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3. 意味があるってことだ ― フォーガーとチェー

「うんまっ」

「そうだろう、ここの×××チキンは最高だからな」


 ほろ酔い気分のまま連れ回された俺は、サンズおすすめの飯を食いまくった。

 胃袋が頑丈とは言ったが、量は言うほど食えない。一品一品の量が少ないのは助かる。


 うーん、隣町カリタの料理に似てるけど、結構違いもあるな。街一つ隔てただけなのに(結構離れてるけど)、こんなに違うんだ。


 最初に食ったのは揚げ鶏(っぽいやつ)。注文すると、丸鶏……鶏? を骨ごとでっかい包丁でガンガン切って、甘くてピリ辛の汁をかけて提供される。キーライムマナオっぽい柑橘を絞って味変すると、めっちゃさっぱりして美味。


 やべー。

 うめぇ〜。


 他にも羊肉のピラッフ(ゲイルのところにもあるやつだ)とか、ミミガーの和物とか、薄焼き卵で具材を巻いて揚げ焼きにしたやつとか。全部ひたすら旨い。

 山の近くだからか、魚介類はほとんど見かけない。その分肉料理が発展したんだろう。あと、基本は米食っぽい。小麦(っぽい穀物)の料理もなくはないが、麺もだいたい米粉麺で、パンなんか滅多に見かけない。寒冷地に行けばまた違うのだろうか。


 それにしても、どれもこれも洗練された味がする。香辛料の扱いに歴史の積み重ねを感じるっていうか。


 どの店も味とスピード重視って感じで、盛り付けはめちゃくちゃ雑。だがそこがいい。


 ああ、無限の胃袋が欲しい。

 永遠に食べ続けたい。


 しばらく行くと、なんかちっちゃな婆さんがぐるぐる鍋回してるところに遭遇。

 おっ、フォーじゃん。うまそ。


「おい、そんなの食ったら×××腹が膨れて他のものが食えなくなるぞ」

「そうだなー、うーん」


 婆さんと目が合うと、ニカッと笑いかけられた。めっちゃ人懐っこい笑顔。前歯が一本ない。かわよ。


 1. もちろん食う

 2. 食わずにあとで後悔する


 頼んじゃお。


「一つちょうだい」

「アー」


 メニューは一種類だけらしい。注文を受けると婆さんはお玉に薄切りの生肉を入れ、熱々のスープに潜らせる。何度かスープで濯ぐと丼にポイ。卵も同じようにして、香草を散らして「はい」と渡してくれた。


 一口啜ると……想像より辛い! でもなんか癖になる味だ!


「ひー、辛! ひー、うま!」

×××腹が膨れるって言ってんのに……」

「いやー、ここで食っとかないと、後で後悔しそうだし」


 あー、辛みに口が馴染んできた。めちゃくちゃ旨い。

 ただ、衛生面的にはイマイチ。スープで潜らせただけだから、肉はうっすら生っぽいし、卵も卵黄部分が完全に生。ゲイル曰く肉も卵も生は NG とのことだし、まぁまぁヤバめ。


 だが、この程度はよくあることだ。実際に腹を壊すこともあるっちゃあるけど、ある程度火を通せば少なくとも重篤な症状は出ない。ちょっとお腹ゆるいかなー、くらいのものだ。現地の人は日常的にこれ食って平気なわけだし。やっぱりたまーに下痢するけど。


