***クラウス視点***
はじめはただ、穏やかで優しくて、面倒見のいい、よく気がつくやつだと思ってた。
それがだんだん、スパルタなところとか、ちょっと怖い部分もあると感じるようになった。
あいつの価値観も、少しずつ分かってきた。……いや、「分かってきた」っていうより、教えてもらった、のほうが正しいかもしれない。
俺たちは考え方が違う。だから、あいつの行動の意味がすぐには分からないことも、よくある。
そういうときは、質問する。
「なんであんな行動をしたのか」とか、「なんでそう思ったのか」とか。
そう訊くとレオナルドは、よっぽど言いたくないことじゃなければ、ちゃんと答えてくれる。
反対に言うと、答えてくれないことはレオナルドが言いたくないことだから、それ以上は訊かない。
レオナルドは本当になんでもできる。
それは「できるようになるまで」やってるからだ。すごく真面目で、すごく努力家。でも、そう言うと、あいつは首を傾げる。
たぶんだけど、レオナルドにとっては「まじめに努力する」のが“普通”だから。
いつだって勉強や訓練をしてる。休憩を取るときだって、「それが必要だから」「身体や脳を休めた方が効率的だから」ってちゃんと目的がある。
もうちょっと手ぇ抜けばいいのに、とか、サボればいいのにな、とか思う。
そう言ったら、こう返ってきた。
「正しく積み重ねれば、ある程度のことはできるようになる。あるいは、“できないこと”との付き合い方が分かる。だが、やらなければそうはなれない」
……なんか、小難しいこと言ってるなって思った。
でも、要は、あいつにとっては「向き合って頑張る」のが当たり前なんだ。当たり前だからこそ、あいつはそれを「努力」だって認識してない。
すげえな、と思う。
あと、レオナルドは人を見下さない。
放課後一人で廊下を歩いていたら、「よう」と上級生に声をかけられたことがある。以前レオナルドに絡んで適当にあしらわれたやつだ。
ほとんど話したこともないのに、いきなりこんなことを言われた。
「仲良くしてるつもりかもしれねえけど、あいつはお前のことも見下してるぜ?」
思わず、ポカンとした。『見下してる』って言葉が、すぐには入ってこなかった。
でもとりあえず、レオナルドを悪く言ってるのが分かったから、何か言い返そうとした。
けど、俺が口を開くより早く、「親切心で教えてやっただけだ」と言い残して、そいつは立ち去った。
その後、ちょっと考えた。
なんで、あいつはそう思ったんだろう。なんで、俺はピンとこなかったんだろう。
たぶん、「見下してる」っていうのは、レオナルドがすごく頭が良くて、なんでもできるから、そう見えたんだと思う。劣等感? みたいなやつ。
誰かと揉めたとき、レオナルドに都合がいいように話が進むことが多いのも理由の一つかもしれない。
あいつは、いつも、どうすれば自分が有利になるかを考えてる。考えて、教師でも生徒でも言いくるめて、トラブルを収める。
でもやっぱり、レオナルドは他人を見下したりしない。
「積み重ねればできる」っていうのを、他人にも当てはめてるからだ。
今は自分の方が優れていても、この先は分からない。相手が頑張ったら、いずれひっくり返されるかもしれない。
――そういうふうに考えてる。だから、侮らない。
見下さないからこそ、トラブルは禍根を残さない。自分が不利にならないように、きちんと処理する。
それができるのは、相手をちゃんと見ているからだ。
「よく見てるんだな」と感心したとき、レオナルドは少し呆れたように言った。
「そうじゃなきゃ関われないだろ」
どういう意味かよく分からないなと思っていると、レオナルドは続けた。
「相手がどんな人間か知らなきゃ、親しくするべきかも、どう潰すのが効率的かも分からないだろ」
……怖い。
レオナルドは、相手を『認識』してから『判断』する。
人間関係とか、能力とか、性格とか――そういうものをちゃんと見て、自分が勝ってる点と負けてる点を整理してる。
感情で見下したりせず、理性的に分析して、対応を決める。その徹底ぶりが、どうしようもなく怖い。
レオナルドは、人を見下さない。――でも、軽蔑はする。
相手の言動や考え方が明らかにおかしかったり、悪質だったりする場合は、「汚物」を扱うみたいに対応することもある。
それでも、侮らない。どんな相手でも、叩き潰すと決めたら、徹底的にやる。
――だから、「レオナルドが人を見下す」っていうのは、しっくりこない。
もしも簡単に人を“見下す”やつだったら、もっと隙があって、きっとこんなに怖くはなかった。
レオナルドは人を見下さないけど、「価値」は測る。価値があるとかないとか、そういうのを気にする。
物みたいで、俺はその「人間の価値」って言い方が好きじゃなかった。
本人自身の「自分はシュヴァリエ侯爵家の財産だ」って言葉も引っかかったのかもしれない。
それでムッとしていたら、軽く笑われた。
「お前にとって俺は、そこら辺の有象無象と同じ括りか?」
……なんとなく、分かった気がした。
国にとっての価値。
家にとっての価値。
軍にとっての価値。
誰かにとっての価値。
目の前の誰かも、嫌いな相手だって、何かや誰かから見たら「価値」がある。
