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第6話 戦いと強敵と奇妙な絆

 男の娘メイド喫茶「チェリープリンセス」

 男の娘好きに隠れた名店扱いされているここは昼を外した時間でも客が多い。

 けれどそこまで騒がしくはなのは殆どが単独客なのも理由の一つだろう。


 たまに従業員であるメイドと会話をする上ずった男性客の声が聞こえるが決して長話にはならない。

 静かすぎず五月蠅すぎない、たまに奇声が聞こえることを除けば穏やかで心地良い空間だ。

 一番良いのはここに来る客の殆どは男の娘メイドしか見ていないこと。


 男の娘に興味を持たない悠臣との待ち合わせが大抵この店になるのもそれが理由だ。

 街中に一人で立たせれば女性たちに次々と声を掛けられる彼が埋没できる場所がここなのだ。


 しかし今回は元ナンバーワンメイドの月人もいる。

 流石に超絶美形が二人入れば客たちも無視出来ないかもしれない。

 元従業員のとこで月人に話しかける者もいるかもしれない。

 だがその懸念は既に対策済みである。

 道生は予め店に予約を入れ特別席をキープして貰っていたのだ。


 店の隅にある背の高い観葉植物と衝立で隠されたその場所はいわゆる「密談席」と呼ばれるもの。

 道夫はチーフメイドのサクラに軽く会釈をしてその席に向かう。

 彼の中学時代からの親友である池面悠臣は既に一人で座りブラックコーヒーを優雅に飲んでいた。

 顔とスタイルの良さだけで雑誌の表紙を飾れるクオリティである。

 実際彼は数年前から男性モデルとして活躍していた。

 女性誌の表紙を飾った回数は両手の指では足りない。


 セットしていない無造作な黒髪、ネルシャツとデニムといったシンプルな服装。

 今日の悠仁のファッションは特徴だけなら道生と同じ系統と言えるかもしれない。

 だが違う。違うのだ。

 悠臣の黒髪にはさり気なく青のインナーカラーが使われているしネルシャツもジーンズも丁寧に手入れされ育てられたヴィンテージ品。

 何より重ねて言うが顔がいい。

 美しさとワイルドさの奇跡のフュージョンが顔面で発生している。


 更にこの池面悠臣という男、背が高くて脚が長くて顔が小さい。そして声も魅力的なら歌も上手い。

 道夫に言わせればSSR、いやURのメンズなのだった。


 退屈そうに壁の絵を眺めていることさえ様になる男は親友の登場に気付くと嬉しそうに笑った。

 すると硬質な美貌に人懐っこさが加わる。

 相変わらず魅力的な表情の形成能力が高すぎる。道夫は唸った。


「……なるほど、これが抱かれたいメンズランキング常連の実力でござるか」

「なに?俺に抱かれたくなったの、道夫ならいつでもいいよ」


 へらへらと笑いながら言われ、道夫も気軽にそれを断る。


「拙者、悠臣の女性ファンに牛裂きにされるのは御免でござる」

「俺のファン、そんな蛮族みたいなことしないよ?」


 大体お前に対してそんなこと絶対させないし。

 そう男前な事を言う親友の対面に道夫は座った。

 すると悠臣はその額に軽く触れる。


「このバンダナの柄、初めて見るな」

「つばさちゃん公式とファッションブランドナイマーニの新作コラボ商品でござる」

「ふーん、道生に似合ってるよ。お前派手な柄に負けない顔してるし」

「ふふんでござる。悠臣もその指輪は……」


「ちょっと!」


 挨拶もせず軽口を叩き合う道生たちに苛立ったような声が投げられた。

 メイド服を可憐に着こなした月人だ。その表情には怒りと焦りが浮かんでいた。


「ボク以外の男と楽しそうにしないでよ!」


 まるで母親相手に癇癪を起す幼子のように月人は口を尖らせる。


「この可愛い子ちゃんが例の……?」

「うむ、少し寂しがりやで独占欲が強いがいい子でござるよ」


 悠臣の質問に道夫は答える。

 そして改めて新しい友人を彼に紹介した。


