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第2話 底辺テイマーは伴侶を見つける

 広場で一人になった俺は狼を見た。

 この狼をテイム出来たとしても、この檻に閉じ込められていてはどうしようもない。

 テイムを試す意味そのものがないのだ。

 俺は諦めて座りこんで狼を見ると、長年、ここに閉じ込められていたのだろう、汚れて真っ黒な毛並み。

 大きな毛玉が体中にできており、長い毛は瞳を覆い隠していた。

 そのあまりにもみすぼらしい姿を見て、俺のテイマー魂に火が付いた。

 もともと、俺はモンスターが好きでテイマーになったのだった。

 美しく、生命力にあふれ、いろいろな能力を持つモンスターたち。何の能力もない俺とは違い、その存在自体に憧れてテイマーになったのだが、才能がなかったのだろう、結局、これまででテイムできたのは死んでしまったソナーバッド一匹だけだった。

 俺は何の役にも立たない、いらない存在だとここに来て、痛感させられる。

 ここで俺は死ぬ。

 ならば、最後に……。


「なあ、狼よ。生きているか? 俺の身体を食って良いから、ひとつ頼みを聞いてくれないか? その毛並みを綺麗にさせて欲しいんだ」


 俺の言葉に、狼の瞳はゆっくりと開くと、ちらりと俺を見てすぐに瞳を閉じた。

 生きていた。それだけで俺の胸は高鳴った。

 しかし、その瞳は全てを諦めたように濁っていた。


「……騙されて閉じ込められた同士だ。好きにしろ」


 狼は吐き捨てるように言った。

 どうせ死ぬなら、美しいモンスターに殺されたい。俺はそう考えると、何も怖い物はなくなった。

 俺はバッグの中からトリマーセットを取り出して、ゆっくりと巨大な狼に近づいた。

 左手にブラシ、右手にハサミを持って近づいて、狼に話しかける


「安心してくれ。毛並みをそろえるだけだから」

「そんなもんで、ワタシの身体が傷つくものか……好きにしろ」


 俺はブラシをかけて、毛玉を切り取っていくと、ぼとりぼとりと毛玉が落ちていく。

 何年、この檻に閉じ込められていたのだろうか? 汚れと油で固まった毛玉の数々。

 どんどん毛並みをそろえていくと、俺はこの狼の毛の色が黒でないことに気がついた。


「ほら、綺麗になった。あと、シャンプーもさせてもらうよ」

「……」


 先ほどと同じように狼は目を開けると、今度は俺をじっと見た。綺麗な青い瞳。

 そして、何も言わずに瞳を静かに閉じたのだった。

 俺はそれを了承の印と取って、シャンプーを始めた。

 そしてバッグにあるだけの水で洗い流すと、綺麗な銀色の毛がそこにはあった。


「ああ、やっぱり美しい銀色だ。キミは綺麗な銀狼だったんだね。これで思い残すことはない。約束通り、ひと思いに俺を食ってくれ。こんな所に閉じ込められていては、長い間なにも食べてないだろう」


 満足のいった俺はそう言って、狼の前に大の字になった。


「……いらん。どうせ、もうすぐワタシも死ぬ。まあ、道連れが出来ただけマシか」


 そう言って、狼はまた目を閉じて横になった。


「それじゃあ、俺の気が済まない。約束は約束だ……そうだ!」


 俺は自分の左腕の根元をロープで縛り、止血をすると、手斧で左腕を切り落とした。


「お、おまえ! 何をしてるんだ!」

「悪いな。とりあえず、左腕だけ先に食ってくれ。水もなくなったんだ、俺の方が先に死ぬ。その時は俺の身体を全部食べて、生きてくれ。俺みたいな駄目人間の命で、キミのような美しい狼が生きながらえてくれれば、ここまで生きてきた価値があるってもんだ」

「……さっきから、ワタシを美しいと言うが、怖くはないのか? ワタシの事を怪物だと、思わないのか?」

「何を言っているのか分からないが、俺はキミほど美しい狼を見たことがない。一生、キミの側で見ていたいぐらい綺麗だよ」

「……そうか」


 狼はゆっくりと体を起こすと、俺の血まみれの左腕をペロリと飲み込んだあと、立ち上がると同時に、大きくひとつ吠えた。


「そこをどいてくれ」

「何をするつもりだ?」


 失血でめまいをし始めた俺は、転がるように檻の端に行く。


「ここを出る」


 銀狼はそう言うと、檻のドアに体当たりすると、蝶番ごと扉ははじけ飛んだ。

 その衝撃で、狼の額から血が流れていた。

 狼は倒れている俺の側に来ると、その血を俺の左腕の切り口へなすりつけた。すると、俺の左腕の傷はみるみる塞がったのだった。


「おまえの名前は?」

「マックスだ。お前、出られたのか? それにさっきの血は?」

「ワタシの名前はシェリル。これから末永く血を分けた伴侶としてよろしくお願いします。マックス」


 巨大な銀狼はまばゆい光を放つと姿を消し、代わりに美しい銀色の長い髪を持つ美女がそこにいたのだった。

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