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第30話 底辺テイマーは口喧嘩に巻き込まれる

 上から下まで透き通るような白い女性ハットンが指さした方に振り返ると、そこには背の高い藪の陰に隠れてこちらを見ているシェリルがいた。


「シェリル、何やってるんだ?」


 俺はシェリルに話しかけると、うずくまったまま震えていた。

 怯えている? あのシェリルが怯えるようなことがあるのだろうか?


「シェリル、どうした!?」


 俺が走り寄るとシェリルは顔をあげた。その瞳には大きな涙を浮かべて。


「マックスの浮気者!」

「はあ?! 浮気? 何言ってるんだ?」

「だってそうでしょう。ほんの少し目を離した間に、そんな女と密会するなんて……浮気じゃない!」

「まあ、落ち着け」


 俺はシェリルの涙を拭いて、落ち着かせようとした。

 急にどうしたというのだろうか? 今までだってランリーと一緒に居たのに何も言わなかった。他にも街で女性と話していても特に変わった様子はなかった。それなのに、今になってなんで浮気だなんて言い始めたのだろうか?


「あの女はすぐ男に絡みついて、痺れさせて持って行っちゃうのよ!」

「あら、ひどい言い方ね。あたしは何もしないわよ。勝手に周りが寄ってくるからだけよ」

「うるさい! 性悪女」


 俺を挟んでシェリルとハットンが言い争いを始めた。

 その様子を見て、やっと俺はふたりが知り合いだと気が付いた。


「シェリル、この人のことを知ってるのか?」

「あなたもこの女の本性を見たでしょう。近づいた男を触手で絡み取って食べちゃったでしょう。あなたも下手に近づくと食い殺されるわよ」

「いくら、あたしでもいい男は食べちゃわないわよ。それにあんたの相棒を食べると五十年はグチグチ言われそうだから食べないわよ」


 ふたりの口ぶりからするとこの女性も魔獣? だからこんなモンスターが多くいる山の中にひとりで無防備な格好でいても平気だと言うことか。それに触手? 俺が見た? ということは……


「あんた! デッドハットか!?」

「あたし、その名前嫌いなの。あなたには特にハットンって呼んで欲しいな」

「うるさい、バカットン!」

「あなたとは話してないのよ。暴食!」

「暴食って言うな! 災厄!」


 ふたりはにらみ合いと怒鳴り合いを始めた。

 このままだと、魔獣の格好に戻って戦い始めそうだった。そうなれば、底辺テイマーの俺など巻き込まれて一秒と持たずに殺されてしまうだろう。


「ストーップ! ふたりとも友人なら仲良くしろよ」

「友人じゃない!」

「友人じゃないわよ」

「とりあえず、落ち着け」


 あまりのことに混乱している俺は自分にも言い聞かせるように、ふたりを落ち着かせようとした時、木々の間から二本足に巨大な棍棒を持った牛のモンスターが現れた。熊の二倍の大きさを持ち、注意深くこちらに近づいて来た。

 モンスターの名はミノタウロス。ダンジョンの処刑人と言われ、通常はダンジョンを徘徊して、冒険者達の命を刈り取るモンスターである。力だけでなく、知恵もあり、慎重で狡猾なモンスターだった。

 出会ったら、静かにやり過ごせ。さもなくば、全力で逃げろと言われる危険なモンスターである。

 剣を抜いた俺は思わず、ふたりに叫んだ。


「二人とも、逃げろ!」

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