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第28話 クラウスの帰省 偽らぬ誠実【後編】

 レオナルドはクラウディウスに「この上なく好都合な存在」と認識されたい。

 これは事実であり、クラウディウスが正しく状況を読み取れば必然的にその結論に至る。


 レオナルドとクラウスの先ほどのやり取り、そして使用人やマルグリットから伝わるであろう日中の様子。

 クラウスはレオナルドに心を開いている。レオナルドの意見に耳を傾けるということだ。


 由緒あるシュヴァリエ侯爵家の子息という重みを背負ってなお、貴族令息の中で高く評価されている。

 それだけの能力を持つ。クラウスを正しい道に導けるということだ。


 クラウディウスの意を汲むと示す、弁えた態度とその有り様。

 アイゼンハルトとの友好関係を求めている。クラウディウスの意に反すること――仮にクラウスが王国へ害となる行動を取ろうとしたとき、それを許容しないということだ。


 レオナルドをクラウスの隣に置けば、価値観の「誤り」や「感情的な行動」が矯正されるか、あるいは制御される可能性がある。

 少なくとも、単純で愚かな息子が、国の不利益となるよう他者に利用されることは防げる。

「貴族として正しくクラウスを導き、制御できるレオナルド」は、クラウディウスにとって歓迎すべき存在だ。


 ……だからこそ、レオナルドは、「クラウスに魅せられた」ということを、絶対に気取られてはならない。


「力を扱うべき者が、力の意思に引きずられる」

「力を制御すべき者が、その力に情を抱く」

「貴族としての理よりも、『クラウス』という一個人を優先する」


 そんな者を、クラウスという“危うい力”の傍には置けない。クラウディウスなら排除する。――レオナルドがクラウディウスの立場なら、間違いなくそうする。

「家」や「国」に損害を与える可能性のあるリスクを、放置などしない。


 レオナルドは本当に、「クラウスに魅せられた」という一点だけを除き、何ひとつ隠さなかった。


 クラウスを恐れていないこと。

 クラウスと親しくしていること。

 好感を持っていること。

 これからも友人でいたいこと。


 問われるがままに、事実として。感情を込めるのではなく、ただの報告のように話した。

 クラウディウスがクラウスを下げる発言をしたとしても、それはレオナルドからしても正当な評価であり、特段肩入れすることはなかった。


 レオナルド自身も、クラウスが「貴族的でない」「甘すぎる」「単純だ」と評されることは当然だと考えている。評価にズレを感じたら自分の見解を伝えたが、過度なフォローはしなかった。

 そのうえで、自分とクラウスは友人だと、ただそう伝えた。


 問題はない。


 貴族なら「国」のために、「家」のために、「友」など切り捨てられる。貴族とはそういう生き物だ。

 だから、正しく「侯爵家次男のレオナルド」ならば、正しく「貴族令息」のレオナルドならば、いざというときクラウスを切り捨てる。

 友が、クラウスが、「国」を害するとき、「正しく貴族」であるレオナルドはクラウスを処断する。クラウスが暴走したとき、その命を断じてでも止める。


 それならば、レオナルドはクラウスと近しくしていても問題ない。クラウディウスは、そう結論づけるだろう。


 レオナルドはいつだって、物心ついたときから「侯爵家次男のレオナルド」だった。

 たしかに、クラウスに心を動かされ、「ただのレオナルド」が生まれてしまった。感情が揺れ、自然に笑い、怒るようにもなった。好戦的な部分が顔を出すこともあったし、降りかかる火の粉をうっとうしいと払いのけることもあった。


 それでも、レオナルドの“在り方”は変わっていない。

 彼の核は常に「侯爵家次男・レオナルド」だった。


 実際、いざというときには、クラウスに正しい選択をとらせるつもりでいた。それが国のためでも、クラウスのためでもあると考えていた。

 言葉を尽くし、ときには拳も使いながら、クラウスを正しい方向に導く。その覚悟があった。

 王国を思い、クラウスを誤った道に進ませない。その一点において、クラウディウスとレオナルドの価値観は完全に一致している。


 ――ゆえに、クラウディウスはレオナルドを「正しく貴族令息」とし、クラウスのそばに置いても問題がないと判断する。


 そもそも、クラウスとクラウディウスは同じ方向を見ている。

 クラウスもクラウディウスも、「民」を、「国」を、守ろうとしている。本来、対立する必要はない。


 対立が生まれているのは、クラウディウスがクラウスを「感情をコントロールできない」「努力をしない」「劣った息子」と認識しているからだ。そして、クラウスが、クラウディウスの冷徹な選択を理解できないからだ。

 レオナルドからすれば、クラウスが甘ったれたことを言っているだけで、二人の見ている方向は同じなのだ。


 レオナルドは、クラウスの心に寄り添いながら、クラウディウスの価値観に賛同できる。そこには、矛盾がないから。クラウスとクラウディウス、その二人が持つ「理想」は同じなのだ。


 だからレオナルドは、クラウディウスがその高い観察眼を以てして、ただ正しくレオナルドを評価してくれれば良かった。


 ――そしてレオナルドは、無事、クラウディウスの信用を勝ち取った。

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