目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第2話 孤独の理由

 クラウスは魔術も学んだ。


 魔術とは、体内に宿る魔力を発現し、その性質を基に物質や現象を自在に生成・操作する力だ。

 火、水、風、土の四系統が存在し、例えば炎を灯すことや、氷の矢を放つことができる。

 さらに、高度な使い手であれば、これらを組み合わせて行使することもできる。


 アイゼンハルト伯爵家は代々、〈風〉と〈土〉の応用である〈障壁〉魔術を得意としてきた。


 血統によっては、その血を引く者にしか使えない魔術も存在する。

 もっとも、血統を継いだからといって必ずしも発現できるわけではなく、そうした魔術は特に優れた者のみが扱えるとされている。


 アイゼンハルト家の者が代々王国軍の頂点に君臨してきた背景には、様々な要因があるが、その一つにこの血統特有の魔術の存在が挙げられる。



 王国貴族は六歳になると魔力適性を調べる。

 魔力適性とは、魔力の性質を指し、簡単に言うと魔術の向き不向き——すなわち才能の度合いである。

 適性のない魔術を使うには高度な技術が必要となるため、通常は適性のある系統の魔術のみを習得する。


 適性は、一系統しか持たない者もいれば、四系統全て持つ者もいる。

 血統によって受け継ぐとされ、下位貴族では適性を一つしか持たない者が多いのに対し、上位貴族では二系統以上の適性を持つ者が多い。

 三系統持つ者は『才能がある』とされ、四系統全ての適性を持つ者は『天才』と呼ばれる。


 複数の適性を持つ者は、通常、その内一つの適性が特に高く、他の系統の適性は低い。

 しかし、アイゼンハルトの血統は〈風〉〈土〉のいずれも高い適性を誇っていた。


 魔力適性の検査は各家庭で行われ、結果を公表する義務はない。

 だが、多くの貴族が十四歳で入学する〈貴族学院〉では魔術の試験があるため、適性はそこで否応なくおおやけになる。


 貴族は魔術を扱えなければならない。すなわち、適性を欠いている子供は

 つまり貴族の家では、六歳の頃にに遭い亡くなる子供が多い。



 また、適性診断に用いる魔術具は非常に高価で、伯爵家相当の資金力がなければ入手は難しい。

 財産が乏しい貴族家は、主家や派閥の上位の家に願い出ることで、診断を受けさせてもらうことになる。


 願い出られた貴族は断ることも可能だが、通常は応じる。

 なぜなら、分家や派閥の家で優秀な血魔術の才能を持つ者が生まれれば、それを自家に取り込めるからである。


 実の親が子を主家に差し出し、養子やお抱えの従者、あるいは他のなんらかの名目で迎え入れられるというのは、よくある話だ。

 故に、六歳の頃には不慮の事故に遭う者だけでなく、他家の子となる者も珍しくない。



 適性があっても、魔術が実際に発現できるようになる時期には個人差がある。


 訓練を始めて数ヶ月で魔術を発現させる者もいれば、数年かかる者もいる。

 魔力の小さな者の中には、学院入学の直前まで魔術が発現できない者や、ようやく発現しても本当に小さな魔術に留まる者もいるが、十四歳を越えて発現する〈貴族〉は存在しない。 


