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第3話 落ちこぼれの伯爵令息

 クラウディウスの教育は、より苛烈になった。


 クラウスの力が強大であればあるほど、それを正しく扱えねばいけないからだ。

 勉強もせず、すぐに感情的になるクラウスを、放置するわけにはいかなかった。

 家の当主として、そして軍の頂点に立つ者として、クラウスという"力"を、正しく教育せねばならなかった。 


 この頃には、クラウスは長男・クラディアンや次男・クラヴィスとも距離が開いてしまっていた。

 クラヴィスは――率直に言えば、嫉妬していた。

 尊敬する父の時間を誰よりも注がれる弟に、才能溢れる弟に、嫉妬していた。

 クラウスを見て、嫉妬する自分が嫌だった。クラヴィスは、弟を嫌いたくなかった。


 クラディアンの思いは複雑だったが、クラヴィスの気持ちを汲んだ。

 クラヴィスの気持ちが理解できたこと、そして、家を継ぐ者として、将来的に"長男"を支え、スペアとなる"次男"に寄り添うことを選んだ。

 クラディアンは、決してクラウスを邪険にしたわけではない。優しく接した。

 しかし、二人を選ばねばいけない時は、クラヴィスを選んだ。


 クラウスは、優しい子だ。人のことを思いやる心を持つ。

 誰にだって手を差し伸べ、誰にも悲しい顔をしてほしくないと願っている。


 だから、兄たちに避けられていることに気付いたクラウスは、彼らの背中を追うことをやめた。

 自分のせいで彼らが嫌な思いをするならと、構ってもらおうとするのを、話しかけるのを、やめた。


 兄弟の間にあった年齢差は、結果として全員にとっての幸いだったのかもしれない。

 この時期には既に長男は軍人として働き、次男は軍人学校で学んでいた。

 二人ともそれぞれの寮で暮らすようになっていたので、屋敷で過ごす時間は自然と限られていた。


 クラウスの優しさや、思いやりのある性質を、周囲は理解していた。

 だが同時に、クラウスが「文字が読めない」と声をあげたり机を叩いたりしたことから、恐るべき力を持ちながらも感情をコントロールできない子供だとも判断されていた。


 クラウスは、独りだった。


「優しい」といった性質も、クラウディウスから見たら美点ではなかった。

 軍人は、時に非情な判断を求められる。だが、現状のまま成長しても、クラウスにはそれができないだろう。

 大局を見て他人を切り捨てる選択をせまられることがあると、教え込まねばいけなかった。


 クラウディウスは、国のためであれば家族ですら切り捨てる覚悟を持っていた。

 軍人とは、軍を動かすとはそういうものだと、アイゼンハルトの人間として育ってきた。そして、長男、次男、クラウスにもそのように教えた。

 しかしクラウスだけは、それに頷くことがなかった。

 彼には、誰かを切り捨てるという選択は、どうしてもできなかった。


 父とは価値観が交わることも、分かりあうこともないまま、クラウスは軍人学校に放り込まれた。


 本来、アイゼンハルトの家の者はそこで学ぶような内容はなく、「他の者に背中を見せ、導くように」と言われ入学するものだが、クラウスだけは「必ず学んでこい」と厳命され、学校へと送り込まれた。

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