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016 新たなる力、そして奇跡のスクロール


「おっ、使える術が増えてる!」


 闇の精霊術を使いながら移動しているからか、じわじわと精霊術の熟練度は上がっていた。結界石の中で使っていた時よりも、上がりは遅いが、これは位階が上がっていることで上がりにくくなっているのだろう。


【 闇の精霊術 】

 第一位階術式

・闇ノ見 【ナイトヴィジョン】 熟練度66

・闇ノ化 【シャドウランナー】 熟練度87

・闇ノ虚 【シェードシフト】 熟練度0

・闇ノ納 【シャドウバッグ】 熟練度0


 第三位階術式

・闇ノ顕 【ダークネスフォグ】  熟練度66


「闇ノ虚」と「闇ノ納」が新たに使えるようになったようだ。


「シェードシフト……はよくわからんが……。シャドウバッグ……。バッグか!」


 タップすると出る説明によると、シャドウバッグはそのまんま、自分の影にものをしまうことができる術であるらしい。

 両手に荷物を持った状態で歩き続け、両腕がしびれるほど疲れていた俺にとって、救いの神といってもいい術だ。


「シャドウバッグ!」


 自分の影の中に、闇の入り口が開く。

 試しにそのへんの石を入れてみると、スッと吸い込まれていった。

 シャドウバッグの中に何が入っているかは、なんとなく知覚できる。

 影に手をつっこむと中身を取り出せるようだ。

 俺は、石を取り出して、ずっと手持ちだった3個の精霊石とロープ、昨日摘んだ花をシャドウバッグの中にしまいこんだ。

 容量はボストンバッグ一個分ぐらいだろう。

 今の俺にとっては十分すぎるほどだ。


「でもこれ、精霊力の消費はどうなるんだ……?」


 精霊力は限度を超えて使いすぎると、突然気を失うので注意が必要だ。

 シャドウバッグは永続的に使い続けるようなタイプの術だろう。そうでなければ理屈が合わない。


「…………うーん」


 微妙に……ものすごくわずかにだが精霊力が減り続けているような……気がする。

 ダークネスフォグを使った時のようにガンと減る感じは全く無いが、ときどきスッと減る感じというか……。


「精霊力の知覚ってよくわからないしな……」


 あくまで「感じ」だ。

 疲れが定量化できないように、精霊力の減少も定量化が難しい。

 なんとなく、減った感じ、元に戻った感じと認識しているにすぎない。

 街に出て、詳しい人に聞ければまた別の認識方法があるのかもしれない。


 なんにせよ、シャドウバッグはずっと使い続けることができそうだ。


「シェードシフトも試してみるか。説明見てもわかんないし」


 説明はこうだ。


『あなたのすぐ側に影の分身が現れます。明るい場所では効果が薄い』


 ざっくりすぎる。まあ、術の使い方なんて自分で考えるか、街で説明を聞けということなのかもしれないが……。


「シェードシフト! おお……!」


 説明だけだとめちゃくちゃ地味な感じがしたが、自分に重なるようにして、影でできたような分身が出現した。

 触ることもできないし、見えるだけという感じだが、相手を惑わすのには十分だろう。

 影で出来ているといっても、完全なる黒ではなく、薄暗い自分自身という感じでちゃんと立体感がある。

 明るい場所では偽物とバレバレだが、暗がりではどちらが本体かわからないかもしれない。位階が上がれば、さらに精度が上がるのだろう。


「ついに戦闘で使えそうなやつが来たな。ずっと補助的なものばっかだったのに」


 戦う予定があるわけではないが、手段があるのは助かる。

 精霊力に余裕があれば、これの熟練度も上げていこう。


 ◇◆◆◆◇


 シャドウバッグのおかげで両手が空き、しかも道中で見つけたものを放り込めるようになったため、移動が少し楽しくなった。

 この世界の特徴なのか、それとも人の手が入っていない森だからか、注意して見てみると、食べられそうなものがかなり発見できた。

 丸々と太った小動物や、木の実、果実にキノコなんかも自生している。

 いちいちアイテム鑑定でクリスタルを使用するわけにもいかないので、採集だけして影の中にしまっておく。

 必要なら調べて食べればいいし、生き残ったら売ることもできるかもしれない。


 少し、気が緩んでいた。

 精霊術のレベルも順調に上がっていたし、危険な生物とも出会わなかったからだ。

 まだ距離はあるが、きっとなんとかなる。

 シャドウバッグも手に入ったし、ポイントもまだ余裕がある。


 だから、自分の体調に気付かなかった。

 疲労と寝不足。

 精霊力不足の感覚はなかったが、肉体の変化に気付かなかったのだ。



 ――――ハッ ハッ

 ――ハッ ハッ ハッ 


「……!? ぐおっ! な、なんだ!? うわぁ!!」


 巨大な犬が、俺の腕に噛み付いていた。

 鼻に付く獣の臭い。

 汚れた牙が皮膚に食い込み、ただ熱さだけを感じる。

 なぜ、いつのまに。

 どうしてこうなったのか理解できない。


 振りほどこうとしても、犬は凄まじい力で、腕を引きちぎらんと首を振り抵抗する。


「ぐっ、ダークネスフォグ!」


 周囲にも何頭もの大型の犬――いや、狼がいるのを確認した俺は、とっさに術を唱えた。

 腕に噛み付いている狼は、一瞬怯んだが、しかし放すつもりはなさそうだ。