 それに、なんなら最初に全部火を通しておけば手間も省けるのに、わざわざこうして面倒な手順を経てるってことは、何かしらの意味があるってことだ。

 実際、肉はめちゃ柔らかくてジューシーだし、黄身が溶けたスープがまたいい味出してんだよな〜。


「うめ、うめ」


 盛りは少なめだったので、早々に食べ切り、丼を婆ちゃんに返す。


「ごっそさん! めちゃウマだったぜ、婆ちゃん!」

「コオプクンターイ」

「コオプクンターイ!」


 また歩き出す。

 サンズが笑って「気に入ったのか?」というので「最高」と答えた。


 さて、今夜は大丈夫かなー、俺のお腹。


 ▽


 そういや、サーリハが言うには店先にカザンを置いているのは料理人の店である証明らしい。

 鍋が出てないそれ以外の店は、イェニチェリから加工済みの食材を仕入れて提供している「商売人」の店なんだそうだ。


 でもってサンズが案内してくれるのはほとんどが商売人の店。というのも、料理人の店はワンランク上という扱いで、料金も若干お高くなる。

 食べ歩きなら商売人の店を利用するのが一般的なのだ。


 要するに、ちゃんとしたレストランとストリートフードの違い。

 どちらにもそれぞれ良さがあるが、食べ歩きはジャンクフードのほうがいい。B級グルメ最高。


「そろそろ甘いものはどうだ?」

「いるいる。なんでも食う」

「ハハハ。ザジは×××だな」


 えっと、××× は多分「健啖家だな」って意味かな。


「よし、シャンカルの店に行くか」

「お、知り合いの店?」

「そうだ。××××でな。×××ぜんざいの店をやってる」

「おー! ぜんざい大好き! って、××××って何?」

「昔からの知り合いという意味だ」

「あ、幼馴染みたいな意味か」


 ぜんざいと言っても、日本の善哉ぜんざいとは全く違う。

 甘く似た豆と、茹でた蓮の実っぽいナッツとかにシロップをかけていただく、食べ歩きでは定番のデザートである。カリタでもよく食べた。


 サンズおすすめの店はちょっと遠いらしい。しばらく歩かされた。


「ここだ。街で一番旨い」

「お、カザンだ、料理人の店なんだね」

「そうだ。シャンカルはまだ見習いアジェミだがな」

「へー」

「だが味は保証するぞ。シャンカルはイェニチェリに登録されてまだ2年だが、あと数年もすれば幹部候補だ」

「ほえー、すごい」

「そうだ、すごいんだ、シャンカルは」


 あ、やっぱ幹部候補はすごいって認識なんだ。俺が幹部候補だってこと、黙っといてよかった。

 人間関係は対等な立場じゃないと面白くないしね。


 ちなみに幹部候補とそうでないのとで、たいした違いはない。

 メリットはほぼ皆無――むしろ義務が増えて大変なのだが、その分名誉なことなのだそうだ。名誉より自由がいいザジくんには、完全に無用の長物である。


「シャンカル! 俺だ!」

「あ、サンズ、いらっしゃい!」


 お、シャンカルさんって女性だったのか。

 美人さんだ。年齢は二十歳くらいだろうか。あと4〜5年したら俺好みのお姉さんになりそう。


「そちらの方は?」

「流れの××××メッセンジャーだ。マツーラへ向かう途中に立ち寄ったんだと」

「ども、ザジくんでーす。こんちは、シャンカル」

「はいどーも。シャンカルです」


 グッと握手

 この世界の握手、なんかぎゅっと強く握るんだよな。


「……あれ? ザジさんってもしかして」


(あっ。やべ)


 シャンカルは俺が料理人だと気づいたようだ。

 俺は「しっ」と口に指を当てた。


 そうだった。サーリハが言ってたの忘れてた。料理人は相手が料理人かどうか、なんとなくわかるって話だった。

 確かに俺もたまに「この人料理人ぽいなー」と思うことがあって、その感覚は理解できる。まぁ、曖昧な感覚なので当てにはできんが。実際サンズが料理人かどうか、俺には判別できなかったし。


