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8. 自分みたいな人間には、お似合いだなって

「とはいえ、だ」


 ハヌマーンがため息混じりに言った。


「じゃあこいつ、どうすればいいと思う?」

「強制的に仕事を決めるのは……」

「あ、無理っすね。ゲイルが言うなら死んだりしないけど、どのみち一ヶ月くらいでおかしくなって仕事なんてできなくなるし、めっちゃ迷惑かける自信あるよ、俺」

「はぁ……どうすりゃいいんだこんなやつ。脅しも効かんし、24時間見張ってるわけにもいかんし、一ヶ月延命させたところでな」


 まぁ、その、すんません。

 でもまぁ、じゃあ死ね! みたいなことは無いらしい。


 ラッキー。


「お前、これまでどうやって生きてきたんだ?」

「えっと、行く先々で下働きさせてもらったりして、日銭を稼いで次に行く、ってのをもう3年以上続けてるっす」

「よく死ななかったな……」

「はははは。俺もそう思う」


 っていうか、死ぬ寸前みたいな目にはちょいちょい遭ったけどな。ブラジルで警察に監禁された時はマジでどうしようかと思ったぜ。


「他には?」

「あとは……VLog を公開して広告収入を得たりとかですね。収入としてはこっちの方がずっと上だったけど、ここじゃ不可能っすねー」


 ネットないし。


「ぶいろぐとはなんだ?」

「旅行先を撮影して、ちょっと喋ったり編集したりして……って、撮影ってわかる?」

「写真のことだろう? わかる」

「あ、あるんだ写真」


 てっきりそういったデジタル的なものは無いと思ってたわ。

 舐めててごめんよ。


「俺は見たことがないが、前世の記憶で写真を知ってるってやつの話を聞いたことがある。アレだろ、本物そっくりの絵が描けるんだろう?」


 あれ、あんまわかってないっぽい。やっぱ舐めててよかったかも。

 って、前世って何?


「というか、写真じゃなくて動画っすね」

「動画とは何だ?」

「動く写真っていうのかな。音も記録できるんだ」

「……今、あっちはそんなことになってんのか」

「あ、ないんだ動画」

「だが、大掛かりな機械と高価な消耗品が必要なんだろう? そんなものはここにはない。ダメだな」


 ダメって何がよ。

 まぁ、動画撮れてたとしても役に立たんだろうし、なんでもいいか。


「そうっすねー。スマホあるし、撮影するだけならできるだろうけど」

「待て。スマホとは何だ」

「えっと、このくらいの大きさの板で、写真とか動画撮ったり、映画見たり、絵を描いたり文章書いたりできる便利な道具」

「……そんな道具、ないだろ?」

「あるよー、今、ゲイルんちの二階に置いてあるよ」

「……いやいや、ちょっと待て。お前、最近こっちに来たんだよな?」

「そうっすけど?」

「なんでそんなもん持ってんだ」

「え……なんでって」


 バックパッカーだから?

 やっぱ旅行先の記録は大事じゃん?


「いや、普通は着の身着のままのはずだ。荷物なんて持ってこれないだろ」

「?? いや、荷物持ってるけど……ね、ゲイル?」

「……そう言えば、登山カバンのようなものを持っていたな。これまで気にしたこともなかったが……」

「そんな馬鹿な話があるか」

「えー、じゃあ今度持ってきますけど」

「……お前、本当に最近こっちにきたのか? 実は他の国の間諜とかじゃあるまいな?」

「間諜ってスパイ? ないない」


 まぁブラジルでそんな嫌疑でとっ捕まったけど。立ち入り禁止区域なのに勝手に入って撮影してたからなぁ。パスポートが本物だとわかるまで解放されなくて辛かった……今となっちゃ面白い経験だったけど。


「じゃあ、今度持ってくるよ」

「今度と言わず、今すぐ持ってこれるか?」

「いいけど……なんならもう使うアテもないし、売ってあげてもいいよ」

「バカなのかこいつ。普通この状況で俺相手に商売始めるか? ……いやすまん、バカだったな、そういや」


 うわー失礼。

 同感だけども。


「よし、ゲイル。悪いがひとっ走り、ザジの荷物を持ってきてくれるか?」

「アー」

「え、俺は?」

「お前は嫌疑が晴れるまでここに軟禁だ」

「そんなぁ」

「ひとところにとどまると死ぬたって、数時間くらいなら平気だろ?」

「まぁ……」

「じゃあちょっとの間我慢しろ」


 悪いようにはしないから、とハヌマーンは凶悪に笑った。


 笑顔こっわ。


 ▽


 ゲイルが出ていって、しばらく待たされることになった。


「暇ー」

「お前いい加減にしろよ?!」

「じゃあハヌマーンが話し相手になってよ。ただ座ってるだけとか、何? 拷問ですか?」

「座ってるだけの拷問があるか!! ハァ……サーリハ、話し相手になってやれ」

「……アー」


 あれ? 今ちょっと間があった?

