レオナルドは一度、瞳を閉じた。
人生で初めて感じた『胸を揺さぶられる感覚』に耐えながらも、冷静に思考を巡らせた。クラウディウスと同様に、「コレは管理せねばならない“モノ”だ」と考えた。『家』や『国』のために、どのように運用できるか、またどのような関係を築くべきかを計算した。
しかし同時に、彼はクラウスの「才能」に魅せられていた。どうしようもなく心が動かされていた。それらの激情を無理やりに抑え込み、自らを冷静な状態へと引き戻した。
思考を動かし、感情を制御して、瞼を開いた。
――そこで目に映ったクラウスの背中で、彼は「孤独」の形を知った。
人生で初めて「孤独」がどんなものか分かった。
瞼を開いたその瞬間、レオナルドの中で初めて『クラウス』という個人が浮き彫りとなった。政治や血統、才能から切り離した『クラウス』個人が見えた。
レオナルドには、全てから切り離された「ただのクラウス」が見えてしまった。分かってしまった。
「孤独」が何か知ってしまった。
クラウスの寂しさに、気付いてしまった。
出会ってから短い期間ではあったが、レオナルドはクラウスを“観察”していた。だからこそ、“知って”いた。
真っ直ぐすぎること。優しいこと。素直で人が好いこと。人を思いやること。
あれほど大きな身体をしているにもかかわらず、たまに捨てられた子犬のように情けない顔を見せること。
レオナルドにとっては、笑顔で感情を隠すなどできて当然だった。嘘をつかずとも人を騙す術も知っていた。理想の貴公子を装うことができたし、実際貴族らしく優秀だった。
けれどクラウスは、そんなレオナルドの笑顔に裏があるとは考えず、疑いもせず、恥ずかしげに応えるのだ。
それを、レオナルドは知っていた。
レオナルドは、クラウスの才能を目の当たりにし、抗えないほどに焦がれた。
「格の違う生き物だ」と自らとの間に線を引いた。
故に気付いた。……気付くことが、できた。
これまで『クラウス・アイゼンハルト』を観察していても見えていなかった――見ようとすらしていなかった『クラウス』という一人の男の輪郭が、初めて見えた。
そこにいたのは“アイゼンハルト家の出来損ない”でも“化け物”でもない一人の男――いや、『少年』だった。
困ったような、諦めたような顔で、必死に寂しさを飲み込もうとする、『少年』の姿が見えた。
圧倒的すぎる才能だったからこそ、いつもの「情けないクラウス」が切り離された。「想定の範囲内」の才能なら、「情けないクラウス」のみを見ることなどなかった。
そして、クラウスとのいままでのやりとり、クラウスの在り方、クラウスの表情や反応が脳裏をよぎった。
自分が関わってきた誰とも違う、真っ直ぐで、感情がすぐ表に出る、他人を、レオナルドを思いやる、優しいクラウスの心が、レオナルドの心に触れた。
たぶん、心が揺さぶられたからこそ、クラウスの感情に触れてしまった。
普段のレオナルドなら「ただのクラウス」に触れなどしなかった。"孤独”の苦しさなど考えなかった。
皮肉にも、誰もがクラウスを"化け物”と認識し、レオナルド自身もそう認識した瞬間に、レオナルドは、"少年"クラウスの心に触れた。
――端的に言えば、この瞬間、レオナルドはクラウスに絆されたのだ。
「天才」「化け物」そう言って、切り捨てることなどできないほどに。