しばらくサーリハに質問しまくって(実際は脱線が多すぎてほとんど質問できなかったけど、いつものことだ)、ようやくゲイルが帰ってきた。
「おかえりゲイル」
「アー」
その手には、俺の大事なバックパックが。
バックパッカーのアイデンティティとも言える。
ハヌマーンが興味津々の顔でカバンを覗き込む。
「この中か?」
「スマホ? うん、えっと、ほら、これ」
「……何だこれは。随分と小さいし、えらく緻密な細工だな……だが、ただの板ではないか?」
「電源切れてるから」
俺のスマホは旅人仕様の超高耐久性のお
ちょっとごちゃついたデザインだけど、落としても壊れず、水や埃にもめっぽう強い。傷だらけだがまだまだ現役。バッテリーも最近交換したからまだへたってないはずだ。モバイルバッテリーもあるし。
でも性能はイマイチなんだよなぁ……丈夫さと容量優先で選んだから。
まぁ俺の VLog じゃそんな高画質はいらないし。
「ちょっと貸して」
「……そら」
「えっと、これとこれを繋いでだな……うぉりゃああああ!!!!」
俺は手回し式の充電器を差し込んでハンドルをぐるぐる回した。
サーリハがビクッとしていたが、少なくとも俺が危害を加えるはずはないわけで(奇しくも自殺騒ぎで証明されてしまった)、「何してるの」って顔でそれを見つめている。
「これっ! はっ! スマホをっ! 充電! してん、だよっ!」
ぐるぐるぐる。
おりゃあああああ。
「……そんなことをしないと使えないのか? 随分不便な道具だな」
「はぁ、はぁ。だって、この世界……リンボだっけ? ここじゃ充電できないんだもん。はぁ、はぁ……うりゃーーー!!」
それから何と20分近くもぐるぐる回し続けて、ようやくスマホが起動可能になった。
うわー、しばらく使ってなかったから放電しきってやがった。バッテリー傷んでなきゃいいけど。
「……で、ちょっと待ってね。パスワード入れて、えーっと……あ、ほら」
俺が写真アプリを開いて見せると、興味津々で全員が顔を近づけた。
「……おお!?」
「……すごい」
「アー」
写真を見て、全員感嘆したように声を漏らす。
「……これは?」
「こっち来る直前に行った、ブルネイのカンポン・アイール……えっと要するに水の上に街があるんだ」
「ゲイル。お前、こんな場所知ってるか?」
「いや。少なくとも近くにはないな。相当遠くに行けばわからんが」
みんな真剣な表情。
VLog のために撮った現地の人と会話している動画を再生する。
あーブルネイ楽しかったなー。
「うおっ!? おい、動いているぞ!」
「……アー」
「そりゃ動きますよ。やっぱこっちじゃこういうのないんですね」
「ない。どういう仕組みなんだ? この板の中には何が……」
「あ、変に触らないでね。壊れたら困る」
ハヌマーンなんて、スマホをピンチインするだけでパキッと割っちゃいそう。
「……あと、こっちの写真がこっちの世界に来てすぐに撮ったやつで……」
「こっちの写真もあるのか?!」
「ライフログを取るのは習慣なんで」
「……なんてこった……」
「なんなら、今ここで撮りましょうか」
「できるのか?!」
「できるでしょそりゃ。よしはいチーズッ!!!!」
いきなり3人にカメラを向けて撮影すると、ハヌマーンがギョッとして顔を覆おうとした。残念でした、もう遅い。
「ほら……うわっ! ぎゃはははははは!」
「何を笑って……うおっ!」
そこには、いつも通りのむっつり顔のゲイルと、なぜかめちゃくちゃキメ顔のサーリハ、そして半眼白目で超びっくり顔のハヌマーンが映っていた。
めちゃくちゃブサイクだった。
「ぶははははははは! なんだこの顔! くっそ笑える!!」
「……これは、ひどいな」
「私はちゃんと写ってる。ふふふ」
「くっ……そうか、この機械はそのままの姿が写るわけじゃないんだな!?」
「いやいや、間違いなくその瞬間を捉えてますよ。くくっ、ビビった? ビビっちゃった?」
「誰がビビるか! 得体の知れないものを警戒しただけだ!」
「まぁまぁ、こういう恥ずかしい写真も貴重ですよ。てか、
「意味がわからん……」
ハヌマーンは不愉快そうに顔を歪める。
「じゃあ、もう一枚撮っときます?」
「いらん!」
「じゃあ、この白目剥いたブサイク顔がハヌマーンの唯一の写真……と。OK、OK」
「お前、嫌なやつだな?!」
「じゃあ、どうする?」
「……撮る」
そう言うとハヌマーンは立ち上がり、ちょっと離れたところで顔をゴシゴシ擦り、スッとこっちを向いた。
サーリハがクスクス笑っている。
「じゃあ撮るよー」
「……よっしゃ、来いっ!」
「はい、チーズ」
パシャリ。
「どれどれ……わー?! なんだこれ!」
「見せろ」
