夜の間は危険なく歩くことができた。
残りの距離を考えれば、最低でもあと8日は森を出るまでに必要だ。
そして、残っているポイントは5。
「9ポイントあったんだから、昼間に結界使って寝て、夜歩くを繰り返せば脱出できたのか……?」
結局、冷静な判断ができていなかったのだろう。
結界石は12時間有効だから、朝に割れば夕方まで有効だ。
「今更、そんなこと言っても仕方がないか」
もう過ぎたことだ。ウジウジしていても仕方がない。
クリスタルはほとんど使わずにいるが、さほど貯まることもなく、1ポイント分である30にはどのみち届かないだろう。
ならば、クリスタルは使いつつ脱出を目指すというのが現実的だろう。
現在時刻は夕方6時。
昨日は夜通し歩き、朝方結界石を割った。
そろそろ日も暮れ始める。
出発の時間だ。
クリスタルで交換できる物で、現実的に使えそうなアイテムをピックアップする。
「体力回復ポーション 3クリスタル」
「スタミナポーション 3クリスタル」
このあたりか。
体力回復ポーションは、疲れが飛ぶ薬らしい。覚醒剤みたいなものだろうか。さすがに、身体に毒ということはないだろうが……。
スタミナポーションは、持久力が増すらしい。エナドリみたいなものだろうが、3クリスタルも要求するのだから、実際効果が強いもののはずだ。
体力回復ポーションとスタミナポーションは正直使える。
クリスタルは食料とも交換できるし、細々したものも手に入るから、貴重といえば貴重だが、基本的には、この二つと交換していくことにしよう。
現在のクリスタル残数は14。
とりあえず、スタミナポーションと交換する。
画面をタップして出ていたそれは、陶器のコップに入ったオレンジ色のジュースだった。
「まさかのすぐ飲む仕様」
交換して保管しておくことは念頭に置いていないらしい。
まあ、別の容器に移しておけばいいのかもしれないが、今はどうしようもない。
飲んでみると味はオレンジジュースだった。地球人向けの味なのかもしれない。単純に味覚を楽しませるという意味でも嬉しい。
持久力が上がったという自覚はないが、効果あると信じよう。
俺は結界を解除し、ダークネスフォグの術を唱えた。
闇の中。闇に紛れ、走り出す。
といってもほんの小走り程度だ。
もともと運動が得意なタイプではないから、無理に走ってどこか故障するほうが怖い。
それでも歩くよりは少しは距離を稼げるだろう。
「――必ず生きる。生きて、森を抜けるんだ」
闇と化し、夜を駆ける。
森を抜けるまで――残り280キロ。
◇◆◆◆◇
順調だった。
俺は夜のみを四日間走り続けた。
スタミナポーションと体力回復ポーションはきっちり仕事をしてくれた。
スタミナポーションを飲んで限界まで走り、その後体力回復ポーションを飲み、また限界まで走る。
一日での走行距離は50キロメートルにもなった。
昼間にも走ることを考えたが、ダメだった。
どこからか魔物が現れるのだ。魔物は結界石を使えばいなくなるが、夜以外に歩くのはかなりの危険があり、無理だった。
魔物は狼だけではなく、あの燃える大猿の小型バージョンだったり、妙に好戦的な鹿だったこともあった。
あの大猿のテリトリーでの魔物の少なさが嘘だったかのように、森には死が溢れていた。
よく見れば、そこかしこに動物の骨が散らばっており、そのくせ木の実や果物はそのへんに大量に実っているのだ。
生と死。
奇妙な森だった。
あるいは、これが異世界の姿というものなのか。
そして、最後のポイントで交換した石を割り、俺はラストスパートで森を疾走していた。
ポイントもクリスタルも0。
これで、森から抜けることができなければ、もうどうなるかわからない。
「はぁ……! はぁ……! 残り80キロか……! くそっ!」
奇妙な森といえば、出口へ近づくほど、森は深く鬱蒼と茂りだしていた。
木々との隙間は狭まり、張り出した枝で走りにくいことこの上ない。
深い闇の中では、魔物に襲われることはほぼない。
夜行性で人間を襲う動物が、この森にはほとんど生息していないのだろう。
時々、爛々と光る目をしたネコ科の猛獣に襲われそうになるのだが、ダークネスフォグで100%逃げ切ることができた。
闇の中でなら、俺は無敵に近かった。
だからこそ、夜のうちに脱出したかった。
したかったのに。
「明るくなってきた……! マズいぞ……、くそっ……!」
朝日が脳天気に顔を出し、森を鮮やかに色付け始める。
地図を開く。残りの距離は42キロ。
フルマラソン一回分もある。
絶望的な距離だった。
夜通し走ってきたから、当然疲れている。
だが、もう眠ることなど不可能だろう。
行くしかない。
デイリー視聴者が10億人を超えていた。
俺がポイントを使い切ったことを知っているのだろう。
応援してくれているのか。
それとも無様に死ぬところを見ようとしているのか。
10億人には10億人の気持ちがあるのだろうが。
デイリー10億人を超えたことで、クリスタルが3支給されていた。
体力回復ポーションに交換し、即座に飲み干す。
あと、俺に残された武器は攻撃力皆無の闇の精霊術と、この貧弱な等身大の肉体だけだ。
「ダークネスフォグ」
森の中でも、なるべく薄暗い場所から場所へ、駆ける。
ここまで来たのだ。
絶対に死にたくはなかった。
ナナミとの再会のためにも。
家族の為にも。
……そして、応援してくれている視聴者のためにも。