「離れて歩いてると逆ナンがうざいから」
「そうでごさるか」
そう言いながらオタク青年の腕に自らの腕を絡める美少女、いや美少年。
元男の娘メイドの姫野月人とその客である御宅道生。
二人は馴染みの店である男の娘メイドカフェ「チェリープリンセス」に連れ立って行く途中だった。
額を守る赤いバンダナとネルシャツにアニメTシャツを纏った道生に近づこうとする女性は滅多にいない。
だから美少年好きの女性を強く引き付ける月人が彼を虫除けに利用するのも筋が通っていた。
しかしそれだけなら隣に並んで歩くだけで十分で、甘える猫のように腕を絡める必要はない。
だが道生がそれを指摘し離れさせることはなかった。
月人は同性とのスキンシップにやたら飢えている。隙あらば触れたがるのも全部その為。
男友達が増えて精神的に安定するまである程度好きにさせておいた方がいい。
その諦観と慈愛が入り混じった姿勢は拾った野良猫を根気よく飼い慣らす姿にも似ていた。
同性の友人が道夫一人しか居ない為、執着の加減ができなくなっている月人。
彼が本格的に暴走する前に、新たな友好関係を開拓することが道夫の本日の目標である。
その為の友人二号として彼が選んだのは池面悠仁。
道夫の中学時代からの友人であり彼もまた女性に囲まれがちな男だった。
今二人は悠仁と待ち合わせた目的地に向かい歩いている。
月人が可愛い系美少女顔なら、ワイルドで男らしい美形が悠仁。
小柄で華奢なのが月人なら高身長で隠れマッチョなのが悠仁。
真逆に見える二人だが共通点がある。
その際立った美形ぶりにより女性達に強く慕われ、反面同性からは嫉妬され続ける宿命を背負っているのだ。
つまりタイプの違う両者は全く同じ悩みを持っている。
きっとすぐに打ち解け意気投合するだろう。
道生がそのように考えていることも知らず月人は可愛らしく頬を膨らませた。
「道生がどうしてもって言うから会うけど、ボクやっぱり二人きりがいいなあ」
腕を握る指先の強さに道生は彼の不安を感じ取った。
今まで女装姿でない限り同性から疎まれたきた月人は見知らぬ男性と会うのが怖いのだ。
そう結論付けた道生は安心させるように彼に笑いかけた。
「大丈夫、悠仁は拙者の古くからの親友。ちょっと変わってるけど良い奴でござる」
「親友……ふうん、そう、そうなんだ……でも先に会っただけだよね、それだけだよね……?」
「つ、月人。どうしたでござるか」
自分がそう言った直後、大きな瞳から光を消した月人に道生は慌てる。
彼の明るい緑色の瞳が何故か漆黒に見えた。
けれどそれも数秒で月人は可愛らしい笑顔を浮かべ道生に話しかける。
「でもボクの方がその男の人より可愛いよね?そうでしょ、道生」
変な質問だと思ったが、月人は恐らく悠仁に対抗しようとしているのだろう。
あらかじめ優位な立場に自分を置くことで精神的余裕を持ちたいのだ。
そう考えた道生は彼の問いを肯定した。月人の方が愛らしい容姿をしているのは事実だ。
悠仁はどちらかといえば男らしいタイプの美形なのだから。
「確かに月人の方が可愛いでござるよ」
「えっ?あ、ふーん、別に当たり前だけど!……嬉しくなんかないんだからね!」
「ええ……」
求められた通りに肯定しただけなのに突然テンプレみたいなツンデレ台詞を返される。
月人はやはり扱いが難しい。だがその複雑さも彼の個性なのだろう。
自分が変わり者である自覚を持つ道生は他人の奇行にも寛容だった。
きっと月人の中では愛らしい顔立ちを誇る気持ちと女性的な容姿を否定したい気持ちが鬩ぎ合っているのだろう。
出来たばかりの友人に内心同情しながら歩いていると見慣れた看板が目に入る。
男の娘メイドカフェ「チェリープリンセス」のものだ。
悠仁とはここで待ち合わせている。時間もぴったりだ。
当たり前のように店に入ろうとする道生の袖を月人が引っ張った。
「ねえ、この店に来るってことは……道生の友達も女装した男が好きなの?」
「女装でなくて男の娘でござる。いや彼はそれ程でもないでござるが」
「よかった~、もしそいつが俺に惚れたら面倒だもん」
残酷なほど愛らしい笑顔で月人は言い放った。
道生はそこに暴君メイドの面影を見る。この言動で店内人気ナンバーワンだったのだ。
彼の外見があまりに良すぎるのか、それともこの店の客にマゾヒストが多過ぎたのか。
それは今となってはわからない。
とりあえず月人の警戒心を和らげる為、道生は口を開いた。
「悠仁は確か派手可愛い系よりも、地味なオタク系眼鏡っ子の方がタイプらしいですぞ」
「え」
「好きなものを語る時だけやたら饒舌になって眼鏡を外すと美人だと尚良いそうでござる」
中学時代放課後の教室で彼が語っていたことを思い出す。
確かその時は人気漫画1000カノのヒロインで誰が推しかという話をしていた。
シュッとしたイケメンの割に随分とコテコテな娘が好きなのだと、内心意外に感じた。
自分でも恥ずかしかったのかその時の友人は頬を赤くして道生を見ていた。
「……確か、お前が女だったら面白いのになとも言われたでござるな」
当時の記憶を懐かしみ微笑む道夫を見る月人の瞳からは再び光が失われていた。
「なにそいつ滅茶苦茶危険人物じゃん、絶対俺に惚れさせとかなきゃ」
「はて?」
「ちょっと更衣室と衣装借りて着替えてくるからそいつとは離れて座って待ってて」
あと絶対その眼鏡外しちゃ駄目だよ。
そう道夫に強く命じて月人は店の裏口に回る。
「やはり月人は……難しい子でござるな、二人とも仲良くなれると嬉しいでござるが……」
先住猫と新参猫を対面させる飼い主の気持ちになりながら道生は呟いた。