山で一晩過ごした俺達は日が昇ると共に目を覚ました。
グー!
俺じゃない腹が鳴る音がした。
「おはよう、シェリル」
シェリルは目を覚ますと同時にお腹の音であいさつした。
涼しく爽やかの山での目覚めだが、昨日の酒場での食事の途中で逃げ出した上に、シェリルは長い間食事をしていない。腹が空くのもしょうがない。俺は夜の間に仕掛けていた罠を確認しに行ったが、残念なことに何もかかっていなかった。
夜の間にモンスターや動物たちが襲ってこなかったのは幸いだった。
「お腹空いたよな。とりあえず食料を探しながら、隣街を目指そう」
「そうね。この時期だと魔柿(まがき)に実がなってるわよ」
「ずっとダンジョンの中にいたのに良く今の季節がわかるな」
俺はシェリルの言葉に驚いた。確かに今の時期は、山奥にだけ生える魔柿と呼ばれる果物がなる。
魔柿は柿の一種なのだが、その中に魔力をため込んでいる。そのため、魔法使いたちが好んで食べる。
俺は灰に砂をかけて、キャンプをあとにした。
この山を越えるととなりの港街へ行ける。
俺達は歩き始めた。
幸いなことにダンジョンに持って行った道具を、そのまま持って酒場に行ったのがせめてもの救いだった。
「おかしいな?」
俺は一時間ほど山を歩いて異常に気が付いた。
「どうしたの?」
「おかしい」
「なにが?」
「鳥の鳴き声が聞こえない。それに動物の気配もない」
自慢ではないが俺は底辺テイマーだ。トリスたちと組むまでは、ダンジョン探索だけでは生活が成り立たなかった。その補填に何でもやった。収穫期は農家の手伝い、狩猟時期には猟師の手伝いもやっていた。そのため獲物の発見には自信があった。
しかし、動物の気配どころか鳥の鳴き声一つしない。
この山には動物がいない死の山なのか?
「あ、ああ。ごめんごめん、久しぶりで忘れてた! ついつい、楽しくて油断して気配消すの忘れてた。ごめんね」
シェリルは自分の頭をぽかりと叩いて、ぺろりと舌を出した。
何だこの可愛い娘は。
いやいやそれより、今、なんて言った? 気配を消すのを忘れてた? もしかして、昨日の夜からモンスターも動物も見かけないのはシェリルが居たから? そう言えば、こんな姿をしているが、真の姿は巨大な狼だ。そのシェリルを恐れて動物たちは逃げ出したというのか。
まさかな。たまたま今日、運が悪かっただけだけだろう。
「なんだかよくわからないけど、いいよ。さっさと食べ物さがそう」
しばらく山を分け入ると、鳥の鳴き声が戻って、魔柿も見つけることが出来た。
「この木って魔柿だな。しかし、まだ実がなっていないな。奥を探してみようか」
俺が草をかけわけ奥へ行くと、何やら鳴き声が聞こえてきた。
俺はシェリルに合図をして、気づかれないように移動した。
食べられる動物ならいいな。俺も腹が減ってきた。
その動物は木の上にいた。
それも一匹や二匹ではない。軽く十匹以上は群れでいた。
白い毛に真っ赤な肌の猿。尻尾が二本あり、その尻尾を器用に使い、木の上にいた。
「あれは、魔柿猿だな。流石にあの数は多すぎるな」
魔柿猿はその名の通り魔柿を主食にする猿だ。それほど危険性のない動物だが、群れで襲われると流石に危ない上に、木の上から一方的に攻撃されてはどうしようもない。
俺に左手があれば弓で応戦することも出来るが、片手で扱えるのはクロスボウくらいしかない。しかし、クロスボウでは連射が効かない上に、飛距離も厳しい。
俺は魔柿猿が立ち去らないか様子を見ていると、魔柿猿は魔柿を食べながら、何やら地上に向かって威嚇をしていた。
ある者はまだ熟していない固い柿を投げつけたり、糞を投げてつけていた。
その地上から、魔柿猿に向かって文句を言っている声が聞こえた。
「猿! 柿を分けてよ。そんなにいっぱいあるんだから、一個くらい分けてよ。パパにあげるんだから」
俺はその声の主を見て驚いた。
そこには高さ一メートルくらいの薄ピンク色の蟹が叫んでいた。
右手のハサミは異常に大きく、左手にはカメの甲羅のようになっており、その甲羅で魔柿猿が投げつけてくる物を防いでいる。