 ――魔力適性の検査の時と同じである。

 子として育てられていても、魔術を発現できない者は、貴族ではない。

 だから〈貴族〉として学院に入れることはできない。



 学院は、勉学や体術に長け、相応の資金力があり、そして後ろ盾になる貴族の推薦が得られれば平民も入学できる。


 なぜなら、学院で学ぶ内容は、「貴族に仕えるために必要な知識」でもあるからだ。


 平民は生命活動に必要な最低限の魔力しか持たず、当然ながら魔術を使えない。

 そのため魔術の授業はただ見学するだけであり、貴族の力とその恐ろしさを叩きこまれる時間となる。


 学院に入学できるほど優秀な平民は、そこで生き物としての上下を学ぶのだ。


 ゆえに、貴族の家で生まれ魔術が使えなくとも、学院に入学すること自体は可能だ。〈平民〉として入学すればいい。


 しかし魔術を扱えない血族など恥でしかない。

 “処分”されるか、屋敷の奥に隔離され、相応の扱いを受けるのが普通だ。



 クラウスの適性を調べた結果、四系統全てに適性があることが分かった。

 この頃、王国で四系統全ての適性を持つ者は、クラウスただ一人だった。


 父・クラウディウスは、それを喜ぶべきか、嘆くべきか迷った。



 貴族の家では、幼いころから魔力や魔術について学ばせる。

 基礎を教え、その知識を基に実践させることで、魔術の暴発を防ぐのだ。


 魔力が暴発し制御が利かなくなった状態は「魔力暴走」と呼ばれ、ある程度以上の魔力を持つ者が起こすそれは、小規模な災害と化す。


 例えば、〈風〉の暴走であれば竜巻が起きたように、〈水〉の暴走であれば何もない場所から洪水が発生したように、〈土〉の暴走であれば地震が起きたように、〈火〉の暴走であれば火事が起きたように、被害をもたらす。


 魔力暴走を起こした者のほとんどは、その災害により命を落とすか、うまく一瞬の災害を乗り越えたとしても、魔力を使い果たし、衰弱して息絶えることが多い。


 こうした事故を避けるために、人為的に魔術を発現させ、理論と身体操作を段階的に教えるのが一般的である。


 六歳の時分に学ばされるのは、本当に簡単な内容だ。

 魔術とは何か、どんなことができるのかを想像させ、どうしてそれが可能なのかを教える。


 クラウスもまた、魔術の基礎を学ぶため、教科書を渡され、板書を使って説明もされた。

 教科書といっても、絵本のようなもので、六歳児が読める程度の簡単な内容だ。板書だって難しい言葉を使っていない。


 しかし文字が読めないクラウスは、教科書や板書の内容を前提した話になると、その先の理論が理解できなかった。


 だがこの頃には、「分からない」と訴えても、大人に理解されないことに気が付いてきていた。

 何より、それを言っても許される「強い大人」はほとんどいなかった。


 クラウスはノートをあまり取らなかった。

 ノートをとっても文字がぐしゃぐしゃで、落書きしているように思われてしまうことがつらかった。


 ノートも取らず、教科書も読めず、教師の言うことも理解できない。


 ……にもかかわらず、クラウスは魔術が使えてしまった。理論が分からずとも、「なんとなく」で、魔術を扱えてしまった。


 通常、魔術は詠唱や術陣を介して発現される。

 そのため、原理を正確に理解し、基礎として詠唱や術陣を身につけることで、魔術を扱えるようになる。

 さらに、地道な努力と修練を積み重ねることによって、詠唱の省略を可能とする。


 無詠唱での魔術の発現は、極一部の才能ある者がたゆまぬ努力を正しく積み重ねることで到達できる極地だった。


 学びのプロセスは生まれた家や環境により異なり、高位貴族であれば学院入学前から簡易詠唱で魔術を扱う者もいるが、完全な無詠唱で魔術を発現できる者は、学院卒業時点の十八歳でも、数人いれば多い方だ。


 だが、クラウスは正式な詠唱も術陣も知らぬまま、学院で教わるような魔術はおろか、アイゼンハルト家特有の魔術さえも習得してしまった。


 ――いや、見たことがない魔術ですら、「こんなことがしたい」と思っただけで発現できてしまった。


 魔力の扱いにおいて天賦の才を持つクラウスは、詠唱や術陣を介さずに魔術を発現できたのだ。


 クラウスがまだ十歳に過ぎない頃、教師は「私には何も教えることができない」と告げ、アイゼンハルト家から去った。



 誰よりも強靭な肉体を持ち、剣を振るう技術に長け、強力な魔術を放つ。


 クラウスを上回れる存在は、父・クラウディウスだけだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?