ドジョウの頭を落としてる俺を見て、血相を変えて胸ぐらを掴んでワケワカメ言語で何やら呟いていたゲイルだが、しまいにはおれの首根っこを掴んで歩き始めた。
「ちょ、ゲイル、自分で歩けるって」
「××××付いてこい」
えーと。
××××は「黙って」かな?
(これ、どこかに捨てられる流れ?)
今やゲイルは黙って黙々と俺を引っ張っていくだけだ。
その表情は険しい。
(なんかやっちゃったのかなぁ、俺)
心当たりはドジョウを締めてたことくらいだが、それの何が悪かったのかはようわからん。
(多分、あの時のゲイルは「お前は生き物を殺せるのか」って言ってたよな)
(これ多分、宗教的な理由かなんかで「生き物を殺す」のがタブーなんだろうな。あるいは資格がいるとか?)
考えるのをやめる。わからんなら悩むだけ無駄だ。
まさか殺されやしないだろうし、まぁ何があろうと最悪どうにでもなるだろう。
もし理由がわかったなら多分……。
(一瞬反省しただけで、次の瞬間には忘れてるんだろうなぁ、俺)
次に活かせることなら活かすが、基本的に享楽的で刹那的なのだ、俺という人間は。
せっかく仲良くなった街の人らと別れるのは……寂しいと言えば寂しいが、バックパッカーなんてしてるとそんなのは慣れっこだ。
旅じゃ、どんなに仲良くなっても二度と会えなくなるのが常なのだ。
寂しさも悲しさも別れ難さも、全て旅の魅力だ。
ただ、ゲイルとの縁が切れるのだけはちょっと寂しい気がした。
ぶっきらぼうな髭筋肉ダルマ隠キャ親父だが、めちゃめちゃ世話になったのだ。
自分は割とロクデナシである自覚はあるが、最低限の礼儀と、恩を報いるくらいの常識はある。
というか、
俺には世界中万国共通で通用する常識以外、全く備わってないのだ。
訪れる国々で異なる常識なんていらん。邪魔なだけだ。
だからこそ――ゲイルの恩に報いてないというのは、ちょっと後味が悪かった。
にしても、俺はどこに捨てられるんだろう。
街に戻れないような場所に連れて行かれるのか、谷底にでも放り投げられるのか。
まあ、そうなったらそうなったでどうにかするとして、今はこの状況を味わおう。なかなかに趣深いし。
などと思っていると。
「×××××」
ゲイルが俺の襟首を離してくれた。
よかった、歩きづらかったんだよな。
「ここどこよ」
「
「はははは。なに言ってんのか全然わかんねー」
ゲイルがひとつため息をつき、先導して歩き始める。
1. 着いていく
2. 逃げる
3. 呼び止める
4. 戦う
まぁ、着いていくしかないわな。
興味もあるし、岡本太郎師匠も「そっちに行ったら死ぬと思う方を選べ」と言ってたし。
「お」
しばらくすると、でっかい建物が現れた。
イメージとしては、香港あたりにある馬鹿でかい料理屋。
なんか東洋の龍っぽいレリーフはあるし、色が朱色と金が基調なので、めっちゃ中華。
あと、街の飯屋と同じような鍋がドーンと置いてある。
「×××、ザジ」
「へいへい」
ゲイルについて建物に入る。
脳内選択肢は出てこなかった。
▽
建物内部は、意外と質素。
「あ、ども」
なんか、綺麗な姉ちゃんとすれ違ったので挨拶したが、ゲイルは目線も向けずにズンズン歩く。
あ、姉ちゃんがお辞儀した。お辞儀の文化あるんや。街じゃ見かけんかったけど。
そのうちに、でっかい扉に突き当たる。
扉の左右には、サーベルとマスケット銃(銃あるんかい!)で武装したおっさん(年齢不明なので兄ちゃんの可能性あり)が立っていたが、ゲイルは気にする様子もなく扉を開ける。
「あ、ども、ども」
一応護衛っぽいおっさんたちに頭を下げるが、目線も合わせやがらねぇ。
つか、何? ゲイルって何者よ。ここまでフリーパスだったけど、やっぱお偉さんなん?
