたい中年。男は例外なく濃いめのヒゲがもっさりしている。

 でも人種がよくわからんな……肌の色はアジア人っぽいけど、中近東あたりの雰囲気もある。


「×××、××××」


 それに答えるのは誰あろう。俺を助けてくれたオッサンだった。

 客の言葉に答えて、ものすごい手際で料理を作っている。


 それにしても、やっぱり知っているどの言語とも違う。

 ブルネイから数時間の距離に、こんな言語の国があるなんて聞いたことないぞ。


「こんちはー」


 声を掛けると、オッサンがちらっとこちらを見て、「おお」と頷いた。


「×××、怪我×××、汁×××、×××?」


 あ、今「汁」って言った。


「めっちゃ美味かったです。ボーノ、ハオチー、ゴーン、コートアロイ、デリシャース!」


 俺は笑いながら食うジェスチャーを見せて、いろんな言語で「美味かった」と伝える。

 オッサンは眉をちょっと上げて頷き、すぐに客の相手を始める。


 うーん、どうすっか。

 このまま出ていくなんてのは不義理だし、打算的にはここで働かせてもらいたいところだ。


 1. このまま出ていく

 2. このまま見ている

 3. 客に話しかける

 4. 手伝う

 5. 戦うことを想定し、武器になりそうなものを探す。


 まぁ、4よな。

 厨房を見回す。手を洗えそうな場所は……水道みっけ。

 水が貴重かもしれないので節約しつつ手を洗って、「ども、ども」と頭を下げながら厨房に向かう。

 さて、と観察していると、オッサンは料理しつつ、次の仕込みも同時進行しているらしい。

 なんかラッキョウにニラがくっついたみたいな野菜が山盛りになっているのを、暇を見つけてはトントン刻んでる。


 近づいていって話しかける。


「オッサン、それ俺できるよ、トントン、トントン、俺」


 ジェスチャーすると、オッサンはちょっと考えて、「ほれ」と包丁を渡してくれた。

 包丁は中華包丁とかと似た感じのやつ。これなら使い慣れてる。


「×××、××××××」


 オッサンは山盛りのラッキョウを半分に分け、それぞれを指して何か言っている。

 これはまぁ、多分半分は刻め、半分はまた別の処理をするからさわるなってことだろう。


「ほーい」と返事して、トントンとラッキョウを刻む。

 うん、ラッキョウというよりはエシャとニラっぽい。

 見たことない野菜だなーとか考えつつ、フンフン歌いながらどんどん刻んでいると後ろから「×××!?」「×××××! ガハハハ!」と俺に向かって声が投げかけられる。


「ほい、なんっすか」


 後ろを向くと、客の一人が俺を指さして、あごヒゲを掴むジェスチャー。続いて胸に手をやって丸く動かす……まぁ要するにおっぱいのジェスチャーだ。

 どうやら「お前ヒゲがないが、男なのか女なのか」と問われてるらしい。

 まぁ、俺は髪を後ろでくくってるし、ヒゲの国に行けば「本当に男か」と訊かれるのは珍しいことではない。


「男っすよ! はいドーン!」


 腰を突き上げ、某伝説の芸人のように拳を突き上げ「男だぜ!」とジェスチャーすると、客たちが一斉に爆笑した。

 中近東などに行けば必ずやる鉄板のギャグだが、受けてよかった。


「×××……」


 俺を助けてくれたオッサンもちょっと笑顔。

 お玉(これも中華料理のお玉に似てる)で俺を指して、ホレホレと仕込みの続きを促してきた。


「ほいほいっと」


 ラッキョウ刻みを続ける。

 みるみるうちにラッキョウが刻まれ、半分に近づくとオッサンが近寄ってきて包丁を奪い取り、今度は粗めに刻んで見せる。残り半分はこのように切れということらしい。


「OK! まっかせてー」


 ダダダ、と見様見真似で刻み始めると、オッサンは少し感心したように俺の顔を見る。


「××、トワ、×××××?」


 あ、このトワは多分「お前」の意味だな。ということは、後ろの ××××× は「料理人」って意味だろう。

 俺は首を横に降って(首を横にふるのはだいたいの国で否定を示す。例外も多いけど)、「違うっす」と答える。

 オッサンがちょっとだけ驚いた顔をみせて「××××……」とつぶやく。多分「器用だな」って感じだろう。


 世界中で無銭旅行しながら鍛えた言語理解力は伊達じゃないぜ。

 まぁ、もしかしたら全然通じ合ってない可能性もあるが、別にかまやしない。

 言葉がわからなくてもコミュニケーションは取れるし、間違えても死ぬわけじゃない。


 にしても、旅代を稼ぐために色々バイトしたけど、やはりどこの国に行っても調理技術だけは裏切らない。

 まぁインドの包丁だけはどうにも慣れないけどな。

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