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第5話 完璧な侯爵令息

 なすべきことをなす。それは貴族として“当然”のこと。


 貴族が「座学」「武術」「魔術」「社交」それらすべてを身に着けるのは、レオナルドにとって“当然”のことだった。

 侯爵家次男である自覚を持つ彼にとって、それらを日々積み重ねることも、また“当然”だった。


 レオナルドはそれを「重荷」とは捉えず、「プレッシャー」とも感じなかった。それが“当然”だから。

 また、高位貴族は常に「家」のために正しい選択を求められる。他人の意見に惑わされず、「独りで在れること」もまた、“当然”の資質だった。

 幼くして〈高位貴族〉を体現したレオナルドにとって、「独り」は苦でなかった。


 レオナルドは、「努力」や「重荷」、「孤独」というものを学ぶ機会も、学ぶ必要もなかった。

 故に彼は、それらの概念を、本当の意味で知らない。


 レオナルドは、父母の庇護のもと育った。虐げられはしなかった。

 そこ情がなかったとは言わない。だが、それ以上に責務があった。


 彼の両親には、「家」や「国」に必要とあらば、息子を切り捨てる責務があった。


 レオナルドはそれを理解していた。そして、自分もそう在った。

 貴族として「家」に必要ならば、何かを、あるいは誰かを、切り捨てる覚悟を持っていた。


 彼は「優秀」という言葉では足りぬほど、優秀だった。

 そして、そのことを理解していた。


「自らを誇りに思っている」ということではない。

 ただの事実として、〈貴族〉として価値があると自覚していた。

 自分自身を「シュヴァリエ侯爵家の財」の一つとして数えるレオナルドは、その能力も、血統も、自身の生の用途も、「家のための財」だと捉えていた。


 四つ歳上の兄・アレクシスとは、互いに尊重し合う関係だ。

 アレクシスは穏やかな性格で、柔らかな声で「レオナルド」と呼び、よく弟の頭を撫でた。

 貴族としては優しすぎる気質を、レオナルドは嫌いではなかった。

 むしろ、兄を尊敬していた。

 兄の背があったからこそ、自分は優秀に育つことができたと考えていたし、兄が侯爵家を継ぐことが適正だとも思っていた。


 実際アレクシスは、跡取りとして十分に優れていた。

 しかしレオナルドは、それに輪をかけて優秀だった。


 家柄の良さゆえ、親戚内で政治的な諍いさかいが起こった。

「アレクシスではなく、レオナルドを家督に」と推す声が上がってしまった。


 レオナルドは、それを厭った。


 無意な争いを避けるため、彼は「軍人学校に進む」と宣言した。

 アレクシスは「そんなことはしなくていい」と言った。本心からの言葉だった。

 だが、レオナルドが「家内の政治には関わらず軍人になる」と示すことで、周りが収まるのも、また事実だった。


 彼が軍人学校に進むことは、「家」にとっての最善であった。


 レオナルドは「軍人学校に進学しつつ、貴族学院にも入学する」と言った。

 そうすれば、「侯爵家の次男が厄介払いされた」とも、「侯爵家は次男を軽んじている」とも取られないだろう、と述べた。


 貴族学院での評価は、出席ではなく能力で決まる。

 学院の遠方に住む貴族や、家の都合で子を領地から出せぬ家の子息には、時折学院に顔を出すだけで、日常的に通学せずともレポートやテストのみで単位を取得する者もいた。

 既に学院で学ぶべき内容を修め終えていたレオナルドは、兄に微笑った。


「貴族学院で行うのは社交と、実力を示すことだけです。なんの問題もありません」

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