広場で一人になった俺は狼を見た。
この狼をテイム出来たとしても、この檻に閉じ込められていてはどうしようもない。
テイムを試す意味そのものがないのだ。
俺は諦めて座りこんで狼を見ると、長年、ここに閉じ込められていたのだろう、汚れて真っ黒な毛並み。
大きな毛玉が体中にできており、長い毛は瞳を覆い隠していた。
そのあまりにもみすぼらしい姿を見て、俺のテイマー魂に火が付いた。
もともと、俺はモンスターが好きでテイマーになったのだった。
美しく、生命力にあふれ、いろいろな能力を持つモンスターたち。何の能力もない俺とは違い、その存在自体に憧れてテイマーになったのだが、才能がなかったのだろう、結局、これまででテイムできたのは死んでしまったソナーバッド一匹だけだった。
俺は何の役にも立たない、いらない存在だとここに来て、痛感させられる。
ここで俺は死ぬ。
ならば、最後に……。
「なあ、狼よ。生きているか? 俺の身体を食って良いから、ひとつ頼みを聞いてくれないか? その毛並みを綺麗にさせて欲しいんだ」
俺の言葉に、狼の瞳はゆっくりと開くと、ちらりと俺を見てすぐに瞳を閉じた。
生きていた。それだけで俺の胸は高鳴った。
しかし、その瞳は全てを諦めたように濁っていた。
「……騙されて閉じ込められた同士だ。好きにしろ」
狼は吐き捨てるように言った。
どうせ死ぬなら、美しいモンスターに殺されたい。俺はそう考えると、何も怖い物はなくなった。
俺はバッグの中からトリマーセットを取り出して、ゆっくりと巨大な狼に近づいた。
左手にブラシ、右手にハサミを持って近づいて、狼に話しかける
「安心してくれ。毛並みをそろえるだけだから」
「そんなもんで、ワタシの身体が傷つくものか……好きにしろ」
俺はブラシをかけて、毛玉を切り取っていくと、ぼとりぼとりと毛玉が落ちていく。
何年、この檻に閉じ込められていたのだろうか? 汚れと油で固まった毛玉の数々。
どんどん毛並みをそろえていくと、俺はこの狼の毛の色が黒でないことに気がついた。
「ほら、綺麗になった。あと、シャンプーもさせてもらうよ」
「……」
先ほどと同じように狼は目を開けると、今度は俺をじっと見た。綺麗な青い瞳。
そして、何も言わずに瞳を静かに閉じたのだった。
俺はそれを了承の印と取って、シャンプーを始めた。
そしてバッグにあるだけの水で洗い流すと、綺麗な銀色の毛がそこにはあった。
「ああ、やっぱり美しい銀色だ。キミは綺麗な銀狼だったんだね。これで思い残すことはない。約束通り、ひと思いに俺を食ってくれ。こんな所に閉じ込められていては、長い間なにも食べてないだろう」
満足のいった俺はそう言って、狼の前に大の字になった。
「……いらん。どうせ、もうすぐワタシも死ぬ。まあ、道連れが出来ただけマシか」
そう言って、狼はまた目を閉じて横になった。
「それじゃあ、俺の気が済まない。約束は約束だ……そうだ!」
俺は自分の左腕の根元をロープで縛り、止血をすると、手斧で左腕を切り落とした。
「お、おまえ! 何をしてるんだ!」
「悪いな。とりあえず、左腕だけ先に食ってくれ。水もなくなったんだ、俺の方が先に死ぬ。その時は俺の身体を全部食べて、生きてくれ。俺みたいな駄目人間の命で、キミのような美しい狼が生きながらえてくれれば、ここまで生きてきた価値があるってもんだ」
「……さっきから、ワタシを美しいと言うが、怖くはないのか? ワタシの事を怪物だと、思わないのか?」
「何を言っているのか分からないが、俺はキミほど美しい狼を見たことがない。一生、キミの側で見ていたいぐらい綺麗だよ」
「……そうか」
狼はゆっくりと体を起こすと、俺の血まみれの左腕をペロリと飲み込んだあと、立ち上がると同時に、大きくひとつ吠えた。
「そこをどいてくれ」
「何をするつもりだ?」
失血でめまいをし始めた俺は、転がるように檻の端に行く。
「ここを出る」
銀狼はそう言うと、檻のドアに体当たりすると、蝶番ごと扉ははじけ飛んだ。
その衝撃で、狼の額から血が流れていた。
狼は倒れている俺の側に来ると、その血を俺の左腕の切り口へなすりつけた。すると、俺の左腕の傷はみるみる塞がったのだった。
「おまえの名前は?」
「マックスだ。お前、出られたのか? それにさっきの血は?」
「ワタシの名前はシェリル。これから末永く血を分けた伴侶としてよろしくお願いします。マックス」
巨大な銀狼はまばゆい光を放つと姿を消し、代わりに美しい銀色の長い髪を持つ美女がそこにいたのだった。