俺が声を上げると、ハヌマーンたちも覗き込んだ。
そこには、むちゃくちゃキメ顔をしたイケおじが。キリッとこちらを挑むような目で睨み、うっすらとした笑顔がめちゃくちゃ渋くてかっこいい。
何これ。俳優さん? さっきの変顔親父と同一人物とは思えん。
「ふふん、どうだ。これが本当の俺だ」
「さっきのもハヌマーンだけどな。いやでもすごいわ。えー、くっそカッコええやん……羨ましい」
「ハヌマーン、カッコつけてる」
「いやいや、俺はいつもこうだ」
みんなでガヤガヤやっていたが、ゲイルの咳払いで我に帰る。
「あー……ザジ。これを見る限り、お前の言ってることは嘘ではないようだ」
「でしょ? 俺、嘘なんて吐かないもん」
嘘です。割とよく嘘を吐きます。そうしないと死ぬようなシーンなんていくらでもあるからさ。
とはいえ、吐かなくていい嘘はつきませんよ。
「……実際のところ、あとどれくらい耐えられるんだ?」
「えー、いやわかんないけど……あと一ヶ月は厳しいかも?」
「難儀な性質してんな、お前……」
ハヌマーンがチラリとサーリハとゲイルに目を向けると、二人とも小さく頷いた。
サーリハのほうは「本当のことを言っている」ってことだろう。
「……とりあえず、保留とする。今後お前の処遇をどうするかは、追って沙汰する」
「そっすか」
「それまではゲイルのところで働け。短い時間であったとしても、料理人としての義務を果たせ」
「あいあいさー」
「……本当にわかってんだろうな、お前」
まぁ、ゲイルんところで働くのは楽しいし、否はありませんよ。
「あっ、でも街歩きは続けていいよね?」
「……逃げないか?」
「逃げない逃げない」
「まぁ、逃げたら追っ手がかかるだけだ。絶対に逃げられんよ。いいだろう、この街に関しては好きにすればいい」
「ザジ、営業時間までには戻れよ」
「OK、ゲイル! ザジくん頑張りまっせ!」
「アー」
はー、死なずに済んだ。ラッキー。
結局、この日は何も決まらないまま、イェニチェリ? の事務所を離れることになった。
ハヌマーンは「何かあればイェニチェリを頼れ」と言ってバシンと俺の肩を叩いた。
痛いっての! この大猿め!
▽
「はー、面白かったね」
「……ザジ、××××、どうなんだ」
帰り道、ゲイルと色々話しながら歩く。
翻訳者がいないとやっぱり意思疎通は難しいね。
「夜営業がダメになっちゃったね」
「アー。問題ない、店は他にもある」
「常連さんに言ったら叱られるやつ〜」
ゲイルの店は街でも常連客が特に多い。
大きさはさほどでもないが、回転が速いし、テイクアウトしていく客も多い。大繁盛。
街へ戻る頃には、すっかり暗くなっていた。
と、店に行くと何人かの常連がヤンキー座りで待っていた。
「おー、ゲイル! ××××、××××!?」
「ゲイル、腹減った!」
「どこ行ってた?」
「すまん。××××、イェニチェリ×××。今×××」
「おー、ザジ×××、×××?」
「アー。ハヌマーン××、×××××。ザジ×××………」
「ハハハハ。ザジ××××、×××××!」
どっと笑い声。
くそー、言語を、言語を習得したいっ!!
「すまなかったな。今飯を作る」
「あ、一応営業はするのね」
「当たり前だ。ドジョウが痛む。……もう
あー、今のはちょっと意味わかった。
うーん、日-ラジャス語辞典が欲しいぜ。
字、まだ読めないけど。
▽
遅めの夜営業が終わり(大盛況だった。みんな律儀に待ってやんの)、散々客たちに揶揄われて疲れた俺は、自室に戻ってゴロリと転がる。
「LIMBO、ねぇ……」
ここが死後の世界だってのは、なんか理解できた。
だけど俺、死んだ記憶はないんだよなぁ。
「船に乗ってる途中に事故で即死したとか? いや、飛行機事故じゃあるまいし、ちょっと考えにくいね」
それに、それじゃこのバックパックがある理由がわからない。
「……追って沙汰するとか言ってたけど、完全に自由ってわけにはいかないんだろうなぁ……ハァ」
1. すぐ逃げる
2. 逃げる準備をする
3. 諦めてゲイルの店で働く
4. 思考放棄して沙汰を待つ
……どうなるのか興味あるし、4かな。
どうせ考えても何もわからないんだし。
それに、ハヌマーンは俺を死なせたい訳ではなさそうだ。ゲイルもイェニチェリとやらのお偉さんぽいし、サーリハは……なんかよくわからん。
「まぁどうにかなるだろ」
それに今日はちょっと疲れた。
体力的にはそうでもないが、考えることが多すぎて、そろそろキャパオーバー。
できることもないし、スマホは取り上げられちゃったし(売るって言ったら怒られた。なんでや)、とりあえず寝るか。
おやすみなさい Zzz……。
▽
それから二日後。
俺の沙汰が決まったと連絡があった。