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9. 残念でした、もう遅い

 しばらくサーリハに質問しまくって(実際は脱線が多すぎてほとんど質問できなかったけど、いつものことだ)、ようやくゲイルが帰ってきた。


「おかえりゲイル」

「アー」


 その手には、俺の大事なバックパックが。

 バックパッカーのアイデンティティとも言える。


 ハヌマーンが興味津々の顔でカバンを覗き込む。


「この中か?」

「スマホ? うん、えっと、ほら、これ」

「……何だこれは。随分と小さいし、えらく緻密な細工だな……だが、ただの板ではないか?」

「電源切れてるから」


 俺のスマホは旅人仕様の超高耐久性のお高価たかいやつだ。

 ちょっとごちゃついたデザインだけど、落としても壊れず、水や埃にもめっぽう強い。傷だらけだがまだまだ現役。バッテリーも最近交換したからまだへたってないはずだ。モバイルバッテリーもあるし。

 でも性能はイマイチなんだよなぁ……丈夫さと容量優先で選んだから。

 まぁ俺の VLog じゃそんな高画質はいらないし。


「ちょっと貸して」

「……そら」

「えっと、これとこれを繋いでだな……うぉりゃああああ!!!!」


 俺は手回し式の充電器を差し込んでハンドルをぐるぐる回した。

 サーリハがビクッとしていたが、少なくとも俺が危害を加えるはずはないわけで(奇しくも自殺騒ぎで証明されてしまった)、「何してるの」って顔でそれを見つめている。


「これっ! はっ! スマホをっ! 充電! してん、だよっ!」


 ぐるぐるぐる。

 おりゃあああああ。


「……そんなことをしないと使えないのか? 随分不便な道具だな」

「はぁ、はぁ。だって、この世界……リンボだっけ? ここじゃ充電できないんだもん。はぁ、はぁ……うりゃーーー!!」


 それから何と20分近くもぐるぐる回し続けて、ようやくスマホが起動可能になった。

 うわー、しばらく使ってなかったから放電しきってやがった。バッテリー傷んでなきゃいいけど。


「……で、ちょっと待ってね。パスワード入れて、えーっと……あ、ほら」


 俺が写真アプリを開いて見せると、興味津々で全員が顔を近づけた。


「……おお!?」

「……すごい」

「アー」


 写真を見て、全員感嘆したように声を漏らす。


「……これは?」

「こっち来る直前に行った、ブルネイのカンポン・アイール……えっと要するに水の上に街があるんだ」

「ゲイル。お前、こんな場所知ってるか?」

「いや。少なくとも近くにはないな。相当遠くに行けばわからんが」


 みんな真剣な表情。

 VLog のために撮った現地の人と会話している動画を再生する。

 あーブルネイ楽しかったなー。


「うおっ!? おい、動いているぞ!」

「……アー」

「そりゃ動きますよ。やっぱこっちじゃこういうのないんですね」

「ない。どういう仕組みなんだ? この板の中には何が……」

「あ、変に触らないでね。壊れたら困る」


 ハヌマーンなんて、スマホをピンチインするだけでパキッと割っちゃいそう。


「……あと、こっちの写真がこっちの世界に来てすぐに撮ったやつで……」

「こっちの写真もあるのか?!」

「ライフログを取るのは習慣なんで」

「……なんてこった……」

「なんなら、今ここで撮りましょうか」

「できるのか?!」

「できるでしょそりゃ。よしはいチーズッ!!!!」


 いきなり3人にカメラを向けて撮影すると、ハヌマーンがギョッとして顔を覆おうとした。残念でした、もう遅い。


「ほら……うわっ! ぎゃはははははは!」

「何を笑って……うおっ!」


 そこには、いつも通りのむっつり顔のゲイルと、なぜかめちゃくちゃキメ顔のサーリハ、そして半眼白目で超びっくり顔のハヌマーンが映っていた。


 めちゃくちゃブサイクだった。


「ぶははははははは! なんだこの顔! くっそ笑える!!」

「……これは、ひどいな」

「私はちゃんと写ってる。ふふふ」

「くっ……そうか、この機械はそのままの姿が写るわけじゃないんだな!?」

「いやいや、間違いなくその瞬間を捉えてますよ。くくっ、ビビった? ビビっちゃった?」

「誰がビビるか! 得体の知れないものを警戒しただけだ!」

「まぁまぁ、こういう恥ずかしい写真も貴重ですよ。てか、える映像ばっかり残してもしょうがないじゃん? もっとライブな映像を届けないと視聴者には刺さらないし」

「意味がわからん……」


 ハヌマーンは不愉快そうに顔を歪める。


「じゃあ、もう一枚撮っときます?」

「いらん!」

「じゃあ、この白目剥いたブサイク顔がハヌマーンの唯一の写真……と。OK、OK」

「お前、嫌なやつだな?!」

「じゃあ、どうする?」

「……撮る」


 そう言うとハヌマーンは立ち上がり、ちょっと離れたところで顔をゴシゴシ擦り、スッとこっちを向いた。

 サーリハがクスクス笑っている。


「じゃあ撮るよー」

「……よっしゃ、来いっ!」

「はい、チーズ」


 パシャリ。


「どれどれ……わー?! なんだこれ!」