「彼は姫野月人。色々省略するけどこの店で働いていたことがきっかけで仲良くなったでござる」

「……ふーん、すごく可愛い子だね。初めまして、俺は池面悠臣。道夫とは結構長い間つるんでる……切っても切れない腐れ縁って奴かな?」


 まあ誰にも切らせないけど。冗談めかして、しかし目は月人を見据えたまま悠臣が言う。

 次の瞬間タイプの違う美形の間に道夫にだけ見えない火花が飛び散った。


「へえーそうなんだ、ボクは姫野月人。道夫の唯一の親友。でもそれ以上になっちゃうかもね?」

「そうなんだ、奇遇だね。俺も道夫の唯一の親友だよ?キミよりずっと前からね」

「ふーん、ボクは道夫よりも年下だから彼の介護だってするし看取る予定だけど?」

「じゃあ俺は道夫と一緒に入れる墓予約しておこうかな」

「ちょちょちょっと、二人ともおかしいでござるよ!」


 流れるように親友の座を争い出した二人に堪らず道夫が割って入る。


「なんで自己紹介から流れるようにマウント合戦が始まっているでござる?!しかも題材が拙者!本当に謎!!」

「なんでってこうなることはわかってたでしょ」

「いや、こいつにはわからないよ。俺はそういう鈍いところも嫌いじゃないけどね」

「ボクだって道夫の優しいけど鈍感で付け込みやすいところとか嫌いじゃないけど?寧ろ好きだけど?」

「俺もこいつの思わせぶりなことを言いつつ特に何も考えてないところとか、それに情緒が振り回され過ぎて恋愛ソングの作詞が捲るけど?」


 そのお陰で趣味のバンドも人気が出て今春メジャーデビュー出来そうだ。

 悠臣の言葉に道夫は「それはめでたいことでござるな」と心から賛辞を贈った。 

 流石に月人が気の毒そうな表情を浮かべる。


「いいんだ、この痛みだって俺には大切なものだから。同情はいらないよ、可愛い子ちゃん」


 どちらが一番か決めよう。そう言われメイド衣装の月人は戦いの為に口を開く。


「ボクだって道夫の優しいけど大切なものは他にちゃんとあって、結局ボクよりもあのアニメキャラの方が大事なんだって切なくさせてくれるところとか、嫌いじゃ……」


 嫌いじゃないけど、時々凄く苦しくなる。

 つい本音を漏らしてしまって月人は慌てた。男の娘天使つばさちゃんへの嫉妬だけは絶対口にしないと決めていたのに。

 あんなこと聞かれたら道夫に嫌われてしまう。

 けれど絶望を宿しながら振り向いた先には道夫の耳を手で塞いだ悠臣の姿があった。

 彼は男らしい顔に優しく、しかしどこか陰のある笑みを浮かべる。


「わかるよ。それでも嫌いになれないよな、あいつが大事にしているものも、あいつ自身も……」

「うん……」


 自分の発言に落ち込む月人に悠臣が同調の言葉をかける。

 そこには友情とはまた異なる、戦士同士の繋がりのようなものが生まれていた。

 空に浮かぶ同じ星に手を伸ばす者たちの連帯感。

 それをこの場で唯一感じ取れないもの。それは星である道生だけだった。


「二人とも、仲良くなったでござるか……?」


 先程から悠臣に耳を塞がれ会話がろくに聞こえない。

 だから道生は戸惑いと僅かな疎外感を抱えつつ彼らのやり取りを見ているだけだ。

 そこに水のおかわりを確認しにチーフメイドのサクラがやってきた。

 今日はファンシーなパステルカラーのメイド服を着こなした彼はその光景をゆったりと眺めて言葉を発する。


「あらあら、道生くんを寂しがらせるなんていけない子たちですねえ」


 いらないなら私が貰っちゃいますよ。そう言いながら道生の頭を優しく撫でる。

 ふわふわした悪戯っぽい言葉遣いとは裏腹にその瞳は捕食者の輝きを放っていた。

 本当のラスボスは、この人かもしれない。

 その日、月人と悠臣の胸に共通認識と友情とは異なる謎の絆が芽生えた。


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