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019 疾走、そして最後の日


 夜の間は危険なく歩くことができた。

 残りの距離を考えれば、最低でもあと8日は森を出るまでに必要だ。

 そして、残っているポイントは5。


「9ポイントあったんだから、昼間に結界使って寝て、夜歩くを繰り返せば脱出できたのか……?」


 結局、冷静な判断ができていなかったのだろう。

 結界石は12時間有効だから、朝に割れば夕方まで有効だ。


「今更、そんなこと言っても仕方がないか」


 もう過ぎたことだ。ウジウジしていても仕方がない。

 クリスタルはほとんど使わずにいるが、さほど貯まることもなく、1ポイント分である30にはどのみち届かないだろう。

 ならば、クリスタルは使いつつ脱出を目指すというのが現実的だろう。


 現在時刻は夕方6時。

 昨日は夜通し歩き、朝方結界石を割った。

 そろそろ日も暮れ始める。

 出発の時間だ。


 クリスタルで交換できる物で、現実的に使えそうなアイテムをピックアップする。


「体力回復ポーション 3クリスタル」

「スタミナポーション 3クリスタル」


 このあたりか。

 体力回復ポーションは、疲れが飛ぶ薬らしい。覚醒剤みたいなものだろうか。さすがに、身体に毒ということはないだろうが……。


 スタミナポーションは、持久力が増すらしい。エナドリみたいなものだろうが、3クリスタルも要求するのだから、実際効果が強いもののはずだ。


 体力回復ポーションとスタミナポーションは正直使える。

 クリスタルは食料とも交換できるし、細々したものも手に入るから、貴重といえば貴重だが、基本的には、この二つと交換していくことにしよう。


 現在のクリスタル残数は14。

 とりあえず、スタミナポーションと交換する。

 画面をタップして出ていたそれは、陶器のコップに入ったオレンジ色のジュースだった。


「まさかのすぐ飲む仕様」 


 交換して保管しておくことは念頭に置いていないらしい。

 まあ、別の容器に移しておけばいいのかもしれないが、今はどうしようもない。


 飲んでみると味はオレンジジュースだった。地球人向けの味なのかもしれない。単純に味覚を楽しませるという意味でも嬉しい。

 持久力が上がったという自覚はないが、効果あると信じよう。


 俺は結界を解除し、ダークネスフォグの術を唱えた。

 闇の中。闇に紛れ、走り出す。

 といってもほんの小走り程度だ。

 もともと運動が得意なタイプではないから、無理に走ってどこか故障するほうが怖い。

 それでも歩くよりは少しは距離を稼げるだろう。


「――必ず生きる。生きて、森を抜けるんだ」


 闇と化し、夜を駆ける。


 森を抜けるまで――残り280キロ。


 ◇◆◆◆◇


 順調だった。

 俺は夜のみを四日間走り続けた。

 スタミナポーションと体力回復ポーションはきっちり仕事をしてくれた。

 スタミナポーションを飲んで限界まで走り、その後体力回復ポーションを飲み、また限界まで走る。

 一日での走行距離は50キロメートルにもなった。


 昼間にも走ることを考えたが、ダメだった。

 どこからか魔物が現れるのだ。魔物は結界石を使えばいなくなるが、夜以外に歩くのはかなりの危険があり、無理だった。


 魔物は狼だけではなく、あの燃える大猿の小型バージョンだったり、妙に好戦的な鹿だったこともあった。

 あの大猿のテリトリーでの魔物の少なさが嘘だったかのように、森には死が溢れていた。

 よく見れば、そこかしこに動物の骨が散らばっており、そのくせ木の実や果物はそのへんに大量に実っているのだ。


 生と死。

 奇妙な森だった。

 あるいは、これが異世界の姿というものなのか。


 そして、最後のポイントで交換した石を割り、俺はラストスパートで森を疾走していた。


 ポイントもクリスタルも0。

 これで、森から抜けることができなければ、もうどうなるかわからない。


「はぁ……! はぁ……! 残り80キロか……! くそっ!」


 奇妙な森といえば、出口へ近づくほど、森は深く鬱蒼と茂りだしていた。

 木々との隙間は狭まり、張り出した枝で走りにくいことこの上ない。


 深い闇の中では、魔物に襲われることはほぼない。

 夜行性で人間を襲う動物が、この森にはほとんど生息していないのだろう。

 時々、爛々と光る目をしたネコ科の猛獣に襲われそうになるのだが、ダークネスフォグで100%逃げ切ることができた。

 闇の中でなら、俺は無敵に近かった。


 だからこそ、夜のうちに脱出したかった。

 したかったのに。


「明るくなってきた……! マズいぞ……、くそっ……!」


 朝日が脳天気に顔を出し、森を鮮やかに色付け始める。

 地図を開く。残りの距離は42キロ。

 フルマラソン一回分もある。

 絶望的な距離だった。


 夜通し走ってきたから、当然疲れている。

 だが、もう眠ることなど不可能だろう。

 行くしかない。


 デイリー視聴者が10億人を超えていた。

 俺がポイントを使い切ったことを知っているのだろう。


 応援してくれているのか。

 それとも無様に死ぬところを見ようとしているのか。

 10億人には10億人の気持ちがあるのだろうが。


 デイリー10億人を超えたことで、クリスタルが3支給されていた。

 体力回復ポーションに交換し、即座に飲み干す。


 あと、俺に残された武器は攻撃力皆無の闇の精霊術と、この貧弱な等身大の肉体だけだ。


「ダークネスフォグ」


 森の中でも、なるべく薄暗い場所から場所へ、駆ける。

 ここまで来たのだ。

 絶対に死にたくはなかった。

 ナナミとの再会のためにも。

 家族の為にも。

 ……そして、応援してくれている視聴者のためにも。


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