「見せろ」


 俺が声を上げると、ハヌマーンたちも覗き込んだ。

 そこには、むちゃくちゃキメ顔をしたイケおじが。キリッとこちらを挑むような目で睨み、うっすらとした笑顔がめちゃくちゃ渋くてかっこいい。

 何これ。俳優さん? さっきの変顔親父と同一人物とは思えん。


「ふふん、どうだ。これが本当の俺だ」

「さっきのもハヌマーンだけどな。いやでもすごいわ。えー、くっそカッコええやん……羨ましい」

「ハヌマーン、カッコつけてる」

「いやいや、俺はいつもこうだ」


 みんなでガヤガヤやっていたが、ゲイルの咳払いで我に帰る。


「あー……ザジ。これを見る限り、お前の言ってることは嘘ではないようだ」

「でしょ? 俺、嘘なんて吐かないもん」


 嘘です。割とよく嘘を吐きます。そうしないと死ぬようなシーンなんていくらでもあるからさ。

 とはいえ、吐かなくていい嘘はつきませんよ。


「……実際のところ、あとどれくらい耐えられるんだ?」

「えー、いやわかんないけど……あと一ヶ月は厳しいかも?」

「難儀な性質してんな、お前……」


 ハヌマーンがチラリとサーリハとゲイルに目を向けると、二人とも小さく頷いた。

 サーリハのほうは「本当のことを言っている」ってことだろう。


「……とりあえず、保留とする。今後お前の処遇をどうするかは、追って沙汰する」

「そっすか」

「それまではゲイルのところで働け。短い時間であったとしても、料理人としての義務を果たせ」

「あいあいさー」

「……本当にわかってんだろうな、お前」


 まぁ、ゲイルんところで働くのは楽しいし、否はありませんよ。


「あっ、でも街歩きは続けていいよね?」

「……逃げないか?」

「逃げない逃げない」

「まぁ、逃げたら追っ手がかかるだけだ。絶対に逃げられんよ。いいだろう、この街に関しては好きにすればいい」

「ザジ、営業時間までには戻れよ」

「OK、ゲイル! ザジくん頑張りまっせ!」

「アー」


 はー、死なずに済んだ。ラッキー。


 結局、この日は何も決まらないまま、イェニチェリ? の事務所を離れることになった。

 ハヌマーンは「何かあればイェニチェリを頼れ」と言ってバシンと俺の肩を叩いた。


 痛いっての! この大猿め!


 ▽


「はー、面白かったね」

「……ザジ、××××、どうなんだ」


 帰り道、ゲイルと色々話しながら歩く。

 翻訳者がいないとやっぱり意思疎通は難しいね。


「夜営業がダメになっちゃったね」

「アー。問題ない、店は他にもある」

「常連さんに言ったら叱られるやつ〜」


 ゲイルの店は街でも常連客が特に多い。

 大きさはさほどでもないが、回転が速いし、テイクアウトしていく客も多い。大繁盛。


 街へ戻る頃には、すっかり暗くなっていた。

 と、店に行くと何人かの常連がヤンキー座りで待っていた。


「おー、ゲイル! ××××、××××!?」

「ゲイル、腹減った!」

「どこ行ってた?」

「すまん。××××、イェニチェリ×××。今×××」

「おー、ザジ×××、×××?」

「アー。ハヌマーン××、×××××。ザジ×××………」

「ハハハハ。ザジ××××、×××××!」


 どっと笑い声。

 くそー、言語を、言語を習得したいっ!!


「すまなかったな。今飯を作る」

「あ、一応営業はするのね」

「当たり前だ。ドジョウが痛む。……もう×××××臭みが出ているかもしれんが……」


 あー、今のはちょっと意味わかった。

 うーん、日-ラジャス語辞典が欲しいぜ。

 字、まだ読めないけど。


 ▽


 遅めの夜営業が終わり(大盛況だった。みんな律儀に待ってやんの)、散々客たちに揶揄われて疲れた俺は、自室に戻ってゴロリと転がる。


「LIMBO、ねぇ……」


 ここが死後の世界だってのは、なんか理解できた。

 だけど俺、死んだ記憶はないんだよなぁ。


「船に乗ってる途中に事故で即死したとか? いや、飛行機事故じゃあるまいし、ちょっと考えにくいね」


 それに、それじゃこのバックパックがある理由がわからない。


「……追って沙汰するとか言ってたけど、完全に自由ってわけにはいかないんだろうなぁ……ハァ」


 1. すぐ逃げる

 2. 逃げる準備をする

 3. 諦めてゲイルの店で働く

 4. 思考放棄して沙汰を待つ


 ……どうなるのか興味あるし、4かな。

 どうせ考えても何もわからないんだし。

 それに、ハヌマーンは俺を死なせたい訳ではなさそうだ。ゲイルもイェニチェリとやらのお偉さんぽいし、サーリハは……なんかよくわからん。


「まぁどうにかなるだろ」


 それに今日はちょっと疲れた。

 体力的にはそうでもないが、考えることが多すぎて、そろそろキャパオーバー。

 できることもないし、スマホは取り上げられちゃったし(売るって言ったら怒られた。なんでや)、とりあえず寝るか。


 おやすみなさい Zzz……。


 ▽


 それから二日後。

 俺の沙汰が決まったと連絡があった。

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