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第30話 クラウスの帰省 名家の次代

 レオナルドは、長男・クラディアン、次男・クラヴィスの両名とも挨拶を交わした。

 顔を合わせる機会は少なく、「親しくなった」と言えるほどの関係ではない。そもそもレオナルド自身、すでに“家同士のつながり”を得た今、彼らと親しくなることに特段の有用性を感じなかった。


 ただ、この二人の――特にクラディアンの人となりを直に確認できたことは、彼にとって十分に価値ある収穫だった。



 レオナルドから二人への評価は辛辣だ。


 クラディアンは、アイゼンハルト伯爵家の次期当主であり、自身が軍に籍を置く間上官となる人物。

 真面目で堅実。保守的で柔軟性に欠ける。社交に向いているとは言い難い――もっとも、クラウスほど酷くはないが。

 マルグリットと親しい婚約者が代わりに社交を担っていると聞き、レオナルドは納得した。


 迫力がないわけではない。

 だが、クラウディウスを見たあとに「その息子」として対面すれば、どうしても見劣りする。

「堅実で保守的」という性質も、クラウディウスを理想とする周囲の期待に応えようとする中で、無意識に身についたものだろう。

 ――もし、理想の軍人・クラウディウスの「次代」でなければ、アイゼンハルト伯爵家としても、悪くない跡継ぎだっただろうに。


 クラヴィスは、率直に言って軍を率いる器ではない。

 あくまで「アイゼンハルト伯爵家」におけるクラディアンのスペアとして、次代の領地経営を担うのだろう。


 軍の次代――次期軍統帥の座につくのは、クラディアンだ。

 いくらクラウディウスと比べて見劣りするとしても、「アイゼンハルト」の名は強い。

 その血統魔術も含め、他に選択肢はない。

 クラウディウスと比べて「見劣りはする」が、「悪くはない」のだ。

 多少の横槍が入ったとしても、順当に行けば彼が継ぐはずだ。


 しかし代替わり後、もしそのクラディアンが命を落とせば、軍では政争が勃発する可能性が高い。

 クラヴィスには軍をまとめ上げる器もなく、血統魔術も発現していないと聞く。

 アイゼンハルトを支持する者たちは、血筋だけでなく、その“有り様”と“強さ”を見ている。


 世襲ではない軍統帥の座を、代々にわたり保持し続けてきたというのは、決して容易なことではない。

 それを許容させるだけの“力”と“実績”を、この家は示し続けてきたのだ。

 軍の頂点を託すに足る資質――アイゼンハルトは、常にそれを証明してきた。


 仮に政争が起きたとして、その頃には自分は軍を辞めているだろう。

 だが……クラウスは、どうだろうか。

 あいつは、あの“才能”は、軍の中で生きねばならない。

 王国のためには、そう在らねばならない。

 ――せめて足場くらいは、整えておいてやろうか。気が向けば、の話だが。



 兄二人が『イマイチ』に映るのは、クラウディウスという偉大なる父の存在だけでなく、クラウスという弟のせいもあるだろう。


 圧倒的な才能と、その“被害者”たち。


 哀れだとは思わない。貴族が能力によって優劣をつけられるのは、当然のことだ。


 ――とはいえ、せっかくアイゼンハルトと縁を繋げたのだ。次代でその価値を損なうような真似はしてほしくない。


 また、彼らとの邂逅したことにより、確信を得た。クラウスは、優秀な血統であるアイゼンハルト家の中にあってすら、特異な存在だ。

 その血の価値に、思わず唾を呑んだ。



 クラディアンは、そんなレオナルドを弟の友人として、そして将来の部下として認識していた。

 もっとも、レオナルドは高位貴族の子息。いずれ軍を離れるだろうし、他の「部下」と同じようには扱えない。


 クラウスに友人ができたことが素直に嬉しかった。

 しかしその一方で、クラウスという“武器”を用いて、レオナルドがアイゼンハルトに牙を剥くのではないかという懸念も、胸の内にわずかに芽生えた。



 クラヴィスは、レオナルドに対して漠然とした苦手意識を抱いた。

 それが、年下とは思えない“非の打ち所のなさ”によるものか、クラウスへの後ろめたさからくるものか――あるいは、もっと別の理由なのか。

 自分でも、はっきりとはわからなかった。



 クラウスは、レオナルドに連れられ実家帰るようになったが、はじめの頃は居心地が悪かった。

 しかし、やがてマルグリットとは少しずつ距離を縮めていった。


 レオナルドには、「家族から愛されたい」とか、「関係が悪くて気まずい」といった感情は、正直よく分からない。

 だが――長期休暇明けの寮で見た、あの寂しそうな顔よりは、今の方がずっといい。


 クラウスの横顔を見て、レオナルドはそう思った。

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