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第11話 友人に至る道

 ***クラウス視点***


 あの授業の後も、レオナルドだけは怖がらずに俺に接してくれた。これまで通り、「普通の友達」みたいに笑いかけてくれた。

 むしろ、レオナルド以外から遠巻きにされるようになってからの方が、以前より一緒に居る時間が増えたし、話しやすくなった気がする。


 俺と一緒にいることでレオナルドまで遠巻きにされたら嫌だと思ってそれとなく言ってみたが、それに対しレオナルドは不思議そうな顔をした。


「俺は侯爵家の令息だぜ? どう見たって浮いてただろ。遅かれ早かれこうなった。……お前こそ、俺とつるんで後悔しないか?」


 ニッと笑う顔は、いつものレオナルドとは雰囲気が違い、なんだか楽しそうだった。不謹慎ながら、これからも仲良くできることも、そんな表情を見せてくれたことも嬉しくて、自然と俺も笑っていた。



 レオナルドの口調は段々と砕けていった。


 授業中出された課題——板書に書かれた内容を前提として答える課題——に苦戦している時、以前も今もレオナルドはそっとフォローしてくれる。

 以前のレオナルドならば「俺としては、クラウスの案も興味深いと思うよ。ただ今回の課題の意図からはズレてるかな。教官が求めているのは——」と、丁寧な口調だった。

 だが最近は「お前の案は面白いが、いま求められてるモノじゃない。教官は——といった内容を答えられたいんだと、俺は思う」と、内容は同じでもざっくばらんに話してくれる。


 他にも、命令口調で話すことがあったり、穏やかな笑顔以外の感情を見せてくれたりするようになった。

 俺に対し、怒ったり呆れたりするようになった。前よりも壁を感じなくなったというか、扱いが雑になったというか。

 だけど、怒っても呆れても俺を置いて行ったり放置するわけじゃなくて、質問するとその理由を教えてくれる。

 ……親しくなれたみたいで、嬉しかった。


「仲が良くなった」と言っても、許されるだろうか。


 レオナルドは、初めての友人だ。分からないことがたくさんある。

 どこまで何を言っていいのか。「仲が良い」というのはどういうことか。

 俺はレオナルドといて楽しいけど、レオナルドは俺といても楽しいのだろうか。


 口調が悪くなってもレオナルドは、俺の様子が変だと相変わらず「何かあったか?」と訊いてきた。うまく誤魔化せず、「俺とレオナルドは仲がいいのか?」と考えていたことをそのまま口に出してしまった。

 するとレオナルドは、少し目を細めながら「俺はお前が、そう思ってくれていたら嬉しい」と答えた。


 ***レオナルド視点***


 以前以上に、意識して『レオナルド』を作った。クラウスが遠慮せずに、私と共にいられるように。


 口調を崩そう。

 軍人学校に入学した際、周囲の学生たちと距離をあけすぎないような言葉遣いを選んだ。一人称を「俺」にするなど、親しみやすさの演出に敢えて砕けた言葉を使っていたが、それでも『レオナルド・シュヴァリエ』のブランドを保つ範囲だった。


 だけど、クラウスには語彙力がないから、迂遠な言葉や堅苦しい言葉、着飾った言葉では、真意が伝わらない。


 それにたぶん、クラウスは遠慮する。

 変なところで自信のないこの男は、自分は足らないとでも考えているのか、発言を飲み込むことがある。こちらが意識してさらに砕けた言葉を使って、クラウスから言葉を引き出してやろう。


 笑い方を変えよう。貴族令息としての笑い方じゃ、距離は縮まらない。

 アイゼンハルト伯爵家三男への「社交」としての笑い方じゃなく、『クラウス』という少年に笑いかけたい。

『レオナルド』らしく、自分の心の揺らぎを、生まれた感情をそのまま表そう。


 そうでなきゃ、コイツの隣に並べない。


 このお人好しで真っ直ぐで、私に——いや、に裏があるなんて疑わない男と対等になるのなら、ただの『レオナルド』にならなきゃいけない。


 いまはまだ不慣れな「作りもの」だけど、これが、いずれ俺の「自然」になる予感もしていた。「貴族令息」として作った笑顔ではなく、「友と親しくなりたい」と生まれた笑顔だったから。


 ——クラウスは化け物だ。一歩間違えれば「天災」になり得る男だ。


 だからこそ恐れられ、憧れられ、「独り」だった。

 だけど、俺はあの『光』を翳らせたくない。同時に、不器用で優しい『クラウス』という一個人を支えてやりたい。


 侯爵家次男である自覚を忘れるわけじゃない。俺はこれからも「理想の貴族令息」であり、シュヴァリエ侯爵家の財産だ。それは変わらない。


 ……だけどさ、クラウス。俺は、お前の友人でもありたいと思ったんだよ。

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