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第3話 月人の想い

 本当はこのままじゃ駄目になるって自分でもわかってた。

 だけどボク自身ではそれを止められなかったんだ。


「今までご迷惑をおかけしました」


 そう、勤務先であるメイド喫茶の従業員用出口で深々と頭を下げる。

 クラシカルメイドの制服を上品に着こなしたチーフのサクラさんは「気にしないで」と静かに微笑んだ。


「私たちの方こそ上手なアドバイスが出来なくてごめんなさい」

「いえ、ボクが調子に乗りすぎただけなんです、少しちやほやされただけで勘違いしちゃって……」

「ご主人様たちに大人気だったものね、ルナりん……きっと皆がっかりしちゃうわ」


 あなたの強気で過激な接客を刺激に感じている人も多かったから。

 そうおっとりとした調子で言われて羞恥に顔が赤くなる。

 我儘放題の口汚い女王様気取りの女装メイド。それが少し前までの自分の姿だった。

 男性客にちやほやされるのが嬉しくて、きつい言葉を発しても「ツンデレ」や「女王様」と喜ばれることに調子に乗ってしまった結果だ。


 自分があの店で一番人気で何をやっても許されるという傲慢な気持ちに支配され、店の空気を悪くしていることにすら気づけなかった。

 いや、薄々気づいていたけれどそれでも暴走を止められなかったのだ。

 男性たちが自分に対して好意的な態度を取ってくれることがあまりにも嬉しくて、そして不安で試すように酷い態度を取るようになっていった。


 ボク、姫野月人(ひめのつきと)には男友達がいない。

 自分以外の家族は全員女性。五人の姉を持つボクの周囲には気が付けばいつも女性しかいなかった。

 世界的デザイナーである母と、その知人の女性モデルたち。姉とその女友達たち。

 彼女たちは皆ボクを可愛がってくれた。暇をしていれば誰かが構ってくれた。


 そのせいか幼稚園でも小学校でもボクは女の子たちとばかり遊んでいた。

 本当は同性の友達が欲しかったけれど、彼らと友達になる方法がわからなかった。

 それでも男子の一人に勇気を出して話しかけた時「女臭いのがうつるから近づくな」と言われた。

 自分がまるでバイキン扱いされたようでショックだった。

 思わず泣いてしまい、そのことで女子が男子へ怒った為その後のクラスの雰囲気は最悪だった。


 傷つくのも自分が原因でクラス内で対立が起こるのも嫌になったボクは男子生徒と最低限して関わらなくなった。

 でもひとりぼっちも嫌だったから女子たちとばかり話していた。

 小学校を卒業して中学に入ってもそんな学校生活だった。。

 そうしたらいつのまにか女子人気の高いオカマ野郎という嫉妬交じりの嫌悪まで男子生徒たちに抱かれていた。 

 君たちがボクを仲間に入れてくれなかった癖に。

 男子という存在に恨みのようなものを感じ始めたのはその頃だったと思う。 

 でも特に何か復讐するつもりもなく高校を卒業した。そしてボクはファッションの専門学校に入った。

 母や姉からはスタイルがよくて顔が可愛いからとモデルになることを勧められたけれどボクは男性モデルになるには身長が低過ぎる。

 十九歳の現在で百六十五センチしか無いのだ。

 母のコネでモデルになること自体は出来ても陰で同僚に馬鹿にされることは確実だった。


「なら、女性モデルになっちゃえば?」


 ある日クラスの女子に笑いながらそう言われた。 

 内心ムッとしたが適当に流そうとした所、何故か他の女子たちまで同意し始めてボクは校内で女装する羽目になった。

 いつのまにか上級生まで話が伝わっていて去年の学園祭の時に作った衣装があるとフリフリのメイド服を着せられ、ピンク色のウィッグまでつけられた。

 メイクもばっちりとされ、女子たちにキレイカワイイとちやほやされながら携帯で撮影されまくる。


「試しに男子ナンパしてきてよ」


 ふざけたことを上級生に言われ、冗談じゃないと思いながらも立場上逆らえずボクはメイド服で廊下を暫くうろつくことにしたら。

 そうしたら、男子たちはナンパするどころか向こうから勝手に話しかけまくってきた。

 今までこちらが近づけば嫌な顔をするか陰で悪口を言うだけだった存在がボクに笑顔を浮かべて声をかけてくる。 衝撃だった。


 気が付けばその日の内に女装についてネットで調べていて、その中でこの男の娘メイドカフェの求人を見つけたのだ。 

 従業員は男の娘という名称で呼ばれているが要は女装した男性。そして客層も男性がメインだろう。

 この職場で働いてみたい。強い好奇心と欲望で連絡を取り簡単な面接で即日採用された。

 男性客たちはメイド姿のボクに愛想良く話しかけてくれ、軽く笑って見せれば嬉しそうにした。

 不慣れな接客でミスをしても責めるどころか「そんなところが可愛い」と言われる。


 今まで男子に冷たくされ続けてきたボクに彼らの好意が毒のようにしみこむのはあっという間だった。 

 でもそれと同時に今まで押し殺してきた不満が胸にわきあがってくる。


 女装しただけで掌を返してボクに話しかけて来るな。

 どうせメイド服を脱げばボクなんか見向きもしないくせに優しくするな。

