俺は檻の扉を見て驚いた。
「何がどうなっているんだ?」
「この檻には呪いがかかっていて、内側からは開かなかったのよ」
「え、でもさっき、内側から開いたじゃないか」
「一度、外から鍵が開いてしまえば呪いは消えるの。呪いさえなければあんな扉なんてワタシにとって何の障害でもないわよ」
「でも、俺はキミをテイムしてないぞ」
「なに? テイムって? さっき愛の告白をしてくれたじゃない。一生側にいたいって、ワタシ、嬉しかった」
シェリルはもじもじしながら赤くなっていた。
俺はそういう意味で言ったのではないのだが、まあいい。こんな綺麗な
「さあ、こんな辛気くさい所は出ましょう。マックス」
「ああ、でも大丈夫か? たった二人でこんなダンジョンの奥深くから帰還できるのか?」
「大丈夫よ。この檻に閉じ込められるまでは、ワタシこのダンジョンの主だったんだから。目をつむっていても出られるわよ」
そう言って、シェリルはダンジョンの奥へと軽やかに歩き始めた。
「ちょっと、待ってくれ」
「何? 体調が悪い?」
そうだった俺は左腕を切り落としたところだった。左腕自体は無いままだが、傷口は完全に塞がり、体調自体は切り落とす前よりもすこぶる良かった。シェリルの血の影響だろうか。
「体調は大丈夫だ。それより、ダンジョンの入り口は反対側だろう」
「そうなんだけど、人間ってお金が必要でしょう。奥に行って隠している財宝を取って、隠し通路から出ましょう」
「分かった。それともう一つ」
「なに?」
「服を着てくれ」
抜群のプロポーションの裸体が目の前にあり、目の置き所に困っていたのだった。
バッグから予備の服をシェリルに渡すと、シェリルは黙って服を着た。
俺のシャツなのだが、シェリルの太ももまで隠れてくれた。
「マックスの匂いがする」
シェリルは服を少し上げてクンクンと嗅ぎ始めた。
「ごめん、そういうのは止めてくれ」
「え~良い匂いなのに~」
「それよりもさっさとここを出よう」
「分かったわ。こっちよ」
シェリルはその柔らかな身体を俺の半分になった左腕に押しつけて、ダンジョンの奥へと歩き始めた。
しばらくダンジョンの奥に進むとシェリルが立ち止まった。
「ここに罠があるから気をつけてね。ワタシの後について来れば大丈夫だから」
大きな通路の地面には足の大きさ大のタイルが敷き詰められていた。
そこをぴょんぴょんと順番に踏んで先へ進むシェリル。俺もその後ろについて進む。
「あ!」
左腕がないためか、俺はバランスを崩して別のタイルを踏んでしまった。
地面に落とし穴がぽっかりと空く。
シェリルは落ちる前の俺の首根っこを捕まえてくれたので、間一髪、落とし穴に落ちずに助かった。
「気をつけてね。あなた」
「ああ、ありがとう」
俺は冷や汗を拭う。落とし穴の下は真っ暗で、どこまで続いているのか分からなかった。
その落とし穴から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい、誰かそこにいるのか? 助けてくれ~!」
パーティのリーダーであるトリスだった。声は聞こえるが、姿は全く見えなかった。
どうやらあちらからもこちらが見えていないようだった。
「斥候役がいなくなって、落とし穴に落ちてしまったんだ。すまないが、ロープを下ろしてくれないか?」
その言葉と同時に、落とし穴の中が急に明るくなった。
魔法使いのマーヤが魔法のライトを使ったのだろう。
落とし穴の高さは三~四メートルくらいだろうか、剣士のダニエルやシーフのジョンの姿も見えた。
俺の姿が見えたトリスが俺に向かって叫んだ。
「あ! マックス! お前が斥候役を止めやがったせいで、俺たちは落とし穴に落ちたんだぞ! さっさと助けやがれ! 今なら許してやる」
「おい、トリス。今、どういう状況か分かって、そんな口を利いているのか?」
「そ、そうよ、トリス、あなた何言ってるのよ。マックス、あたしはあなたがそんなことをする人じゃないって知ってるわよ。ねえ、ここを出してくれたら、良いことをしてあげるから……ね、助けて。反省してるから」
マーヤは女の武器を使って甘えるように訴えてきた。
普通であれば、その言葉に俺の心も少しは動いただろう。そして現に、俺は助けても良いかなと思い始めていた。
しかし、その言葉が逆鱗に触れたのはシェリルだった。
「マックスはワタシの恋人なの! あんたなんかには渡さないわよ! お前達のやりとりはワタシも聞いていたんだよ。お前達なんてここで死んでしまえ!」
それまで静かにやりとりを聞いていたシェリルが、声を荒げた。
その声にしばらくシーンとなる。
「なあ、マックス。本当にさっきは悪かった。俺たちはお前に許されない事をしたのは確かだ。許してくれとは言わない。だが、お前にお詫びの機会を与えてくれないか? お前が望むことをできる限り対応させて貰う」
シーフのジョンは後悔した声で提案してきた。
檻の鍵を閉めたのはトリスの命令だったのだろう。パーティの中で唯一、ジョンは俺に好意的な態度を示してくれていた。
ほかの連中には腹が立つが、ジョンをこのままにするのは心苦しい。
「……分かった。ちょっと待っていろ。ロープの準備をするから」
「マックス、こんな奴らを助けるの?」
「そうは言っても昔の仲間だからな。ただし、この落とし穴から助けたら、後は別行動をする」
俺はロープの準備をしながらシェリルに応えた。
片手になってしまった俺はロープの準備に手間取ってしまう。当然俺一人で、なおかつ片手でロープを支えることなどできない。適当なところにロープを結ぼうとするが、それも片手だとなかなかうまくいかなかった。
シェリルは昔の仲間たちに何の思い入れがない。逆に怒りしかないため、俺を手伝おうとはしなかった。
そんなシェリルが落とし穴の中を見ながら話しかけてくる。
「優しいところがマックスの良いところだから任せるわ。でも、急いだ方が良いかもよ」
「え!? どういうことだ?」
俺がシェリルに聞いた瞬間、落とし穴から数名の悲鳴が響き渡った。
慌てて落とし穴をのぞくと、そこには床を埋め尽くすほどの大量の巨大ミミズがいた。
「何だあれは!?」
「肉食ミミズよ。落とし穴の掃除屋。あいつらにかかれば、人なんて骨も残らないわよ」
俺は慌ててロープを下ろしたが、すでに落とし穴には大量のミミズしかいなかった。