それで、自分が「価値がある」と思っているものを壊されたり、けなされたりしたら――人は悲しむし、怒る。レオナルドは、そういうのをちゃんと考えてる。
なるほどなって納得しかけたところで、レオナルドが言った。
「だから俺が壊したって認識されるとまずいんだよ」
――俺はてっきり、「だから人を軽んじちゃいけない」とか「誰とでも親しくした方がいい」って話かと思ってた。だから、めちゃくちゃビビった。
あと、レオナルドはちょっと喧嘩っ早い。すぐ手を出すわけじゃないけど、「戦う」と決めるのが早い。
静かに、プチっとキレる。
入学当初、レオナルドと顔を合わせるたびに嫌味を言う教師がいた。俺は、その教師が嫌いだった。
けどレオナルドは、「シュヴァリエは武官を輩出したことのない高位貴族で、俺はその家の令息だからな。外様が気に食わないんだろ、仕方ない」と言っていた。
でも――たしか、何かのタイミングで、そいつが侯爵家のことを悪く言ったんだ。
たぶん、その瞬間に、レオナルドは「潰す」と決めた。
表立って言い返すことはしなかった。でも、その教師は二日後、立場を追われた。
なんらかの不正が発覚したらしい。さらに、それまでの問題発言も取りざたされて、「あの教師の話はすべて信憑性がない」という風潮が、学校中に広まった。
その噂を聞いたとき、怖くてレオナルドの方を見られなかった。
やられたから、やり返す。そうしなければ、今後もやられるから。
やられたから、やり返す。だって、イラついたから。
将来のリスクにならないように、丁寧に対処する。
レオナルドは、いつもそんな感じだ。
あるとき、知らない上級生が、レオナルドに向けて暴言を吐いた。
「軍人学校の生徒のくせに細い」とか、「女みたいになよなよしてる」とか。
俺は、レオナルドが馬鹿にされてムカついた。だから文句を言ってやろうと思った。
――けど、レオナルドに止められた。
どうするのかと思っていたら、あいつはそのまま相手に近づいて、微笑んだ。
「先輩とは、あまり話したことがありませんでしたよね? これからよろしくお願いします」
そう言って、握手を求めた。上級生は戸惑いながらも、手を握り返した。
――その瞬間、喉の奥から押し殺したような声を漏らし、がくりと崩れ落ちかけた。
レオナルドは、周囲にそれがバレないよう、そっと相手を支えながら、不思議そうな声で訊いた。
「先輩、どうかしましたか?」
……俺は知っている。レオナルドの握力は、とんでもなく強い。力の使い方がうまいから、筋力以上の力を出せる。
本人は俺のことを「馬鹿力」と言うけど、あいつだって、コインを指で折り曲げられる。
そしてレオナルドは、上級生の耳元でこう囁いた。
「――細くてなよなよしていますが、貴方と同じく、軍人を志している身です。以後、お見知りおきを」
そいつと別れた後、俺は「支えてやるんだな」と言った。優しいんだかなんなんだか、よく分からなかった。
すると、なんでもないことのように、こう返された。
「恥をかかせると面倒だろう? あの程度なら従えさせられる」
“従える”……? と疑問に思っていると、レオナルドは続けた。
「たしかに、筋肉や骨格では軍人として俺の方が劣っている。だが、アレは肉体自慢というより、『強さ』を誇りたかったんだろ」
レオナルドは『アレ』と口にしたとき、一瞬だけ上級生のいた方に目をやった。だけどすぐ、興味を失ったように自分の手元に視線を落とす。
「おそらく、細くてなよなよした俺が『遊び』で学校に来ているように見えた。それが気に食わなかった。強さを尊ぶ軍人学校の生徒として、腹立たしかった」
手のひらをグーパーしながらそれを眺め、レオナルドは淡々と言った。
「『強さ』で上下関係を叩きこみつつ、『配慮』を滲ませれば――理不尽な突っかかり方をしたという負い目も含めて、多少は扱える」
――正直に言って、とても怖かった。
レオナルドは、笑顔も怖い。
普段話してるときは、自然に楽しそうに笑う。でも時々、わざとらしくキラキラした、“貴族”って感じの笑顔を
俺を叱るときや、有無を言わせず自分の意見を通すときに、よくその顔をする。喧嘩のときと違って、「レオナルドの言っていることが正しい」と、ハッキリ示してくる。
それに、誰かを叩きのめすときや、言いくるめるときにも使っている。
捕食者……? みたいなオーラを出すあの笑顔には、他人を従わせる雰囲気がある。
だから、あの笑顔のときは逆らわないことにした。
俺の方がデカいから、普段は見下ろす形になる。けど、叱られるときは正座させられることが多くて、レオナルドを見上げる体勢になる。
光に透けた濃い金髪がキラキラしていて、柔らかなライトブルーから温度が消える。
そのせいで、いつも以上に風貌が整って見える。整って見える分、ものすごく怖い。
レオナルドは、何をやらせてもすごい。
喧嘩っ早いし、叩きのめすときは手加減しない。
だから敵に回したくないくらい、怖い。
たまに「お前って犬っぽいよな」って、よく分かんないことも言う。
でも、俺がどれだけバカでも、見捨てたりしない。
納得できないときは、とことん説明してくれる。それか、思いっきり殴り合って、決着がつくまで俺の話を聞いてくれる。
全然タイプは違うけど、一緒にいて楽しい。
――たぶん、これが「親友」ってやつなんだと思う。