「お、標識じゃん」
街を出て4日目の夕方、ようやく次の街にたどり着いた。
道の端に標識が立っている。読めないけど、次の街の名前とかが書いてあるんだろう。てことは、この字は「タマス」って読むわけだ。
ラジャス語の読み書きは少しずつ練習してるけど、まだ全然わかんないんだよね。
ちょっとずつでも読めるようにならないと。
ちなみに前の町は「カリタ」。国名はラジャスって話だったから、ラジャス国カリタ地方というわけだ。
外国に行くには、まだかなり歩かないとダメっぽい。一月以上はかかるとか言われた。まぁ隣町に移動するだけで4日もかかったからなぁ。やっぱハヌマーンから馬借りるべきだったか……でも俺、ちゃんと乗ったことないしな。それに餌とかのこと考えると、うーんって感じ。
「ってあれ?」
標識を超えると、ちょっと気候が変わった気がする。
カリタよりちょい涼しい感じ?
サーリハが「街ごとに特色がある」って言ってたけど、もしかすると気候も含まれるのかもしれない。
「さて、と。タマスはどんな街かなー、オラ、ワクワクすっぞ!」
そういや出発前にゲイルやサーリハがタマスの情報をくれようとしたけど、俺はそれを全力で断った。
危険を避けるためには知っといた方がいいんだろうけど、俺ってあんまり「地球の歩き方」とかのガイド本をアテにしないタイプなんだよな。読み物としては面白いけど、ネタバレ喰らった感があってちょっと苦手なのだ。
できれば現地で「事前に知ってたらよかったのに!」ってアタフタしたい。困るのも楽しいっていうか。
これを、世間ではただの行き当たりばったりと言う。
あと、実際に行ってみるとガイドブックに書かれてるのと違う! ってなることも多い。嘘が書かれてるわけじゃなく、文字で読むのと実際に体験するのは大違いっていうか。知ってるつもりで裏切られるより、知らずに行って体験するほうが面白い。時々酷い目に遭うけど。
でもまぁこれまでも何とかなってきたし、「なにがあるかわからない」ってのは旅を面白くするための重要なファクターだ。
標識を超えて小一時間ほど進むと、なにやら賑やかな太鼓の音が聞こえてきた。お祭り中とかだろうか。ラッパとかフィドルっぽい音も混じってて、なんかすんごく楽しそう。
なんだろう、体がウズウズしはじめた。
勝手に踊り出しそう。
つい走り出しそうになるが、そこは我慢。
「早くこの先を見てみたい」という感情は、先が見えない間にしか味わえない。
ならば、今はその感覚をじっくり堪能したい。どうせもうすぐわかるんだし、急ぐことはない。
それにウズウズしてる時間が長いほど、現地に着いた時の驚きとか感動は大きい気がするんだよね。
あっ! 人いるじゃん。
おーい。
▽
と思ったら、なんか知らんけど自警団みたいな連中にとっ捕まりました。
「こいつ、××の色が俺たちと違うぞ」
「顔つきも、なんか平べったいな」
「×××な奴め、××××姿だ。××を邪魔しにきたか、×××なのではないか?」
えーっと、多分「肌の色が俺たちと違う」「怪しい奴め、見慣れない姿だ。祭りを邪魔しにきたか、盗人なのではないか?」って感じかな?
最近ちょっとラジャス語の聞き取りが上手くなってきた気がするぜ。
「だぁーかぁーらぁ、俺は観光に来ただけで、怪しいモンじゃないんだって!」
「言葉も怪しいぞ!」
「他国の間諜か?!」
「ちーがーいーまーすぅー」
まぁ確かに俺の言葉や格好はこの世界じゃ珍しいだろう。怪しまれるのもむべなるかな。
でも、お祭り楽しそうなんだよなぁ……なんか太鼓とかめっちゃドンドコ鳴ってるし、みんな楽しそうに踊ってる。飲めや歌えや踊り狂えやの大騒ぎだ。
でもたまにこちらをチラッと怪訝そうに見てたりする。
あー警戒されてんなーって感じ。
仲間に入りたいなー。
早く解放してんないかな。
料理人だって言ったらすぐ受け入れられるんだろうけど、ハヌマーンに止められてるし、「料理人がなんで旅なんてしてんだ?」って聞かれたら答えられないし。
よし、踊ろう。
▽
「いいぞー!」
「やんや、やんや」
「おい、待て。まだ
「うっせー! ザジくんのキレッキレのダンスを見れー!」
踊った。
自警団? の取り調べを完全に無視して踊り狂った。
ダンスの技術なんてありはしないが、いろんな国で少数民族とかに混じって踊りまくってきたザジくんのダンスバリエーションを見よ!