 何か事情があると気づいたのだろう。シャンカルは何も言わずニヤッと笑ってくれた。コオプクンターイ。


「何にする?」

「何があんの?」

「あったかいのと冷たいの。あとは豆と果物を選んで、蓮の実の量も調整可能。××××ナッツミルクの有り無し、果物のソースの有り無し……」

「すげー、メニュー豊富! せっかくだから全部入りで、冷たいやつひとつ!」

「俺はいつもので」

「毎度あり!」


 サーリハは手際良くグラスに氷を詰め込んで、ぜんざいを組み立てていく。

 おー、旨そう。

 氷は高級品なのに、惜しみなく詰め込んでくれるのもいい感じ。


 ちなみに氷はイェニチェリの専売品だ。

 この世界、ってかラジャスは暑いが、冬には雪が降る。高山の近くになると湖とかも凍りつくんだそうで、それを切り出して氷室に保存しているのだ。

 カリタのイェニチェリ支部の地下にもでっかい氷室があって、ハヌマーンに見せてもらった。

 分厚い壁には断熱材として大量の藁が詰め込まれていて、一夏分の氷が詰め込まれていた。

 カリタの氷室はかなりラジャスでもかなり大きい部類らしく、ハヌマーンが自慢げにしていた。


「お待たせ、どうぞ」

「おー、うまそ! いただきぃ」

「いただくぞ」


 はむ。

 うおー、思ったより甘い! 砂糖は高級品なのに、すごいなぁ。


 ちなみにこの世界の砂糖はジャリジャリした茶色いペーストだ。乾燥して砕いたり、煮溶かしたりして使う。


「うんまっ!」

「だろう?」


 軒先に置かれたベンチに座り、サンズと一緒にぜんざいを堪能する。

 やば、マジで旨い。この手の冷菓ってよくお腹壊すけど、その価値はあるわ。まぁこのお店は清掃が行き届いてるし、その心配はなさそうだ。


 見れば、シャンカルの店はかなり繁盛しているようだ。

 次から次へ客がやってきて、あれこれ注文している。大人気だ。


「サンズさ」

「なんだ」

「シャンカルとはどういう関係?」

「ごほっ」


 サンズがむせた。はい当たり。


「ただの幼馴染だ」

「ふぅん?」

「好きだと伝えてはいるんだが、イェニチェリに認められるまでは恋愛は邪魔なんだと」

「あ、伝えたんだ」

「?? 伝えない理由があるか?」

「わー、告白するのに勇気が必要ない系の文化だったか」


 つか、ぜんざいがくっそ旨いな……フルーツも新鮮だし、蓮の実のホクホク感がいいアクセントになってる。


 ちなみにサンズが食べてるのは暖かいやつ。フルーツはなしで、豆多め。

 そっちも旨そうだなぁ。


「ザジはどうなんだ? 恋人とか」

「いないなぁ……」


 というか、俺の生き方で恋人を作るなんてとんでもないことである。

 大学時代はどういうわけかまぁまぁモテたけど、実際にお付き合いしたことは皆無だ。

 旅してる間ずっと彼女を待たせるのは申し訳ないし、こっちとしても気になって旅が楽しくなくなりそうだし。


 そもそも、彼女のことを「邪魔だな」とか感じてしまうのは、ものすごく不誠実なことだと思う。

 ずっと同じ場所に腰を落ち着けられない俺に、恋愛は無理。

 結婚なんて論外中の論外である。


 だから俺は、間違いなく旅の中で孤独な死を迎えるであろう。

 本望ですとも、ええ。


「じゃあお互い×××フリーか」

「そだねー」

「……さて、腹具合はどうだ? まだ食えるか?」

「流石にお腹いっぱい。どれもこれもめちゃくちゃ旨かったよ! コオプクンターイ、サンズ!」

「なんの。喜んでもらえて何よりだ。で、お前今日はどこに泊まるんだ?」

「うーん」


 あー、何にも考えてなかったや。

 あ、でもたしか街中での野宿は禁止されてるんだっけ。

 ハヌマーンからの指示書に書かれてた。


「どっか宿とかある?」

「あるぞ。よければ俺のところに泊まってもいいが」

「え、マジ? ありがてー! ぜひお願いしたい!」

「おぅ、×××××は××××、××××だからな」


 ん? なんかよくわからん。多分この世界の慣用句かなんかだろう。

 多分、「袖振り合うも多生の縁」あたりかな。

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