 もしかして嫌われた?


「……ザジ。本当に間諜、違う?」

「違うって。つか荷物見たらわかるよ」

「……でも、前世から荷物、持ってこれない。はず」

「あとお前のコミュニケーション能力は異常だ。間諜だというならむしろ納得できる」

「そんなぁ」


 そんなこと言われても。

 あと、前世って何の翻訳ミスだろう、前の世界みたいな意味?


「あ、でもバックパッカーにとって荷物は体の一部ってか、無くしたら死んじゃうから、それでじゃね?」

「そんな都合のいい話はない」

「ふぅん? でも、ほんの十日ほど前までは俺、ブルネイで水上集落とか見て回ってたんだよ。面白かったぁ……物価が高くて参ったけど」

「証明できる?」

「スマホに写真残ってるはず」

「……それが本当だとしたら……」


 サーリハは少し考えて、


「まぁいい。あなた暇、質問がある、私答える」

「えっマジで?!」


 お、これはラッキー。

 知りたいことがいっぱいあるんだよ。


「じゃあ、まず最初にこの国の名前は?」

「ラジャス」

「ラジャス? なんか聞いたことがあるような。まあいいや。じゃあ、サーリハは俺の前いた世界のことを知ってるんだよね?」

「アー」

「なんで? 俺みたいなのが他にいっぱいいるの?」

「たまに前世の記憶がある人が現れることがある。私もそう」

「へー。じゃあフランス語とか日本語は、えっと、前の世界にいた頃に覚えたってこと?」

「そう。トルコ」

「あ、トルコなんだ。へー」

「私は事故で死んでこっちに来た。あなたは?」


 ?!


「え、何、死んでこっちに来た……? えっ、えっ、どういうこと?」

「? あなたはどうやって死んだの?」

「え、俺死んだの?」

「えっ」

「えっ」


 えっ?


「あの、サーリハさん?」

「……何?」

「えっと、質問なんだけど、ここってどういう世界なの? ただの異世界じゃないの?」

「イセカイ? 知らない概念」

「あー、えっと、うわーなんて説明したらいいんだ!」


 っていうか。


「サーリハさ、さっきから『前世』って言葉をよく使ってるよね。その言葉の意味、説明できる?」

「……日本語、間違えた?」

「いや、なんていうか……まぁいいや、お願い」

「そう……。前世、意味は、死ぬ前に生きていた世界」

「はぁ?」

「ここに来る前には、みんな地球にいた。死んで、こっちに来た」

「はぁああ?」


 馬鹿じゃねぇの?

 生きてるじゃん。


「んなわけ」

「?? あなたは違う?」

「違うよー、ブルネイからベトナムに行く船に乗ってさ、降りたらここだった」

信じられないkhông thể tin được

「あ、ベトナム語だ。え、サーリハって何カ国語話せんの?」

「16。日本語、一番難しい」

「16!! 負けたー!」


 カタコトでよければ13ヶ国語話せるのに!

 勉強し始めたばかりのラオス語とスワヒリ語を足しても15ヶ国語! 負けた! 今まで自分より話せる人いなかったのに!

 いや、全然悔しくはないんだけどさ。


「で」

「で」

「じゃあ、ここはなんなん? 死後の世界?」

「そう」

「マジかー……」


 マジかー。


「思ってたのと違うなぁ……死んだら無になるか、天国か地獄に行くと思ってたのに」

「どっちも違う」

「へー……じゃあ、ここは?」

「……LIMBO」

「りんぼ?」

「そう、LIMBO。天国にも地獄でもない、宙ぶらりんの場所」


 えぇ、うそん。

 じゃあもしかして俺、本当に死んだの?


 ていうか、リンボ、リンボ……リンボかぁ……。

 たしか洗礼前に死んだ人とか異教徒が行くみたいな、地獄以上天国以下みたいな場所だっけ。日本語だと、賽の河原? 知らんけど。


 じゃあここで死んだらどこに行くんだろう。

 さっきまさに死のうとしてたわけだけども。


 でもま、見る限り鬼はいないみたいだし(ハヌマーン除く)、ごく普通の? どこかにありそうな国でしかないしな。


(別にどうでもいっか)


 バックパッカーとしての本能がそうさせたのか。

 俺は早々に落ち着いた。


 だってさ。

 俺みたいなロクデナシが天国に行けるわけないし、でも地獄に行くような悪いことをしたこともない、と思う。


 まぁ、なんていうか。

 自分みたいな人間には、お似合いだなって。

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