 周囲にいた狼は牽制するのには成功したようで、ダークネスフォグの射程外へ逃れ、闇の外側でウロウロと状況を見ている。


 噛み付かれている腕が燃えるように熱い。

 狼だ。

 灰色の体毛に覆われた、熊のようにデカい狼。


 俺はどうやら、疲れと睡眠不足からか、気を失っていたらしい。

 そうとしか考えられなかった。


「放せっ! このっ……!」


 残ったほうの腕で、狼を殴るが、全く効果がない。

 狼は大きく、力強く、俺のパンチなど毛ほども効いていないようだ。

 むしろ狼のほうが冷静に俺を引きずり移動し闇から出ようとする。


「ハァ! ハァ! ハァ! くそっ……!」


 いきなり襲われ冷静さを失っていた。

 武器もなく、経験もなく、体力もない。

 せめて闇の精霊術に攻撃手段があったなら、至近距離からの攻撃が可能だったのだが。


「そ、そうだ! 結界石……!」


 30メートルほど引きずられて、ようやく俺はそれのことを思い出した。

 しかし、ずっと手に持っていたはずのそれは、どこかで落としたようで、手の中はからっぽだった。

 周囲にも見当たらない。

 そうでなくても、どんどん引きずられていくのだ。


「ぐっ……! くそっ……!」


 こんな状況でもステータスボードは開ける。

 俺は新しく結界石を1ポイントで交換し、即座にそれを割った。

 瞬間、石を基点として薄膜の結界が展開される。


「ぐぉおおおおおお……!」


 狼は強引に結界の外へ弾き出された。

 噛み付いていた俺の腕の肉ごと。


 俺の左の上腕部は、骨が見え、どう見ても使い物にならない状態だった。

 感覚はとうに消失している。

 全身から冷たい汗が噴き出す。

 処置をしなければ、腕だけでは済まない。

 遠からず――死ぬ。

 止めどなく血が流れ、1秒ごとに命が削られていく。


「や、やばい。マジかよ……ヤバいって――」


 なんとかしなければ。

 すぐに。


 俺はステータスボードのアイテム欄を高速でスライドした。

 早鐘のように打ち下ろされる心臓の鐘の音に合わせて、腕から血液が溢れ、大地を赤黒く染め上げていく。

 視野が急速に狭まっていく。


「ハァ! ハァ! ハァ!」


 尋常でない汗と血に塗れながら、俺はやっと見つけたそのアイテムを震える指でタップした。


『大癒のスクロール 3ポイント』


 説明を読んでいる余裕はない。

 ポイントとの交換が完了したスクロールが、ステータスボードから出てくる。

 俺はそれを最後の力を振り絞り手に取り、封を切った。

 使い方に不安があったが、封を切った瞬間に効果が発生するタイプだったようで、青白い炎と共に巻物は消滅し、代わりに優しい光が俺の身体を包み込んでいく。


「お……おお……」


 骨まで抉られていた腕が、ジワジワと、しかし確実に元の状態に復元されていく様を、俺は息を止めて見つめていた。

 治るのかどうか、不安があった。

 3ポイントといえど、これほど深い傷は無理かも知れない。しかし、それは杞憂だった。

 考えてみれば、魔物が存在するような世界での「回復の為のアイテム」なのだ。外傷には劇的に効かなければ嘘だ。


 数分後には、すべて元通りの状態に戻っていた。

 痛みはおろか、血液を失ったことによる貧血のようなものすら感じない。

 恐るべき効果だ。


「は、はは……なんだよ。これなら2ポイントのスクロールでも良かったかもな……」


 落ち着いてスクロールの説明を確認すると、1ポイントの「小癒」で切り傷の回復、2ポイントの「中癒」で骨折や深い切り傷の回復、3ポイントの「大癒」で欠損の回復とある。

 中癒であれが治ったかは判断の難しいところだ。腕の肉の半分を失っていたし、機能は完全に死んでいただろう。

 2ポイント使ってダメだったときのことを考えれば、大癒にしておいて正解だったか。


「はぁ……。しかし……まいったね」


 光る草を採取したことでゲットした3ポイントを、あっというまに消費してしまった。まだまだ森を抜けるまでにはかなりの距離を歩く必要がある上に、あの狼だ。

 結界の向こうでは、まだ狼たちが地面の臭いを嗅ぎながらうろうろしている。

 俺は本物の狼を初めて見た。犬などとは違う、大型な体格。

 あの大猿ほどの魔物感はないにせよ、太刀打ちできないという意味では同じだ。

 しかも、連中は群れで動くようで、見える範囲で8頭もいるのだ。

 そして、俺の残りポイントは5。

 結界石と大癒のスクロールで4ポイントも使ってしまったのだ。


「は、はは……。もうなるようにしかならないな」


 まだまだ、森を抜けるには何百キロもの距離を歩かなければならないのだ。そんな俺にとって、ポイントはまさに残機。命の数にも等しい。残り5ポイントは絶望的な数字だと言えた。


「……寝るか」


 結界石を使っている間は身体を休める時間だと、肉体がそう学習したかのように眠い。急速に傷を治した反動か、それとも、ただ単にスクロールでは体力は戻らないからなのか。

 いずれにせよ、寝るしかない。今は。

 睡眠不足がこの事態を生んだのは間違いないのだから。


 俺はタイマーをセットし、その場でごろりと横になった。

 起きたときに狼たちがいなくなっていることを期待して。


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