「うんまっ」
「そうだろう、ここの
ほろ酔い気分のまま連れ回された俺は、サンズおすすめの飯を食いまくった。
胃袋が頑丈とは言ったが、量は言うほど食えない。一品一品の量が少ないのは助かる。
うーん、
最初に食ったのは揚げ鶏(っぽいやつ)。注文すると、丸鶏……鶏? を骨ごとでっかい包丁でガンガン切って、甘くてピリ辛の汁をかけて提供される。
やべー。
うめぇ〜。
他にも羊肉のピラッフ(ゲイルのところにもあるやつだ)とか、ミミガーの和物とか、薄焼き卵で具材を巻いて揚げ焼きにしたやつとか。全部ひたすら旨い。
山の近くだからか、魚介類はほとんど見かけない。その分肉料理が発展したんだろう。あと、基本は米食っぽい。小麦(っぽい穀物)の料理もなくはないが、麺もだいたい米粉麺で、パンなんか滅多に見かけない。寒冷地に行けばまた違うのだろうか。
それにしても、どれもこれも洗練された味がする。香辛料の扱いに歴史の積み重ねを感じるっていうか。
どの店も味とスピード重視って感じで、盛り付けはめちゃくちゃ雑。だがそこがいい。
ああ、無限の胃袋が欲しい。
永遠に食べ続けたい。
しばらく行くと、なんかちっちゃな婆さんがぐるぐる鍋回してるところに遭遇。
おっ、フォーじゃん。うまそ。
「おい、そんなの食ったら
「そうだなー、うーん」
婆さんと目が合うと、ニカッと笑いかけられた。めっちゃ人懐っこい笑顔。前歯が一本ない。かわよ。
1. もちろん食う
2. 食わずにあとで後悔する
頼んじゃお。
「一つちょうだい」
「アー」
メニューは一種類だけらしい。注文を受けると婆さんはお玉に薄切りの生肉を入れ、熱々のスープに潜らせる。何度かスープで濯ぐと丼にポイ。卵も同じようにして、香草を散らして「はい」と渡してくれた。
一口啜ると……想像より辛い! でもなんか癖になる味だ!
「ひー、辛! ひー、うま!」
「
「いやー、ここで食っとかないと、後で後悔しそうだし」
あー、辛みに口が馴染んできた。めちゃくちゃ旨い。
ただ、衛生面的にはイマイチ。スープで潜らせただけだから、肉はうっすら生っぽいし、卵も卵黄部分が完全に生。ゲイル曰く肉も卵も生は NG とのことだし、まぁまぁヤバめ。
だが、この程度はよくあることだ。実際に腹を壊すこともあるっちゃあるけど、ある程度火を通せば少なくとも重篤な症状は出ない。ちょっとお腹ゆるいかなー、くらいのものだ。現地の人は日常的にこれ食って平気なわけだし。やっぱりたまーに下痢するけど。
それに、なんなら最初に全部火を通しておけば手間も省けるのに、わざわざこうして面倒な手順を経てるってことは、何かしらの意味があるってことだ。
実際、肉はめちゃ柔らかくてジューシーだし、黄身が溶けたスープがまたいい味出してんだよな〜。
「うめ、うめ」
盛りは少なめだったので、早々に食べ切り、丼を婆ちゃんに返す。
「ごっそさん! めちゃウマだったぜ、婆ちゃん!」
「コオプクンターイ」
「コオプクンターイ!」
また歩き出す。
サンズが笑って「気に入ったのか?」というので「最高」と答えた。
さて、今夜は大丈夫かなー、俺のお腹。
▽
そういや、サーリハが言うには店先に
鍋が出てないそれ以外の店は、イェニチェリから加工済みの食材を仕入れて提供している「商売人」の店なんだそうだ。
でもってサンズが案内してくれるのはほとんどが商売人の店。というのも、料理人の店はワンランク上という扱いで、料金も若干お高くなる。
食べ歩きなら商売人の店を利用するのが一般的なのだ。
要するに、ちゃんとしたレストランとストリートフードの違い。
どちらにもそれぞれ良さがあるが、食べ歩きはジャンクフードのほうがいい。B級グルメ最高。
「そろそろ甘いものはどうだ?」
「いるいる。なんでも食う」
「ハハハ。ザジは×××だな」
えっと、××× は多分「健啖家だな」って意味かな。
「よし、シャンカルの店に行くか」
「お、知り合いの店?」
「そうだ。××××でな。
「おー! ぜんざい大好き! って、××××って何?」
「昔からの知り合いという意味だ」
「あ、幼馴染みたいな意味か」
ぜんざいと言っても、日本の
甘く似た豆と、茹でた蓮の実っぽいナッツとかにシロップをかけていただく、食べ歩きでは定番のデザートである。カリタでもよく食べた。
サンズおすすめの店はちょっと遠いらしい。しばらく歩かされた。
「ここだ。街で一番旨い」
「お、
「そうだ。シャンカルはまだ
「へー」
「だが味は保証するぞ。シャンカルはイェニチェリに登録されてまだ2年だが、あと数年もすれば幹部候補だ」
「ほえー、すごい」
「そうだ、すごいんだ、シャンカルは」
あ、やっぱ幹部候補はすごいって認識なんだ。俺が幹部候補だってこと、黙っといてよかった。
人間関係は対等な立場じゃないと面白くないしね。
ちなみに幹部候補とそうでないのとで、たいした違いはない。