 男でしかないボクには興味なんてない癖に、優しくだってしてくれない癖に。

 そんな気持ちがメイドのアルバイトを続けていくうちに堪えきれなくなって、気づけば男性客に毒を吐くようになっていた。

 でもそれさえも彼らは喜んで、ボクは試し行為に近いことをしていると気づきながらどんどん傲慢に振舞うようになった。


 自分の人気に奢り高ぶりながらも、でもどこかで不安で。

 女装姿の自分を褒めてくれる男性客を嫌悪しながらも、彼らに見捨てられたくないと怯えていた。

 ネットで客の一部がボクを罵倒し始めていることも知っていたけれど、自重するどころか益々攻撃的になるだけだった。


 そんな風に内心混乱しながらも客から女王様のような扱いをされるボクに、そうしない客が一人いた。

 彼は今時漫画やアニメでしか見ないような典型的なオタクだった。

 不自然なほど真っ黒い髪に額にはペイズリー柄の赤いバンダナ。

 分厚い眼鏡にチェック柄のネルシャツとジーンズ、アニメキャラが描かれたTシャツ。


 初めて見た時は雑誌やテレビ番組の企画かと思った。

 けれど先輩メイドたちから彼は常連客で最古参の一人だと教えられた。

 そして彼が指名した新人は間違いなく人気メイドになると。

 店を卒業した後男の娘アイドルとして人気になっている元メイドもいると聞いた。

 別に女装が好きなわけじゃない。男の娘とやらになりたいわけじゃない。 

 だから彼に認められて成功したいなんて気持ちはなかった。


 ただ、入りたての頃は優しく接してくれたオタク姿の青年が自分から距離を置いているのが気に入らなかった。

 店で一番人気の自分を指名することも無く、淡々と存在を無視することが許せなかった。

 自分はこの店の誰よりも魅力的なのに、男客は目を合わせただけで大喜びするのに。

 どうして、あなたは眼鏡越しにそんな冷たい目をするようになったのか。教えてほしかった。

 いや、違う。理由はわかっていたのだ。

 だからボクが、本当に彼に望んでいたのは。


「つまり今のルナりんはただの女装したら周囲にちやほやされて調子にのってイキっている美少年でござる!」


 そう、女装姿に惑わされずボクが男であるということを指摘して。


「ルナりんがこのカフェで働こうとした理由は……友達が欲しかったから」


 ボクがぽつりと語った言葉をずっと覚えてくれていて。


「男の娘としてのルナりんは認められない、けれど男友達にはなれる」 


 駄目なところは駄目だと言いながら、それでも友達になってくれる。

 そんな存在がずっと欲しかった。そしてボクはそれを手に入れた。

 だからこのメイドカフェを辞めることにしたのだ。


「このお店には感謝しています。ずっと欲しかったものと出会うことが出来たから、でもボクは……」


 男の娘として生きたいわけじゃない。そう言おうとした口をチーフメイドであるサクラさんが指で軽く塞ぐ。


「わかっているわ、この店はお客様との恋愛禁止だものね。」

「え」

「貴方で何人目かしら……彼に心を奪われて店を辞めていくメイドたちを見送るのは」


 涙を拭いながら言う彼に「そんな理由じゃありません」とボクは否定する。

 そうボクが彼に望むのは男友達としての立場。早急に親友になること。

 その為に彼との交流の時間を増やしたい。彼がいつ暇になっても遊びに付き合えるように。

 だからアルバイトを辞めるのだ。

 ボクがそう理由を話すと、サクラさんは「都合のいい男の娘になってはダメよ」とアドバイスをくれた。

 そして偶には遊びに来て頂戴と店から送り出される。

 迷惑をかけてきたのにこんなにも優しくされて、申し訳なさと寂しさで少し泣きそうになった。

 深く頭を下げて店を後にし来た道を戻る。

 そこまで長い間勤めていた訳じゃない。

 でも男の娘メイドとして働いたことはボクの人生を大きく変えてくれた。

 正確には、そのアルバイトをきっかけに彼に出会ったことがだけれど。


「道夫、会いたいな……」


 ポツリと呟く。今では彼が居ない生活なんて全く考えられない。ボクの目を覚ましてくれた人。初めてボクの男友達になってくれた人。

 でもそっか、今までにも彼に恋した男の娘メイドが何人もいたのか。そっか。

 心が女の子なら好きになるのも仕方ないよね。外見も口調も変わっているけど、彼の熱くて優しい心を知ってしまったなら。

 誰かが彼を好きになるのは仕方ないけど、道夫がその誰かと付き合うのは凄く嫌だった。


「誰にも取られたくないよ……」


 ボクが彼に求めているのは友情だけど。でも友情は恋に負けるとか姉もクラスの女子が言ってた気がする。

 だったら別に友情に拘らなくていい。彼がボクから離れなければそれでいい。

 彼にはボクだけを見て欲しい。

 その為だったらボクは何だって出来る。


 餞別代りに店から貰ったメイド服を抱えながら、ボクは思った。

 道夫の一番になりたいと。

 その気持が綺麗で正しいかなんて知らない。でも確かにそれは何よりも強い想いだった。


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