「……×××××××、×××、××××」
「ああ、ゲイル、××××」
ヒョイと扉の中を見てみれば、なんかバカでっかいおっさんがいた。
うおっ!? すげぇ、身長2m以上はあるぞ。それに筋肉やっべ。鬼か。
「……でっけぇ〜……」
思わず呟くと、巨人のおっさんが「おっ」と驚いた顔をした。
「ゲイル。××××、×××××?」
「××、××××ザジ×××」
「アー、×××××?」
「×××××、料理人××××……」
「アー」
何やらゲイルと会話する巨人のおっさん。
そして凶暴そうな顔をこちらに向けると、カパッと大口を開けて笑った。
「ハハハ、
「あ、ども、ザジと申しやす。ども、ども」
へー、このおっさんハヌマーンって名前なんだ。えーっと、ハヌマーンつったら……たしかラーマーヤナに出てくるバチクソかっこいい大猿の名前だったっけ。このおっさんにはお似合いかもしれんが、なかなかいかつい名前だ……。
体格も人間離れしてるし、実は顔だけ人間なだけじゃね? 本当は大猿だったりしない?
あと怖そうな顔なのに、なんか人懐っこくて可愛い感じなの一体なんなん?
あれか、「お前ウマそうだな」みたいな感じ?
イヤン、やさしくしてね?
とか考えてると、オッサンは奥に向かって「サーリハ!」と大声で叫んだ。
たぶん誰かを呼んだっぽい。
「アー」
と言って入ってきたのは、なんかアラビアンナイトに出てきそうなごちゃごちゃした服装の妙齢のお姉さんだった。いや、お姉さんなのか? よくわからん。顔を半分隠していて目元しか見えてないし、めちゃめちゃしっかりしたアイラインを引いてるので年齢不詳。でも、ちょいエロい衣装の下、まだ若い人っぽいんよな。ヘソとか。
あれ? でも確かサーリハって名前……
「サーリハ。××××ゲイル×××。××、ザジ××××」
「ザジ……××××。私が×××」
サーリハと呼ばれた(暫定)姉ちゃんは、俺の顔を見て首を傾げた。
そして言った。
「
(おっ!)
フランス語だ!
この世界に来て始めて聞き馴染みのある言語だ!
つっても俺のフランス語レベルは劣悪。東南アジアやエジプトの一部地域とかだと英語よりフランス語が有利な場合もあるんでちょっとだけ喋れるけど、日常会話未満って感じ。
とはいえ。
「
「
ははぁ、なるほど。ザジを「Zazie」だと思ったな。残念。日本にもある名前なんだよなぁ。じいちゃん家にあった「NINJA MASTER'S 覇王忍法帖」って漫画にも出てたし。
「
「アー、あなた、日本人、わかる」
「おお!」
日本語話者だ! すげー! つか、この世界に来る前からしばらく海外の辺鄙なところばっか回ってたから、ホント久しぶりの日本語だー!
異世界語も面白いけど、なんかずーっと違和感みたいなのがあるんだよな。ベトナム語とか、ヒンドゥー語とかとは違うっていうか……。
というか。
この世界の言語、ぶっちゃけ
ほとんどの単語が聞き覚えがあるのが、ものっすごくキモい。言語って自然にそんなふうには絶対にならないはずだ。
SVO 型なのだが、ちょいちょい語順がおかしいのもヤバい。
こんだけ文法グッチャグチャでも通用するのは、世界で日本語だけだと思ってたわ。
まぁ、おかげで言語習得がくっそ楽だけどな。
「そうっす。日本人でザジと申しやす。やー、どうもどうも」
「私、サーリハ」
「おお、サーリハ。よろしく! ザジくんでーす」
「私、質問、ザジ」
あーほら、なんか変な文法。
ここで「カタコトで可愛いじゃん?」とか考えるのはアホだ。ここでカタコトなのは、唯一俺だっての。
「アー。アー。質問があるのね。OK いいよ、何でも聞いて! 全部答えちゃう。足のサイズなら 26cm、女物がギリギリ入らねーんだなコレが」
「?」
サーリハが「何言ってるの」というように首をかしげる。
首をかしげるのも、ほとんどの国で「意味がわからない」を示すんだよな(インド除く)。ボディーランゲージ最強。
ていうか、周りを見渡すと、
何よ、照れるじゃないの。うふん。
「なんでもねぇよ。サーリハ、質問って何?」
うながすと、サーリハはすっと目を細めた。
うっわ、まつ毛なげー……。切れ長ってこういうのを言うんだろーなー。
そしてサーリハは、ここだけ明瞭な発音で言った。
「ザジ。あなたは料理人なの?」