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第10話 底辺テイマーと魔獣の話し合い

「どちら様ですか?」


 俺はこの場をどう切り抜けようか考えていた。

 男の見た目は良いが、貴族なんて者は俺達平民、それも冒険者なんて、その辺の石ころか、都合の良い道具にしか思っていないはずだ。何か自分の都合でもなければ俺のような者に声をかけるわけがない。そして、それが俺にとって何の利益はないだろう。触らぬ貴族に面倒無し。


「ああ、すまない。私の名はオックスフォード・カイン。一応、この街の領主をしている。たまたま市場の視察に来ていたら、とびきりの美人が豪快な食事をしていると聞いて来たら、ドワーフの話をしているではないか。興味深いのを通り越して、思わず声をかけてしまったんだ」


 そう言って、にっこり笑うと、シェリルの隣に腰掛けて、ビールを三つ注文した。

 隣に座られたシェリルは明らかに嫌そうな顔をして立ち上がった。


「領主様、すみません。彼女は食べ過ぎてしまって、具合が悪くなってしまったみたいです。それでは失礼します」


 そう言って俺も立ち上がると、シェリルの手を引いて市場から出て行こうとする。俺たちの行く手を阻むように屈強な付き人二人が動いた。

 やはりな。自分の言うことを聞かない奴は力尽くで言い聞かせる。それが貴族って奴だ。

 どうしようか困っていると、シェリルがいらいらしているのに気が付いた。

 まずい、ドドンガの時のようにこの付き人を殺してしまっては、街を逃げ出すだけでは済まない。


「シェリル、抑えてくれ」


 俺はシェリルの手ぎゅっと握った。

 しかし、どうするか。嘘八百並べて煙に巻くか? 強硬手段は取りたくない。


「おい、彼女の具合が悪いんだ、通して上げなさい」


 その言葉に付き人たちは道を空けた。

 助かった。俺の悩みは領主カインの一言で消し飛んだ。

 俺は軽く会釈をすると、市場を後にしようとする。


「ちなみに、あなたの名前を教えて貰っていいかな?」

「マックスと申します。急ぎますので、それでは」


 俺はそれだけ言い放つとさっさと、その場を後にした。


~*~*~


「なんで、止めたの? あんな連中、猿どもよりよっぽど楽よ」


 市場を遠く離れた路地でシェリルは文句を言った。

 人間の世界とは無縁のシェリルには、ただ、自分が気に入らない相手、仇なす相手は力尽くで排除するのが普(・)通(・)なのだろう。


「そうだな。だけど、別に誰かが襲われていたわけでは無いだろう。猿たちは蟹をいじめていた。彼らはただ、俺達に話しかけてきていただけだ。危害を加えようとしていたわけじゃないだろう。ああいうのを片っ端から殺していると俺達が住むところをなくすだろう。だから、俺が良いと言うまで、シェリルの力は抑えてくれないか?」

「……」


 俺の言葉にシェリルは頭をかしげながら聞いていた。

 魔獣には魔獣の常識があり、彼女なりの行動原理があるはずだ。それを頭から否定するつもりもない。ただ、俺にも譲れない部分はある。これから少しづつでいいから、それをお互い話して、すりあわせて行くしかない。それが、これから二人で生きて行くと言うことなのだろう。


「シェリルにはシェリルの考えがあるのもわかる。それと同じように俺には俺の考えがある。まだ知り合って数日だ。そうだ! なにかあればこれからお互い話そう。些細なことでもいい。やって欲しいこと、嬉しいこと、されて嫌なこと。何だっていい。少しづつお互いを理解していこう」

「……」


 シェリルは俺の言葉を理解しようとしているのか、その大きくて美しい瞳でじっと俺を見ていた。


「まず、無闇に命を奪うのは厳禁だ。ただし、俺達の命を奪おうとする奴は無条件で反撃していい。それと弱い者いじめをするような奴は懲らしめてもいい。これだけは守ってくれ。いいな。

「……うん、わかった」

「それで、シェリルから俺に言いたいことはあるか?」

「他の女を見ないで。ワタシだけを見て」


 そう言って俺に抱きついた。

 その身体は柔らかく暖かく、そしていい香りがした。


「ああ、わかった」

「それから、時々でいいから山でしたように撫でて欲しい」


 え、寝ている時に撫でいたのが、気が付いていたのか?

 気が付いていないと思ってやった行動が筒抜けだったとは。俺はちょっと恥ずかしくなった。


「あ、ああ、わかった」

「じゃあ、早速撫でて」


 シェリルがそう言うと、人間の姿のまま、狼の耳と尻尾がぴょんと生えた。

 尻尾は早く撫でてくれと言わんばかりに、左右に揺れていた。

 俺は覚悟を決めて撫でてやることにした。

 犬科の動物が撫でられて喜ぶところ。

 ズバリ、耳の根元。


「……あっ」


 俺がシェリルの耳元を撫でてやると、シェリルは熱のこもった吐息を吐く。

 やっぱり、魔獣とは言え、犬科と一緒か。

 痛くならないように優しく。撫でてやったり、軽く掻いてやったりした。


「あっ……嗚呼。んっ……いい」


 シェリルから漏れる声はだんだんと甘い声になる。

 よっぽど気持ちいいんだろう。犬は良く耳の後ろを掻いたりしてるもんな。

 じゃあ、次はアゴの下だな。

 俺がシェリルのアゴの下を撫でると、シェリルはトロンとした瞳で、俺を見上げた。

 よしよし、やはりここは鉄板だな。

 ん? なんで、シェリルは目を閉じて、若干唇を俺に突き出しているんだ? まるでキスをせがむように……あ! 俺がアゴ下を撫でるように持ち上げたせいで、キスしようとする体勢になってしまった。


「……早く」


 シェリルが俺にせがむようにつぶやいた。

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