メリットはほぼ皆無――むしろ義務が増えて大変なのだが、その分名誉なことなのだそうだ。名誉より自由がいいザジくんには、完全に無用の長物である。
「シャンカル! 俺だ!」
「あ、サンズ、いらっしゃい!」
お、シャンカルさんって女性だったのか。
美人さんだ。年齢は二十歳くらいだろうか。あと4〜5年したら俺好みのお姉さんになりそう。
「そちらの方は?」
「流れの
「ども、ザジくんでーす。こんちは、シャンカル」
「はいどーも。シャンカルです」
グッと握手
この世界の握手、なんかぎゅっと強く握るんだよな。
「……あれ? ザジさんってもしかして」
(あっ。やべ)
シャンカルは俺が料理人だと気づいたようだ。
俺は「しっ」と口に指を当てた。
そうだった。サーリハが言ってたの忘れてた。料理人は相手が料理人かどうか、なんとなくわかるって話だった。
確かに俺もたまに「この人料理人ぽいなー」と思うことがあって、その感覚は理解できる。まぁ、曖昧な感覚なので当てにはできんが。実際サンズが料理人かどうか、俺には判別できなかったし。
何か事情があると気づいたのだろう。シャンカルは何も言わずニヤッと笑ってくれた。コオプクンターイ。
「何にする?」
「何があんの?」
「あったかいのと冷たいの。あとは豆と果物を選んで、蓮の実の量も調整可能。
「すげー、メニュー豊富! せっかくだから全部入りで、冷たいやつひとつ!」
「俺はいつもので」
「毎度あり!」
サーリハは手際良くグラスに氷を詰め込んで、ぜんざいを組み立てていく。
おー、旨そう。
氷は高級品なのに、惜しみなく詰め込んでくれるのもいい感じ。
ちなみに氷はイェニチェリの専売品だ。
この世界、ってかラジャスは暑いが、冬には雪が降る。高山の近くになると湖とかも凍りつくんだそうで、それを切り出して氷室に保存しているのだ。
カリタのイェニチェリ支部の地下にもでっかい氷室があって、ハヌマーンに見せてもらった。
分厚い壁には断熱材として大量の藁が詰め込まれていて、一夏分の氷が詰め込まれていた。
カリタの氷室はかなりラジャスでもかなり大きい部類らしく、ハヌマーンが自慢げにしていた。
「お待たせ、どうぞ」
「おー、うまそ! いただきぃ」
「いただくぞ」
はむ。
うおー、思ったより甘い! 砂糖は高級品なのに、すごいなぁ。
ちなみにこの世界の砂糖はジャリジャリした茶色いペーストだ。乾燥して砕いたり、煮溶かしたりして使う。
「うんまっ!」
「だろう?」
軒先に置かれたベンチに座り、サンズと一緒にぜんざいを堪能する。
やば、マジで旨い。この手の冷菓ってよくお腹壊すけど、その価値はあるわ。まぁこのお店は清掃が行き届いてるし、その心配はなさそうだ。
見れば、シャンカルの店はかなり繁盛しているようだ。
次から次へ客がやってきて、あれこれ注文している。大人気だ。
「サンズさ」
「なんだ」
「シャンカルとはどういう関係?」
「ごほっ」
サンズがむせた。はい当たり。
「ただの幼馴染だ」
「ふぅん?」
「好きだと伝えてはいるんだが、イェニチェリに認められるまでは恋愛は邪魔なんだと」
「あ、伝えたんだ」
「?? 伝えない理由があるか?」
「わー、告白するのに勇気が必要ない系の文化だったか」
つか、ぜんざいがくっそ旨いな……フルーツも新鮮だし、蓮の実のホクホク感がいいアクセントになってる。
ちなみにサンズが食べてるのは暖かいやつ。フルーツはなしで、豆多め。
そっちも旨そうだなぁ。
「ザジはどうなんだ? 恋人とか」
「いないなぁ……」
というか、俺の生き方で恋人を作るなんてとんでもないことである。
大学時代はどういうわけかまぁまぁモテたけど、実際にお付き合いしたことは皆無だ。
旅してる間ずっと彼女を待たせるのは申し訳ないし、こっちとしても気になって旅が楽しくなくなりそうだし。
そもそも、彼女のことを「邪魔だな」とか感じてしまうのは、ものすごく不誠実なことだと思う。
ずっと同じ場所に腰を落ち着けられない俺に、恋愛は無理。
結婚なんて論外中の論外である。
だから俺は、間違いなく旅の中で孤独な死を迎えるであろう。
本望ですとも、ええ。
「じゃあお互い
「そだねー」
「……さて、腹具合はどうだ? まだ食えるか?」
「流石にお腹いっぱい。どれもこれもめちゃくちゃ旨かったよ! コオプクンターイ、サンズ!」
「なんの。喜んでもらえて何よりだ。で、お前今日はどこに泊まるんだ?」
「うーん」
あー、何にも考えてなかったや。
あ、でもたしか街中での野宿は禁止されてるんだっけ。
ハヌマーンからの指示書に書かれてた。
「どっか宿とかある?」
「あるぞ。よければ俺のところに泊まってもいいが」
「え、マジ? ありがてー! ぜひお願いしたい!」
「おぅ、×××××は××××、××××だからな」
ん? なんかよくわからん。多分この世界の慣用句かなんかだろう。
多分、「袖振り合うも多生の縁」あたりかな。