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第12話 共にある努力

 レオナルドは、クラウスに並ぶため自身を鍛えた。

「独りにしない」という誓いを、ただの願いだけで終わらせる気はなかった。


 授業を受けるだけでなく、自主学習を重ねた。

 不明点が生まれれば教師に質問し、本を読み漁り、他人を観察し、貪欲に学んだ。貴族学院の図書室も利用し、軍人学校の外でも逃さずすべて吸収し、糧とする心づもりだった。

 自らの力になると思えば、片端から取り組んだ。


 ときにクラウスを見て、クラウスから聞いて学んだ。——クラウスは感覚派で説明が苦手だと分かったので、レオナルドは聞くのは早々にやめた。


 クラウスが詠唱をせずに、レオナルドがこれまで見たこともなく、発現方法すら分からない魔術を扱ったとき。レオナルドはクラウスに、どのように発現させたのか質問をした。

 クラウスの返答は、こうだ。


「こう……ギュッとした後バーン! って感じでだな」


 レオナルドは、ちょっとキレかけた。

 クラウスという光で形どられた『レオナルド』という少年は、年相応に気が短いようだ。


 クラウスに理論的な説明を求めるのは無駄だと悟ったレオナルドは、感覚を言語化させるのではなく、目の前で実演させた。武術の型や魔術の発現を、言葉で聞くのではなく、見て学ぶことにした。


「障壁魔術を使ってくれ」

「授業で見せた魔術をやれ」

「お前が最も速いと思う攻撃をやって見せろ」


 そんなふうに言ってやらせた。

 そしてクラウスの動作や魔力の動かし方を見て、理論に落とし込んだ。


 自らの持つ知識では理解に至らないと考えれば、すぐさま様々な専門書を参考にした。クラウスが生み出した結果から逆算し、理論を組み立て、彼自身もその魔術を再現できるようにした。

 さらに、そこで止まることはせず、学びからの応用も考えた。


「クラウスが見せたことをできるようになっただけ」を、「クラウスと並んだ」と言うことは許せなかった。


 軍人学校への入学は、レオナルドにとって「家内の政治と距離を置く」ためのものだった。

 本来ならば、学内で適度な交友関係を築き、貴族学院とバランスをとりながら学生生活を送り、有用な人材がいれば目をつけ、優秀な成績を収める、その程度の予定だった。

 その過ごし方こそが、自分の能力と入学の意味を踏まえた時の最適解だった。


 レオナルドは入学前、こんなバカみたいな学びも、訓練も、予定していなかった。



 またレオナルドは、クラウスの座学が壊滅的であることに気付き、普段から勉強を見てやった。——クラウスに「卒業できないぞ」と脅しをかけ勉強させた、という方が正しいかもしれない。


 試験前にはテストの予想範囲をノートにまとめ、渡した。

 クラウスはディスクレシア(読字障害)のため、ノートをもらっても読めない。文字がぼやけたり、反転したり、とにかくぐにゃぐにゃに見えるのだ。


 なのではじめは、遠回しに「要らない」と言った。

 しかし、レオナルドは無理矢理押し付けた。仕方ないので、クラウスはイヤイヤながら受け取った。


 その姿を見てレオナルドは「クラウスは放っておくとノートを開きすらしないかもしれない」と考え、目の前で勉強させた。

 机に向かわせ、自身がまとめたノートを開き、一字一句指で追いながら声に出して覚えさせた。


 クラウスがディスクレシアだと思ったわけではない。むしろレオナルドは、「文字が読めない貴族」の存在など考えたことがなかった。

 ただ、そこまでせねば、クラウスは勉強をしないのではないか、と考えたが故の行動だった。


 レオナルドは、クラウスが逃げ出そうとすると椅子に縛り付けた。

 かつてクラウディウスがクラウスに勉学に向かわせたときと同じ方法だが、レオナルドはクラウスを放置することはせず、辛抱強くクラウスに説明した。


「教科書に書いてあるだろうが」

「なんで板書取ってないんだよ」


 レオナルドは何度もそう言った。

 クラウスは「読めない」と伝えることができなかった。


 レオナルドなら、父親や家庭教師たちとは違って分かってくれるかもしれない。でも、万が一にも否定されたくない。

 それに何より、“欠けてる”みたいで恥ずかしかった。知られたくなかった。


 なのでクラウスは、小さく「おう」とだけ答えた。

 レオナルドは「おう」じゃなくて行動に移せ、と思った。


 彼は何度も舌打ちしながらも、クラウスに内容を説明した。その際「俺がこれだけ言ってるのに、いまもメモ取らないな」と考えていた。

 だが、それについては文句を言わなかった。

 一度説明をすれば、二度問うことはなかったからだ。メモを取らずとも覚え、理解するのならば、レオナルドは構わなかった。

 ……もし同じ内容を二度質問していたら、レオナルドは強く叱っただろう。


 クラウスは、渡された試験対策ノートと、そのとき聞いた説明から、試験で書くべき「文字の形」を懸命に覚えた。声に出して、音に出して、太い指で小さな文字を追い、その形を覚えた。

 ぐちゃぐちゃでも、区切って紙に書けるようにした。


 クラウス以外の誰かが見たら、とても美しい文字で書かれているノートを、それが「美しいか」など考えることもできず、試験の答案に書く「文字の形」を、懸命に覚えた。

 ……レオナルドが教えようとしてくれたから、それに応えたかった。


 グループで課題を行うとき、レオナルドはクラウスのフォローをした。


 課題のプリントを読む場面やレポートの見せ合いになると、クラウスは決まってソワソワした。読めないから、書かれた意見が分からなかった。書けないから、どうすればいいか分からなかった。

 その空間が苦手だった。


 そういったとき、レオナルドは、「こいつはまた集中を切らしやがった」と心の中で舌打ちした。

 そして、クラウスに目配せしたり、他の者にバレぬようクラウスの足を、丈夫なクラウスでもビックリするくらい思い切り踏んだりして、課題に向き合わせた。

 どうせ内容を読んでいない、もしくは理解していないのだろうと、口頭で内容を整理して「クラウスはどう思う」と聞いたりした。

 レオナルドのその対応は、完全に、集中力のない子供に対するソレだった。


 クラウスは時に「感覚」や「勘」で、知識に基づき理論立てて考えるレオナルドには無い発想を出した。

 レオナルドは何度も「なんでそれを早く提案しないんだ」と叱った。

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