「なんだ? あの蟹は」
俺は思わずつぶやいた。
「美味しそうね」
俺のつぶやきに答えたのはシェリルだった。
おい、蟹は美味いけど、喋る蟹は食わないぞ。あの、ほんのりピンク色の蟹は甲羅が艶やかで綺麗じゃないか。食べるなんてもったいない。あれは食べるものじゃなくて愛でるものだぞ。
そんな俺の心の叫びをシェリルに伝えると魔柿猿たちに気が付かれてしまうかも知れない。
「蟹を助けよう」
「どうして?」
「どう見ても弱い者いじめじゃないか。あの蟹は魔柿が欲しいだけだろう」
俺は底辺テイマーとして散々いじめられて来た。だから、どうしても弱い者の味方をしたくなる。
そう答えた俺にシェリルがぎゅっと抱きついて、その胸を押しつけてきた。
「ちょっ、なんだ。こんな時に」
「優しいあなたが好きよ。じゃあ、美味しそうな餌を食べちゃいましょうか」
そう言うと、シェリルは木の陰から飛び出した。
蟹を食うつもりか!? 俺は思わずシェリルを止めようとした瞬間、シェリルは服を脱ぎ捨てると元の銀狼の姿になり、木を登って行った。魔柿猿の群れはそのシェリルの姿を見て、一瞬でパニック状態になっていた。
シェリルは大きな口を開けると、群れの中でもひとまわり大きな魔柿猿の腹に噛みついた。
恐らくボス猿なのだろう。
魔柿猿たちはますますパニック状態に陥っていた。
そんな群れを尻目に、巨大な銀狼になったシェリルはボス猿を飲み込んだ。
そして、二匹目、三匹目と噛みつき、飲み込んでいった。
ここに来てやっと、魔柿猿たちはシェリルを恐るべき脅威と認識したように、各々逃げ出したのだった。
魔柿猿たちが完全に見えなくなると、熟れた魔柿をいくつも取って、木から下りてきた。
「マックス、魔柿を取ってきたわよ」
シェリルは魔柿猿などいなかったかのように、平然として魔柿の山を俺の目の前に置いてくれた。
熟した魔柿は柔らかく、手でも皮がむけた。
皮をむくと中から甘い香りの果汁が染み出てきた。
腹が減っている俺は思わずかぶりついた。
甘くて美味い。その上、身体の奥底から力が湧いてくるようだった。
魔法職でない俺が初めて口にする魔柿は魅惑の果実だった。これは蟹も欲しがるのも頷ける。
シェリルと俺から距離を取って、そのつぶらな瞳でこちらをじっと見ている蟹に俺は話しかけた。
「よう、蟹よ。魔柿が欲しいか?」
「……欲しい」
蟹はどこから声を出しているのかわからないが、確かに答えた。
俺は黙ってシェリルを見ると、特に俺の考えに反対する様子もなく、俺の隣で毛づくろいを始めた。
「俺はマックスだ。こっちの銀狼はシェリル。お前の名前はなんて言うんだ?」
「……カサミ」
「そうか。親父さんのプレゼントにするのか?」
蟹のカサミはその身体を傾けた。どうやら頷いたようだった。
「じゃあ、この魔柿の半分をカサミにあげよう。俺は家族思いの子って好きなんだ」
そう言って俺は目の前に置かれている魔柿の半分をカサミに渡すと、その大きなハサミをぶんぶん振って、山を下りていった。
「猿どもに取られないように気をつけてな」
「うん、わかった。ありがとう」
カサミが見えなくなってから、シェリルは人間の姿に戻った。
「ねえ、マックス。わかってると思うけど、さっきのってただの蟹じゃなくてクラブジラの子供よ。あなたたちが言うところの魔獣の一種よ」
魔獣がモンスターの上位種に当たり、高い知能と身体能力を持っていることは、テイマーである俺は知識として知っている。しかし、実際に見るのははじめてだった。はじめて? あれ?
「なあ、気を悪くしないで欲しいんだが、シェリルも魔獣の一種か?」
俺の言葉にシェリルは深いため息をついた。
「そうよ。今まで気が付いていなかったの?」
「じゃあ、さっきのカサミもシェリルのように変身するのか?」
「知らないわよ。でもワタシの知り合いのクラブジラが変身したところは見たことがなかったわよ。もうかなり昔にあったきりだけどね」
シェリルの知り合いに、先ほどのような魔獣の蟹、クラブジラがいるのか。
ドワーフの知り合いも居たり、シェリルは人脈が広いな。そう俺はただただ感心したのだった。