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第18話 クラウスという生き物

 ***レオナルド視点***


 クラウスの行動は予測不能だ。複雑なわけじゃない。むしろ、単純すぎる。

『まさかそこまで単純じゃないだろう』と誰もが思う、そのさらに一段上の単純さで動く。


 以前は、あまりにも常識が通じなくて理解不能だった。だが最近は、ある種のパターンが見えてきた。そして気づいた。

 こいつは、犬だ。正確には――ちょっとバカな、超大型犬だ。軍犬みたいに賢くはない。


 たとえばクラウスは、命令されると全力で従おうとする。それが「座れ」「待て」「よし」といった、犬への号令じみたものでもだ。


 少し離れた場所から「おい」と声をかければ、「なんだ?」と駆け寄ってくる。

 普通の人間なら「お前が来いよ」と言いそうな場面でも、今のところそう返されたことはない。俺が呼ぶと迷うことなく走ってくる。

 澄んだ瞳で「用事は?」とでも言いたげに見つめる姿は、まさに忠犬そのものだ。


 命令形で指示を出せば、「任せろ」と言わんばかりに張り切る。

 たとえそれがクラウスにとって面倒事であっても、筋道を立てて説明すればだいたい「分かった」と素直に頷く。

『ちょっと大変そうだけど、ご主人の命令だからがんばるぞ』という顔をしながら。


 ただ、たまに俺の指示を忘れてふらふら動いてしまう。

 学内をうろついていたこともあれば、校庭で走り回っていたこともある。


「俺が部屋に戻るまで自習してろって言ったよな?」と声をかけると、「あ」と間抜けな声を漏らして、顔に『うっかり忘れてた』とありありと浮かべていた。

 しかもそのあと、『悪いことをしてしまった』『でも一人じゃつまらなかったしな……』という感情まで、口から出ていなくても、顔から全て出てしまう。


 妙に勘がいいところがあって、俺にトラブルが起きるとこちらから言わずとも「何かあったのか?」と真っ先に訊いてくる。

 そのくせ、適当に都合よく脚色して説明しても「レオナルドが言うならそうなんだな」と、疑いもせずに信じる。

 俺が詐欺師だったら、こいつはとっくに全財産を失ってるだろうなと思うくらい、あっさりと。


 毎朝、クラウスは妙に早く起きる。

 布団の中でもそもそと体を動かしたかと思えば、背中をぐいっと反らして全身を伸ばす。あれは完全に、寝起きの犬だ。


 自分の支度が終わっても、俺が支度を終えるまで黙って待っている。

「行くか」と言えば「おう!」と笑う。

 最近はその顔が「わん!」と尻尾を振る犬にしか見えない。


 座学の授業ではソワソワして身体を動かしっぱなしで、実技になると元気よく走り回る。休憩中ですら運動したいらしく、俺の方をちらちら見てくる。

 仕方なく付き合ってやると顔を綻ばせ、飛び跳ねるような動きで、全身で「楽しい!」と表していた。

 親族の飼っていた犬が、遊んでもらえるときにこんな顔と動きをしていた。


 俺が誰かに絡まれていると、「ガルルル」とでも言いそうな威嚇顔をすることがある。

 感情で吠えるタイプではないため、特に注意したことはない。


 最近、試しに食事中に「ステイ」と言ってみた。

「なんでだ?」という顔で俺の方を見たが、「よし」と言うまで一口も食べなかった。

 その後、「なぜ止められたのか……」と納得いかない顔で、フォークを肉に突き刺していたのは笑った。


 嗅覚と聴覚も、やたらと鋭い。


 俺とクラウスのシャツが混ざったとき、サイズを比べれば一発で分かるはずなのに、なぜか匂いで判別し、正解を引き当てていた。

 また、朝の冷たい空気の匂いが好きだ、と窓を開けて鼻をくんくんとさせていたこともある。


 遠くの音を誰よりも早く聞きつけるくせに、説明もせず現場へ走り出す。そのせいで、俺は毎回フォローをするハメになる。


 人を探すときも、鼻や耳を、目と同じくらい自然に使いこなす。まるで獣だ。

 演習や救助活動の際は、獲物を探す猟犬か、はたまた仲間を助ける救助犬のように。

 学校生活の中では「遊びに使ったボールが無くなっちゃったけど、どこにあるかなぁ」とのんびり探す犬のように。


 淡い金色の毛並みで、ライトグリーンの瞳のバカ犬。

 表情豊かで、まるで尻尾が生えているみたいに感情が露見する。

 なお、身体がやたらとデカく顔つきも野性味があるせいで、断じて可愛くない。

 そして、どうしようもなく手がかかる。


 ……獣を飼っても癒されないという事実を知ったので、俺はたぶん、生涯犬を飼わないだろう。

 一匹で、もう手一杯だ。

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