シェリルに案内されて隠し部屋に行くとそこには、古い金貨から宝石まで、金目の物が山積みに置かれていた。
到底、全て持って帰れる量ではなかった。
「これは?」
「ダンジョンの掃除屋って、さっきの肉食ミミズだけじゃないのよ。コボルトが死んだ人から金貨や宝石なんかを集めてくるのよ。全部持って行くとコボルトに怒られるから、止めておいた方が良いけど半分くらいなら大丈夫よ」
半分だって持って帰れる量ではなかったので、俺はできる限り高価そうな物を選んでバッグに詰めると、シェリルと共にダンジョンを出たのだった。太陽は天高くあり、ダンジョンのじめっとした空気とはまったく違った爽やかな風が吹いていた。
隠し通路から出るとこんな所に通路の入り口があったのかと驚く場所に出た。
山の中腹あたりの人が入ってこれないような辺鄙な場所だった。
「ここからさっきの宝物庫に行けるけど、鍵をかけておくね」
そう言って、手を振ると扉はただの岩にしか見えなくなった。
はっきり言って、俺は山を下りると一人では絶対ここには来れないだろうと確信した。
さて、ここからどうやって街に戻ろうかと思案していると、シェリルは服を脱ぎ始めた。
「な、何してるんだ? こんなところで素っ裸になって!? 服を着てくれ」
俺は手で目を覆いながら、シェリルにお願いした。
「だって、このまま元の姿になったら服が破れちゃうでしょう。さあ、乗って、街まで行くんでしょう」
「乗ってって?」
俺がシェリルを見ると、いつの間にかあの檻で見た美しく気高い巨大な狼がそこにいた。その青い瞳は慈しむように俺を見て、俺が乗りやすいように体をかがめた。
俺は不安げにシェリルの背中に乗った。
「大丈夫なのか?」
「あなたひとりくらいワタシが支えてあげるわよ。しっかり捕まっててね」
そう言うとシェリルは突風のように走り出した。
街の近くまでの約三十分、俺は生きた心地がしなかった。それほどシェリルの走るスピードは速かった。
シェリルはまた、人間の姿になると、俺のシャツに身を包んだ。
俺たちは、街へ戻ると早速、宝物庫から持ってきた貴金属や宝石を換金した。
一気に換金すると変に噂になって、おかしな輩に絡まれるのが怖かったので、当面、シェリルの服と食べ物が確保できる程度にとどめた。
これならば、ダンジョンで小銭を稼いできただけの冒険者に見られるだろ。
まず、俺たちはシェリルの服を買いに行った。
当然と言うか、予想できたことなのだが、シェリルはどんな服もよく似合っていた。ドレスなどを着るとどこのお姫様かと思うほど美しかった。俺はいくつもドレスを含めてシェリルに似合う服を買いたかったのだが、シェリルの服に対する要望はふたつだった。
動きやすいもの。
そして、すぐに脱げるもの。
そうすると、丈の短めのワンピース一択になってしまった。
「ねえ、ワタシこれが気に入ったわ」
そう言って、シェリルが選んだのは、透き通る青空のような色のワンピースだった。
「ワタシ、青空なんてもう何十年も見てないのよ。すごいわね。服で空が表現できるなんて」
そう言ってはしゃぐシェリルは、幼い少女のようだった。
「じゃあ、それにしようか。あと何着か、必要だろう」
「そうね」
ぐー。
シェリルがそう言った時、シェリルの腹が大きな音を立てて食事を要求した。
「ご飯食べに行こうか。俺もお腹空いたよ」
「賛成!」
さっさと服を見繕うと、俺たちは酒場へと繰り出した。
いつもトリス達と一緒に行っていたなじみの酒場だった。冒険者が集まる酒場。決して上品な店ではないが、手軽な金額で腹ぺこの冒険者達の腹を満たしてくれるありがたい店である。
