***レオナルド視点***
クラウスの行動は予測不能だ。複雑なわけじゃない。むしろ、単純すぎる。
『まさかそこまで単純じゃないだろう』と誰もが思う、そのさらに一段上の単純さで動く。
以前は、あまりにも常識が通じなくて理解不能だった。だが最近は、ある種のパターンが見えてきた。そして気づいた。
こいつは、犬だ。正確には――ちょっとバカな、超大型犬だ。軍犬みたいに賢くはない。
たとえばクラウスは、命令されると全力で従おうとする。それが「座れ」「待て」「よし」といった、犬への号令じみたものでもだ。
少し離れた場所から「おい」と声をかければ、「なんだ?」と駆け寄ってくる。
普通の人間なら「お前が来いよ」と言いそうな場面でも、今のところそう返されたことはない。俺が呼ぶと迷うことなく走ってくる。
澄んだ瞳で「用事は?」とでも言いたげに見つめる姿は、まさに忠犬そのものだ。
命令形で指示を出せば、「任せろ」と言わんばかりに張り切る。
たとえそれがクラウスにとって面倒事であっても、筋道を立てて説明すればだいたい「分かった」と素直に頷く。
『ちょっと大変そうだけど、ご主人の命令だからがんばるぞ』という顔をしながら。
ただ、たまに俺の指示を忘れてふらふら動いてしまう。
学内をうろついていたこともあれば、校庭で走り回っていたこともある。
「俺が部屋に戻るまで自習してろって言ったよな?」と声をかけると、「あ」と間抜けな声を漏らして、顔に『うっかり忘れてた』とありありと浮かべていた。
しかもそのあと、『悪いことをしてしまった』『でも一人じゃつまらなかったしな……』という感情まで、口から出ていなくても、顔から全て出てしまう。
妙に勘がいいところがあって、俺にトラブルが起きるとこちらから言わずとも「何かあったのか?」と真っ先に訊いてくる。
そのくせ、適当に都合よく脚色して説明しても「レオナルドが言うならそうなんだな」と、疑いもせずに信じる。
俺が詐欺師だったら、こいつはとっくに全財産を失ってるだろうなと思うくらい、あっさりと。
毎朝、クラウスは妙に早く起きる。
布団の中でもそもそと体を動かしたかと思えば、背中をぐいっと反らして全身を伸ばす。あれは完全に、寝起きの犬だ。
自分の支度が終わっても、俺が支度を終えるまで黙って待っている。
「行くか」と言えば「おう!」と笑う。
最近はその顔が「わん!」と尻尾を振る犬にしか見えない。
座学の授業ではソワソワして身体を動かしっぱなしで、実技になると元気よく走り回る。休憩中ですら運動したいらしく、俺の方をちらちら見てくる。
仕方なく付き合ってやると顔を綻ばせ、飛び跳ねるような動きで、全身で「楽しい!」と表していた。
親族の飼っていた犬が、遊んでもらえるときにこんな顔と動きをしていた。
俺が誰かに絡まれていると、「ガルルル」とでも言いそうな威嚇顔をすることがある。
感情で吠えるタイプではないため、特に注意したことはない。
最近、試しに食事中に「ステイ」と言ってみた。
「なんでだ?」という顔で俺の方を見たが、「よし」と言うまで一口も食べなかった。
その後、「なぜ止められたのか……」と納得いかない顔で、フォークを肉に突き刺していたのは笑った。
嗅覚と聴覚も、やたらと鋭い。
俺とクラウスのシャツが混ざったとき、サイズを比べれば一発で分かるはずなのに、なぜか匂いで判別し、正解を引き当てていた。
また、朝の冷たい空気の匂いが好きだ、と窓を開けて鼻をくんくんとさせていたこともある。
遠くの音を誰よりも早く聞きつけるくせに、説明もせず現場へ走り出す。そのせいで、俺は毎回フォローをするハメになる。
人を探すときも、鼻や耳を、目と同じくらい自然に使いこなす。まるで獣だ。
演習や救助活動の際は、獲物を探す猟犬か、はたまた仲間を助ける救助犬のように。
学校生活の中では「遊びに使ったボールが無くなっちゃったけど、どこにあるかなぁ」とのんびり探す犬のように。
淡い金色の毛並みで、ライトグリーンの瞳のバカ犬。
表情豊かで、まるで尻尾が生えているみたいに感情が露見する。
なお、身体がやたらとデカく顔つきも野性味があるせいで、断じて可愛くない。
そして、どうしようもなく手がかかる。
……獣を飼っても癒されないという事実を知ったので、俺はたぶん、生涯犬を飼わないだろう。
一匹で、もう手一杯だ。