俺が目を覚ますと、ベッドのそばにはシェリルがいた。
「マックス、目が覚めた? 大丈夫?」
頭は霧に包まれているようで、ぼんやりとしている上、身体は重く、まともに動けない。
俺はシェリルの声に小さく頷くことしかできなかった。
「ああ、マックス君。まだ、麻酔が効いているから、身体がまともに動かないだろう。シェリルの血を入れておいたから、もうしばらくすると、麻酔も切れてくるから安心したまえ」
心配そうなシェリルの隣にいるドワーフの女性ランリーが声をかけてきた。
そうだった。真っ白な部屋の台に横になったかと、何やらガスを吸わされて眠くなり、気がつくと今になっていた。
「さあ、もう一眠りしたまえ。シェリルも大分血を抜いたから疲れただろう。休みなさい」
ランリーの言葉に俺は静かに目を閉じた。
そして次に目覚めた時、驚くほど俺の身体は軽くなっており、それだけでなく左腕には機械の腕がしっかりとついていた。
「コイツ、動くぞ」
上半身を起こして、左手を動かしてみた。小さく金属のすれるような音がするが、まるで自分の腕のように自由に動いた。
シェリルを助けるために自ら切り離した腕とは言え、後悔がなかったと言えば嘘になる。無くして初めて分かった自分の身体の大切さ。
「どうしたの? どこか痛い?」
そう言って、隣にいた人の姿のままのシェリルが俺の頬をなめた。
そこで俺は初めて気がついた。涙を流していたのだ。嬉しかったのだ。自分の腕が戻って。
「大丈夫。ありがとう。どこも痛くない」
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
「自分が思っていたより、腕が戻って嬉しかったのかもしれない。ありがとうな、シェリル」
俺はシェリルの頭を左手で撫でた。しかし、いつものような柔らかなシェリルの体温は伝わって来なかった。当たり前だ。それは借り物の腕なのだから。でも、それでも、これまでのように動かすことは可能なのだろう。
俺は、なんとなく、シェリルを感じたくて右手でシェリルのしなやかなでつややかな髪の毛を撫でた。
気持ちよさそうに目を閉じて、微笑むシェリル。大人の魅力の中に、少女のような爽やかな微笑みを見せる。
俺は思わず、ぎゅっと抱きしめると、シェリルは驚いたように一瞬、ピクリと身体を震わせたが、力を抜いて素直に身を委ねてきた。
俺は身体全体でシェリルを感じる。肌のきめ細やかさ、甘い匂い、ほんのり温かな体温。とくとくと響かせる鼓動。
綺麗なピンクのつややかな唇に俺の唇が吸い込まれるように近づく。
「オッホン!」
突然の第三者の咳払いに俺は思わず、シェリルの身体を引き離した。
「なによ、ランリー! もう少しくらい待てなかったの!?」
「二人でイチャイチャしたい気持ちは十分理解しているつもりだが、彼は病み上がりな上、キスだけで我慢できるのか? シェリル」
そこには見た目だけは十代の少女のドワーフの長老ランリーがあきれ顔で立っていた。
「我慢できるわけないじゃない!」
「だろうね。だから、そうなる前に止めさせてもらったよ。さあ、往診だよ。あんたの血は強力だけど、その分、人族の身体にちゃんとあっているかどうか確認しないと危険だからね」
そう言って、ランリーは細長い透明の筒の先に針のついた物を俺に向けてきた。
俺は初めて見たそれを指さして不安そうに聞いた。
「それは?」
「ああ、これは注射器だよ。薬を直接身体の中に入れる機器だけど、逆に身体から少しだけ血を採るのにも使えるんだよ。ちょっとチクッとするだけだから、そんなに恐れなくても大丈夫だよ」
そう言うとランリーは俺に腕に注射器を刺すと、その透明な筒の中に俺の血が流れ込んで行き、注射を抜くと、俺の腕には蚊に刺された程度の傷しか残らなかった。
ランリーは注射器の中の血を満足そうに見ていった。
「じゃあ、ちょっとこの血を調べさせてもらうよ。イチャイチャしてても良いけど、病み上がりなんだから無理はしないように」
そう言って、ランリーは俺たちを残して部屋を出て行ってしまった。