「ところで、沈まない船の件はどうなりましたか?」
食事をして、お腹が落ち着いた頃、俺は気になっていた事を口にした。
港街の領主オックスフォード卿からの依頼。漁場にいるモンスターを退治するために必要な沈まない船。
俺の左腕という個人的な目的とは別の、街の存続に関わる大事な目的。
ランリーは水を一杯飲むと口を開いた。
「ああ、一応あったぞ。私たちは海なんぞに行くことは無いのだが、研究してる者がいてな」
そう言って、数枚の紙を取り出した。
俺にはよく分からないが、何やら奇妙な船が描かれていた。一言で言うならば、ふたつの大きな船を上下にくっつけている。
「これは?」
「沈まない船の設計図だ。アホな人族でも分かるようになるべく簡易化させておいた。それを船大工に渡せば造れるだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言ってその設計図を受け取ろうとした俺が手を伸ばすと、ランリーはひょいと設計図を取り上げた。
どうやら素直には渡してくれそうになかった。
「えーっと、素直には渡してはくれないのですね」
「まあ、その腕はハヤテの父の遺品を持ち帰ってくれた礼と、シェリルと私の仲なので無償でつけてやったが、ここから先は代償無しで渡すほど私は甘くないぞ」
ランリーはその少女のような顔を意地悪く歪ませた。
「では、どのような代償を渡せばいいですか?」
「そうだな。お前さんの命とか」
そう言ったランリーの首にシェリルの右手が伸びていた。
「……と言うと、こうなるわな」
ランリーは冗談だとばかりに、冷静に答えた。シェリルがほんの少し力を入れるだけで、自分の首の骨が折れるというのに。
「冗談はさておき、今のドワーフの現状から話させて貰おう。話しづらいから手を離してくれ」
「ランリー、いくらあなたでも言って良いことと悪いことがあるわよ。本当にそんな考えを持っているならあ、あなたひとりの命じゃ済まさないわよ」
「悪かった。ちょっと悪乗りをしてしまった」
ランリーは両手を挙げた。
「シェリル、手を離してくれ、話が進まない」
俺がそう言うと、シェリルはまるで俺を守るかのように、俺の膝の上に座ってランリーを睨みつけていた。シェリルが落ち着いたのを見て、俺はランリーに話しかけた。
「それで、ドワーフの現状というのは?」
「私達は色々な発明をする事を生きがいにしている種族なので、文明レベルは人族よりもかなり進んでいる」
「そうですね。街の作りを見ても俺の知らない物ばかりですね。そんな、ドワーフ族に何の問題があるのですか?」
こんなに文明が進んでいて、何の問題があるのか想像も付かない。
モンスターに襲われたとしても、軽々撃退するだろう。そうするとドワーフ同士の内部抗争だろうか?
しかしそんな事を俺がどうにかできない。とりあえず、ランリーの言葉を待つ。
「ここは、山の中をくりぬいて造られた街だ。それは外敵から守られて、煩わしい他種族との交流をしなくて、発明に集中できる分、食料品が乏しいのだ。そのくせドワーフは酒が好きなので、麦も米も芋も酒にしてしまうんだよ。そのせいで、余計食べ物が少ないんだ。定期的で良いのだが、食料品を売りに来てくれないか?」
「それは普通に行商人に頼めば良いのではないですか?」
「私達は、他の種族との交流を嫌うんだ。お前さんはもう、私達を知ってしまっているし、誰にも懐かなかったシェリルをここまで信頼させているんだ。私はお前さんを信頼することにした」
信頼。
今までの俺に縁の無い言葉だった。冒険者仲間からも聞いたことがなかった。無能な俺を仕方が無く、使ってやる。といったスタンスだった。
俺がドワーフ族の長老に信頼されていると言うことに、単純に嬉しかった。
「分かりました。俺の本業は冒険者だが、できる限りの事はしよう。それでいいか?」
「ああ、今でも飢え死にが出るほどではないから、できる限りで良い。なるべく持ってきてほしいものは、後でメモを渡すから、よろしく頼む」
「では、設計図を渡してもらえますか?」
「もう一つ、条件がある」
ランリーは人差し指を立てた。