「……お礼するってのも……別に口実ってこともないけど、でも、理由があればまた逢えるって思ったからで……」
「な……なな……、なに言ってんだ、あんた」
「リフレイア。私のこと、そう呼んでください」
えへへと照れくさそうに笑う彼女は、まるで俺のことしか見えていないかのようだ。
闇市の親父は、ニヤニヤと面白そうに俺達のことを見ている。
「ちょ、ちょっと場所を変えるぞ」
「あんっ」
「変な声を出すな」
強引に手を引いて、人気の無い場所まで移動する。
まさか、これほどの美人がこんなに惚れっぽいとは思いも寄らなかった。
それとも、からかっているのだろうか。
……いや、演技でこれってことはないか。
「それで……つきまとってたのは、その……好きになっちゃったから……だって言うのか?」
「だって、どうしても会いたかったんです。自分でも、こんなの変だなって思うけど……止められなくて」
チラチラと上目遣いでそう言う姿は、まるで本当に恋する少女のようで、俺は心を揺さぶられた。
その好意が嬉しくないかと言われれば、嬉しい。
こんな美人に好かれたことなど……いや、異性に好かれた事自体がないのだ。
嬉しくないと言えば嘘になる。
そんな自分の単純さに嫌気が差す。
でも、俺には彼女を受け入れるつもりはなかった。
「あんたがなぜ俺にそれほど興味を持ったのかはわからないが…………俺はこの迷宮街にこびりついたカビみたいなものだ。確かに俺はあのときあんたを助けはしたけど、あんなのは成り行きだ。それだけのことで変な勘違いをするべきじゃない。……それに、俺にはあんたみたいな人間は眩しすぎる」
俺となにもかも対照的な彼女に俺が憧れを持つのと同じように、彼女は自分とは違う俺に興味を持ったのかもしれない。
だけど、それは気の迷いに違いない。
命を助けられたことで一時的に脳が錯覚を起こしているのだろう。
「勘違いなんかじゃありません。こんな気持ちになったの初めてだし……。それに……もう街を出なきゃならないから、最後にお礼だけでもしたかったってだけだから」
「そ、そうなの?」
「……はい」
早とちりしていた。
おそらく、彼女は自分の気持ちのことは言わずに、礼だけして去るつもりだったのだろう。頑なになって無理に聞き出したのは俺のほうだ。
日本の学生じゃあるまいし、好きになったから付き合うみたいな展開ばかりじゃないのだ。つい、そういうものを想像してしまっていた。
逆に恥ずかしい。
「……わかったよ。じゃあ、その礼とやらを受け取ればいいんだろ」
「受け取ってくれるんですか?」
「ああ、俺も変に強情になって悪かった」
「じゃあ、まず……食事に行きましょうか! 嫌いなものとか、あります?」
「食事!?」
想定外の誘いだった。
お礼というから、物か何かをくれるのかと思ったら、そういうわけでもないらしい。
食事程度ならすぐ済む。
もう夕暮れだ。この闇の中なら目立つこともないだろう。
それに、これ以上彼女の気持ちを否定するのは、心が痛かった。
俺には俺の事情があるにせよ、彼女が迷宮の前や闇市の前でずっと待っていたというのも、また事実なのだ。
俺はこの世界の常識がよくわかっていない。命を助けられたなら、絶対にお返しをしなくてはならない――そういうような決まりがあるのかもしれない。リフレイアは街を出るのを先延ばししていたというから、俺が強情であったばかりに予定を先延ばしにしていたということなのだろう。
ふと、視聴者達のことが脳裏を過る。
しかし、いくらリフレイアが美人だとはいえ、ただ食事をしたくらいのことで視聴者が増えるということもないはず。多少は増えたとしても、一時的な増加だと思えば気が楽だった。
「嫌いなものがないなら、私に任せてください。美味しい店知ってるんですよ」
ドンと胸を張り、ウキウキと俺の手を引いていくリフレイア。
俺はそれに引き摺られるようにして歩いていく。
◇◆◆◆◇
地球では、テレビや写真でしか見たことがないプラチナブロンドを、斜め後ろを歩きながら眺めていた。
俺は、黒髪に安っぽい黒い服を着て、汚れたブーツを履き、背もさほど高くなく、完全に釣り合いが取れていない。
(お姫様と従者だな。まるで)
そんな感想が漏れるほど、彼女は浮世離れした美人だった。
いや、俺が日本人だから余計にそう感じるのかもしれない。ファンタジーゲームの登場人物のような彼女に劣等感を覚えずにいられる男など、どれほどいるだろうか。
美人と歩く優越感など感じるはずもない。
ただただ、居心地の悪さだけを感じていた。
(俺のことを好きだって……? ホントなのかな……)
リフレイアの揺れる髪を眺めながら、ボンヤリそんなことを思う。
彼女いない歴=年齢の高校生だった俺には、まさしく青天の霹靂というやつだ。
異世界に来てしまったのと同じ程度には、現実離れした状況。
……状況はともかく、彼女は街を出るという。
ならば、彼女とのことは今日、今だけのこと。
深く考えないようにしよう。
リフレイアに連れられてやってきた店は、高級店ではなく普通の店だった。
石造りの建物、無骨な木製のテーブル、親父さんと女将さんの二人で店を切り盛りしているようなこぢんまりとした食堂。
お姫さま然としたリフレイアが連れて行くという店だ、妙に高級な店に連れて行かれるのではないかと不安だったので、正直安心した。
「そっち座ってください。……もう逃げないでくださいよ?」
「ここまで来て逃げたりしないさ」
リフレイアはやっと俺の手を解放した。
熱の残る手をなんとなくさすりながら、椅子に座る。
注文を取りに来た女将さんに、リフレイアは慣れた様子でいろいろ注文していた。
(考えてみたら、食事の店に入るのも初めてなんだよな)
森の中での食事なんて果物ばっかりだったし、街に来てからも全部屋台で済ましていた。
宿では食事なんて出ないが、かといって、一人で異世界の食堂に入る勇気もなかった。
店の中も、ろうそくの明かりくらいでかなり薄暗く、周りにいる数名の客たちは俺とリフレイア……いや主にリフレイアを見てから、俺のほうを見るのだが、それくらいの視線なら許容できた。
しばらくして飲み物が運ばれてきた。
特に好みとか言ってなかったが、勝手に注文したらしい。
まあ、任せると言ったし、この世界ではそういうものなのだろう。
「では、改めて、命を救っていただきありがとうございました。かんぱーい」
「か、かんぱーい」
慣れない手つきでチンとグラスを打ち付けて、オレンジジュースのような飲み物を口に含む。
(ん!?)