俺たちは奥の小さなテーブルに腰掛けた。
「お酒は飲めるのか?」
「飲んだことないけど、大丈夫じゃない? それよりもお肉が食べたい!」
「了解です」
金の心配をする必要は無かった。とりあえずウサギの肉のシチューと鳥の塩炒め、それにビールを注文した。
注文を終えた俺は、シェリルに尋ねた。
「それで、これからどうする?」
「どうって? まずは新居を決めて、結婚式を挙げましょう。そうね。子供は3人以上欲しいわね」
「いやいや、住むところを決めるのは大事なんだが、仕事をどうするかだ。冒険者を続けるにしても、トリス達は死んでしまったし、俺はこの通り、片腕だけになってしまった。その上、君の姿は隠しておいた方がいいだろう。そうすると二人だけで冒険者を続けるのは難しいだろう」
「え!? あのお金だけじゃ生活していけないの?」
持ってきた貴金属だけで数年は暮らせるだろう。足りなくなればあの宝物庫に取りに行けば良い。でも、何もしないのに金を持っているのは怪しまれてしまう。嫉妬の対象にもなるだろう。何らかの仕事をしながらなら、そんな無用な心配もしなくてすむ。しかし、片手になってしまった俺が働ける事は少ない。それを説明するとシェリルは面倒くさそうに言った。
「そんな嫉妬するような連中はみんな頭をかみ砕いちゃえばいいのよ。そうすれば誰も文句を言ってこないわよ。ワタシはそうやってあのダンジョンに君臨したんだから」
「でも、それで最後にはあの檻に閉じ込められたんだろう」
「違うのよ。あれは、ちょっと事情があって、ねっ」
何が「ねっ」なのか分からないが、檻に閉じ込められた理由はあまり聞いて欲しくなさそうだった。
「それよりも、その腕のことなんだけど、ワタシの知り合いなら、どうにかなるかもよ」
「なに! 本当に治せるのか?」
「まあ、治すのとはちょっと違うけど。まずはご飯を食べましょう」
シェリルがそう言うと、ちょうどビールとシチューがやってきた。
「そうだな。まずはダンジョンで俺を助けてくれてありがとう。そしてこれから、よろしくな。乾杯」
俺が木のジョッキを軽くかかげると、シェリルは不思議そうな顔をした。
「ああ、お酒を飲むときのあいさつのようなもんだ。同じようにかかげて、ジョッキを軽く当てるんだよ」
「こう?」
シェリルは恐る恐る俺のジョッキに自分のジョッキを当てた。
「そうそう、それで、乾杯って言うんだよ」
「乾杯」
「はい、乾杯」
そう言って、俺は生きて戻れた事を感謝しながらビールを一気に飲んだ。
それを見たシェリルも一気に飲み干した。
「おい、大丈夫か? 無理するなよ」
「……うん、大丈夫みたい。ちょっと苦いけど、美味しいわね」
俺が心配するほどでもなかったようだった。ビールのおかわりを注文している間に、シェリルがシチューを食べ始めた。
お皿を両手で押さえながら顔から突っ込み、肉にかぶりつく。
俗に言う犬食いだ。綺麗な銀色の髪はシチューに入り、顔いっぱいにシチューを付けていた。
「おいおい、シェリル。ちょっと待った!」
俺は慌ててシェリルを止めると、ハンカチでシェリルの顔を拭いてあげた。
そうするとシェリルはなぜか嬉しそうに笑っていた。
「何がおかしいんだ?」
「だって、マックスが初めてワタシの名前を呼んでくれたんだもの」
「そうだったか?」
「そうよ。マックス」
改めてそう言われると、なんだか気恥ずかしくなってきた。
「そ、それよりも、シチューはスプーンを使って食べるんだよ」
俺は手本を見せると、シェリルは小さな子供のようにスプーンをわしづかみして食べ始めたのだった。その姿を見ると、俺はシェリルのことをなんだか可愛らしく感じた。