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第3話 《私は、救われた。だから今度は私が――》

 その少女は、奇跡の“視聴者”だった。


 貧民街の裏通りに暮らす少女――リーゼ=フォン・ミレニアは、病弱な弟とともに細々と暮らしていた。

 治療を受ける金もなく、信仰など信じる余裕もなかった。


 だが、あの日。

 エリシアの初回配信に出会い、弟の病が穏やかになった。




 「ほんとうに……届いたのよ。あの人の祈りが」




 誰も信じてくれなかった。

 回復は偶然だ、気のせいだと笑われた。

 それでも、リーゼは心から確信していた。


 だから――動いた。




 翌日、彼女は街角に立った。

 手書きの看板と、端末で再生するエリシアの配信記録。

 通行人に向けて、ただひたすらに呼びかけた。




 「お願い、観てください! この配信を……!

 本当に救われる人がいるんです! 私の弟も……っ!」




 最初は無視された。

 けれど、何人かが興味本位で再生した。

 そして、体調が楽になった、気分が晴れた、という声が次々と広がっていく。




 《アーカイブ映像からの共鳴祈祷、発生を確認》

 《信徒登録:地上端末経由で増加中》

 《神聖庁本部への報告が必要です》




 それは、静かに。だが確実に、“信仰の波”となって広がっていった。


 通行人の中に、軍の下士官がいた。

 彼が“疲労の軽減”を実感したことから、噂は兵舎にも届いた。

 さらに市井の医師、教師、配信者たちが「これは本物」と拡散を始める。




 リーゼの行動はやがて、**街ごとの小さな“信徒集団”**を生み始めた。

 彼女自身は布教者を名乗らない。ただ、祈りの受け手として感謝を語るだけだった。




「私は、聖女様に救われたから。

 ……だから今度は、私が“誰かのために”この祈りを届けたいんです」




 神聖庁は即座に動いた。


 各地で配信記録の“無許可再上映”が増加し、信徒登録が庁の制御を離れつつあったためだ。

 しかも――これが《信仰の自然増殖》である可能性が示唆されたから。




「たかが一視聴者の行動が、ここまで拡大するとは……」

「この少女は……新興派閥の“神輿”になるかもしれません」

「エリシア様本人が意図していない以上、これは……危険です」




 神聖庁はリーゼに“布教活動の自粛”と“祈祷登録者の管理”を通告する。


 だが――




「……エリシア様が、私に止めろと言うなら止めます。

 でも、誰かを救う祈りを届けてはいけないなんて、そんな世界はおかしいです」




 彼女は笑顔でそう言い放った。




 こうして、“聖女エリシアの祈り”は制度外へと膨れあがっていく。

 リーゼという無名の少女の行動が、誰よりも力強く――この世界に祈りを広げていった。




 そして、エリシアはまだ知らない。

 彼女の祈りが、誰かの手で“神話”へと変わろうとしていることを。

――――

 神聖庁直属・聖女候補専用祈祷院――“浄涙の殿”。


 そこには、王族出身、貴族家門、名門修道院育ちといった、

 血統も経歴も申し分のない精鋭の“聖女候補”たちが暮らしている。


 だが、いま――彼女たちの間に、明らかな“波”が立っていた。




 「見た? あの新人の配信」

 「ええ……信徒登録、十万を超えたらしいわ。たった三回の配信で」

 「おかしいわよ。私たちが何年かけて築いたものを、たった数日で――」




 沈黙の中、ひときわ冷たい声が割って入った。




 「“浄化スキルを配信に乗せて信徒を増やす”という制度そのものを、

 根底から壊しているのよ、あの子は」




 声の主は、アナスタシア=レヴィンフォード。

 代々聖女を輩出してきた名家の令嬢にして、現制度下で最も信徒数の多い候補の一人。




 彼女は完璧だった。祈りの所作も、信徒との交流も、すべて計算されていた。

 それでも、エリシアには届かなかった。




 「“映像を見るだけで癒される”なんて反則よ。祈祷の努力も、修練も、積み重ねも……全部、意味がなくなる」




 候補者たちの間に、次第に広がっていく“特別視”と“敵視”。


 制度に忠実であろうとする者ほど、

 エリシアの存在は「異端」に見えた。




 「それに、あの子……貴族出身と言っても、中央の公認家系じゃないでしょう?」

 「神聖庁の外から信徒が勝手に増えてるなんて、もう“聖女の私物化”よ」

 「民衆が神を作る……そんな時代が来ると思ってるの?」




 候補者の一人が立ち上がり、怒りを込めて机を叩く。




 「私はね、七年かけて地方巡礼したのよ。命懸けで瘴気を祓ってきた。

 なのに、家で端末を見てるだけの子が“救われた”って笑って……。それで信徒数が負けて、祈祷の優先権を奪われるの? こんな制度、狂ってるわ」




 やがて、その不満は、**神聖庁内に届く正式な「意見書」**として提出される。


《エリシア=ローゼンシュタインのスキルは、祈祷制度の信頼を損なう》

《評価基準を“伝達可能範囲の物理制約内”に限定すべき》

《信徒の“自然増殖”による評価上昇は不当》




 結果――

 神聖庁は《祈祷制度再調整会議》を招集。

 エリシアのスキルが「制度に適合するか」を検討する審問が開かれることになる。




 本人にその通知が届いたのは、ちょうど次の配信準備をしていた夕暮れ時だった。


 彼女は封筒を手にしながら、小さく首を傾げる。




 「……制度に、合わない……?

 私はただ……祈っているだけなのに」




 その手のひらには、今もやさしく光る《聖浄ノ光環》。

 届いた奇跡は、本物のはずなのに。



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