すいー、とムーンウォーク。
「すげぇ! どうなってんだ?!」
「後ろ向きに
「兄ちゃんすげぇな!」
「イェアー!!!」
自警団のにいちゃんたちも諦めたのか苦笑しながら見ている。流石に取り調べを続ける気にはならなかったらしい。
まぁ本人たちだって祭りに参加したいだろうし、そもそも本気で疑われていたわけではないのだろう。
よし、巻き込んだろ。
「兄ちゃんも、おっどろうぜー!」
「うわっ、何をする!」
「いいから、ほらステップ! ステップ!」
「やめろ!」
「あ、もしかして、
「なにぃ?!」
かろうじて使える現地語を駆使して煽ってやったら、自警団の兄ちゃんはこめかみに血管を浮かべて踊り始めた。
「
「おー、何言ってるのかわかんないけど、すげえ! 今まで見たことない感じのダンスじゃん! 負けらんねぇ〜! よーし、じゃあザウリでお返しだ!」
転圧機(※アスファルトを押し固める機械)みたいに高速で足踏みすると、「おおおっ!」と歓声が上がった。来年あたりにコートジボワールに行くつもりで、見よう見まねで練習してたんだよね。
ぶっちゃけ前の世界だったら鼻で笑われるような稚拙なダンスだけど、この世界にはなんせネットがない。つまり技術的にインフレしてないわけで、ブサイクなダンスでも物珍しさだけは満点のはずだ。
「負けるかぁ!」
「おっ! やるじゃん! じゃあ酒
「
「「どりゃーーー!!!!」」
あああああ、もう何日も歩き通しだったから、足がががが。
「どうした? そんなものか?」
「くっ! ま、まだまだぁ!」
「ハハハ。無理すんな、負けを認めろ」
「ギギギギ。負けらんねぇ〜!」
気づけば太鼓の音も最初の倍くらいの速さになってる……どうやらダンスに釣られたらしい。いらんことを……。
「あっ!」
蹴つまづいた。
どさりと座り込み、そのまま大の字に移行。
もうあかん。動けん。
「ハァ、ハァ……くそー、負けたー!」
「ハハハハ。俺の勝ちだ。さあ約束だ、酒を奢れ! ゼェ。ゼェ……」
「そっち、だって、息、上がってんじゃん……まぁいいや……おーい! 誰か
パチパチ、やんややんやと拍手と歓声と口笛が鳴り止まない。
惜しみない拍手の中、酒屋っぽい姉ちゃんがやってきて、藁で包まれた酒瓶とグラスが二つ差し出した。
「
「2万ディング」
「やすっ!」
金額を聞くと思ったより安かったので、倍ほど支払ってやったらえらく喜ばれた。
おっ、
トクトクとグラスに注ぎ、兄ちゃんに渡す。
「よし、勝者に
「おうっ!」
カチンとグラスを当てる。
「ング、……ング?! ゲホ!! ゲホッゲホッ! 強っよ! んゲホっ!」
「ごく、ごく……ぷは……何だ、この酒は×××?」
あー、えっと「この酒は初めてなのか?」かな?
「アー。でも味はいいね! でもこりゃもっとしっとり味わう酒だ……ごく」
うん、旨い。
濃い味のアテが欲しくなる味だぜ。
「お前、名前は?」
「コー、ザジ。兄ちゃんは?」
「コー、サンズ。ここの ××× を務めている」
×××は多分「自警団」かな?
「お前、本当に怪しい者じゃないのか?」
「違うよー、えっと、カリタのゲイルって料理人、知ってる?」
「おお、知ってるぞ! ゲイル殿といえば、×××の料理人じゃないか」
「×××、って何?」
「何だ、わからんのか。×××とは、長く戦い、勝ち続けてきた男という意味だ」
あー、歴戦の、みたいな意味かな?
「そのゲイル殿がどうした」
「俺、ゲイルの友人でさ。頼まれごとをされて、マツーラの街へ向かってんだよ」
「何と、ゲイル殿の友人なのか。……嘘じゃあるまいな?」
「イェニチェリに確認してくれればいいよ」
「信じよう」
イェニチェリに対する信頼がすごいな! なんか簡単に騙せそう。
サンズくん、詐欺師には気をつけてね?
「ということは、もしやザジは料理人なのか?」
「あ、えーと……」
料理人であることは伏せておくように言われてるからなぁ。
ここは黙っとこ。
「違うよ。ゲイルの店で調理補佐はやらせてもらってたけどね。でも料理の腕はからっきしでさ。お使いくらいしかできなくて」
嘘ついてごめんよ……。
「そうか。不器用な人間は不幸だな……」
不器用じゃないやい!
「……そういうことなら歓迎しよう。イェニチェリの支部長に繋ごうか?」
「いや、今はいいよ。この街は通りかかっただけだし。あっでも、旨い飯屋とか知ってたら教えてくれる?」
「おお、そういうことなら任せてくれ! ゲイル殿の友人というなら口は肥えてるだろ? この俺が最高の店を紹介してやる!」
「おお、やった! コオプクンターイ、サンズ!」
「なんのなんの」
▽
というわけで、俺は無事に次の街に受け入れられたのであった。
なお、サンズは料理人じゃないんだそうだ。
つまり戦えないってことになるんだけど「よくそれで自警団なんて務まるね」と言ったら「言わなきゃわからんだろ」と言って笑っていた。
確かに。