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第5話 ドッグファイト不可避

 大人気アニメ「男の娘天使つばさちゃん」

 マニアックな題材ながら王道の展開で今年で放映開始十五周年を迎える長寿作品。御宅道生(おたくみちお)はそれの熱心なファンである。

 彼は二十一年間の人生の半分以上をつばさちゃんと共に歩んでいる。

 一人暮らしのマンションではトイレ以外の全ての部屋につばさちゃんのポスターが貼ってあり、風呂以外では常に公式グッズを身に着けている。

 真っ赤なバンダナとネルシャツとデニム。そして最も重要な番組公式のつばさちゃんプリントTシャツ。これは道生の普段着であり礼服。


 作品の主人公であるつばさちゃんの職業は男の娘アイドル。そしてファンからの応援の力をパワーに変え魔法天使に変身し悪を殲滅するのだ。

 道夫の格好と口調は番組内でのつばさちゃんのファンクラブ会員たちと全く同じもの。いや彼もまたファンクラブ会員の一人。

 現実とアニメ、違う世界を生きながらそれでもつばさちゃんの力になりたいという思いが彼にバンダナとネルシャツ、そして痛Tシャツを纏わせるのだ。 

 御宅道生はそんな男なので当然、リアルな色恋沙汰とは無関係に生きてきた。

 敬虔な修道士が童貞を貫くように、触れることのできないつばさちゃんをひたすらに崇めすべてを捧げて来たのである。


 そんな彼が愛用している店、男の娘メイドカフェ「チェリープリンセス」 

 つばさちゃん公式と何回かコラボをしている、男の娘好き界隈では知られた名店である。


 道夫はその男の娘メイドカフェで先日暴君女王様メイド「ルナりん」とトラブルになってしまった。

 しかし互いに本音をぶつけあった結果、同性との楽しい語らいを欲していた彼と友人になったのだ。

 メイド服を着てツインテールのウイッグを被っただけで美少女になってしまうルナりんの本名は「姫野 月人(ひめの つきと)」

 ファッション系の専門学校に通っている十八歳で現在はマンションに一人暮らしだ。


 可愛い寄りの美形である彼は歩いているだけで女性たちからの甘い視線が集まってくる。

 気まぐれに女装すればその熱視線はすぐさま男性からのものに変わる。

 そんな中性的で蠱惑的な美貌を持つ青年は、唯一の男友達である道生への執着が半端無かった。

 出会って一週間、月人から道生へのメールは五百通を優に超えていた。

 通話時間は三十時間。当然これに会って話をしている時間は含まれていない。


 月人はシングルマザーとそれぞれ父親の違う年の離れた五人の姉がいる環境で生まれた。 

 更に可愛い系美少年だったこともあり彼の半生は常に女性にちやほやと囲まれ、その結果男性たちから僻まれ続けるものだった。

 結果、月人は同性からの友好的な接触に餓死寸前レベルで飢えていたのだ。


 思い詰めた末、女装をしてその可憐な容姿に惹かれ近づいてきた男と話そうとする位に。

 その暴走は道生が友人になることで終息したが、今度は彼との距離を縮めようと暴走しているのだった。


「なあ、道生……今すぐじゃなくていいんだけど、来月辺りから、ボクと一緒に暮らさない?」


 勿論家賃はボクが全部出すし、なんなら光熱費も食費も全部ボクが出すから。

 そう頬を赤くし、捨てられた子犬が優しい通行人に縋るような瞳で見つめてくる月人を見て道生は思った。


 この子、色々あかんでござると。


 彼は年下の友人のヒモになるつもりはない。

 推しに散在しまくりで時に金欠で道草を齧ろうとも男としてもいやオタクとして最低限の矜持はあった。

 何より道生は月人が思い詰め暴走しやすいことを知っている。だからこそやんわりと発言を窘めた。 


「月人……流石に出会ったばかりで同居は性急でござるよ」

「出会ったばかりじゃないよ……ボクの十九年は道生と出会う為の準備期間だったんだから。……ずっと君を待っていたんだよ?」


 王子様にもお姫様にも見える美しい顔で月人は囁く。 

 そう考えると今までの嫌な思い出が全部許せる気がするのだと切なく告げた。

 健気な笑みを浮かべ告げる彼は女装をしていなくても十分に儚く可憐だ。だからこそ危うい。

 その白魚のような手で頬に触れられそうになり、バックステップで回避する。

 何故なら道夫は乙女ゲームのヒロインではないからだ。


「あっ、そういえばつばさちゃんの録画を忘れていたでござる、友よいざさらば!」


 この場に留まると友人相手に不埒にもときめいてしまうことになる。道生は慌てて月人と別れた。

 長年男友達を求めしかし得られなかった彼は、厳重唯一の友人である自分を繋ぎ止める為に必死過ぎる。

 しかしやり方が急速な上、間違っている。月人の異常な束縛と献身は共依存を招きかねない。

 友人との接し方を間違えて覚えれば不幸になるのは彼だ。年上の立場から道生は月人の今後を心配した。


 知り合ったばかりの彼のことは確かに友人だとは思っている。その孤独も理解しているし、埋める手伝いをしたいとも思っている。

 だがそれでも道生と月人では思いの重さが違いすぎた。


 そう、つばさちゃんとその親友である小鳥ちゃんのように。道生は回想する。

 黒魔術が趣味のダークアイドル小鳥ちゃんは唯一優しくしてくれるつばさちゃんに執着し闇落ちの末人類を滅ぼそうとした。

 自分以外の人間がいなくなれば人気者のつばさちゃんを独り占めできると信じて。親友にして貰えると思って。

 しかしその考えは間違っていると番組内でつばさちゃんは否定した。小鳥ちゃんと友達になりたい人は自分以外にも沢山いたと。

 そして闇落ちから鉄拳制裁で救うと自分の友人たちに友達の一人として紹介したのだ。 

 そして小鳥ちゃんの孤独は埋まり二人は笑顔で笑いあうことが出来た。


「やはり、つばさちゃんは愛の天使……拙者たちを導く光でござる」


 道夫は感動シーンを思い出しそっと涙を拭うと決意した。

 そうだ、つばさちゃんがしたように月人に自分以外の男友達を作らせよう。

 彼の友人に対する強い執着、重過ぎる想いを分散させることで薄めるのだ。 


 当然相手は信頼できる人物でなければいけない。月人の美貌に血迷ってもいけない。友情ではなくなってしまう。

 考慮を重ねた末、道夫はその夜ある人物に電話をかけた。


 そう、中学時代からの付き合いである親友、池面 悠臣(いけおもて はるおみ)に。

 彼も昔から女性にモテすぎて男友達が出来ないと愚痴っていた。

 そんな悠仁ならきっと同じ境遇である月人と意気投合してすぐ打ち解けるだろう。

 道夫はそう考えながら今週の日曜に二人を会わせることにしたのだった。


 二人がどちらも自分だけが道生の親友でいればいいという同担拒否派であることなど知る由もなかった。


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